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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第3章 森の外で
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第37話 近くなるほど


 十五歳を過ぎてから、エルナは一人で受ける仕事ばかりではなくなった。


 年齢による制限が外れたことで、複数人で動く依頼を紹介されることも増えたからだ。


 森の中での採取。街道の確認。少し離れた村までの荷運び。


 一人でできる仕事なら一人でやる。それでも、人数が必要な依頼まで避ける理由はなかった。


 その町に滞在していたある日、エルナは二人の冒険者と組むことになった。


 一人はサラ。


 短い赤茶色の髪をした、十八歳くらいの女だった。細身の剣を腰に下げている。


 もう一人はノエル。


 サラより少し年下で、弓を使う。話すときも動くときも、どこか力の抜けた男だった。


「エルナで合ってる?」


 集合場所でサラが尋ねた。


「はい」


「私はサラ。こっちがノエル」


「どうも」


 ノエルが片手を上げる。


「今日は森の外側だけだから、そんなに構えなくていいよ。危ないのが出たらサラが何とかするし」


「なんで私だけなのよ」


「剣持ってるから」


「あんた弓持ってるでしょうが」


「遠くから応援する」


「撃ちなさいよ」


 エルナは二人を見た。


 仲は悪くないらしい。


「何?」


 サラに気づかれた。


「いえ」


「今ちょっと笑ったでしょ」


「少し」


「この子、思ったより言うわね」


 ノエルが笑った。


     *


 その日の仕事は、森の浅い場所で指定された薬草と木の実を集めるものだった。


 三人で同じ場所を探すのではなく、互いの姿が見える範囲で少しずつ離れる。


 エルナにとっては慣れた仕事だった。


 採れる場所を探し、状態を見る。必要以上には取らない。


「それ、もう見つけたの?」


 少し離れたところからサラが声を上げた。


「はい」


「早くない?」


「生えやすい場所がわかるので」


「へえ」


 サラがこちらへ来る。


「どこ見てるの?」


「土と、日当たりと、近くに生えてる草です」


「それでわかる?」


「ある程度は」


「私、葉っぱしか見てなかった」


「だから毎回見つからないんじゃない?」


 ノエルが言う。


「うるさい」


 三人で働くのは、思っていたほど面倒ではなかった。


 自分が見ていない方角を、誰かが見ている。荷物を少し離れた場所へ置いても、誰かが近くにいる。


 一人なら一度手を止めて確かめるようなことを、そのまま任せられる。


 効率がいい。


 最初は、それだけだと思った。


     *


 けれど、その二人とは、それきりではなかった。


 翌週、別の採取依頼でまた一緒になった。


 その数日後には、町の外れまで資材を運ぶ仕事でも同じ組になった。


「またいる」


 サラがエルナを見て言った。


「そっちもいます」


「それはそう」


「何の会話?」


 ノエルが横から言う。


「挨拶」


「雑だなあ」


 同じ町に滞在していれば、こういうこともあるらしい。


 何度か顔を合わせるうちに、役割を決めるのも早くなった。


「エルナ、そっち見てもらっていい?」


「はい」


「荷物ここ置くね」


「見てます」


「助かる」


 頼まれたことをする。


 こちらも、二人に頼む。


「これ、少し持っててもらえますか」


「いいよ」


 ノエルへ袋を渡す。


 自分の荷物を、知らない人間へ預けることはなかった。


 でも今は、戻ってくるとわかっている。


 それが不思議だった。


     *


 風の強い日だった。


 三人で町から少し離れた斜面を歩いていたとき、急に横から風が吹いた。


 エルナは反射的にフードへ手を伸ばした。


 けれど、間に合わなかった。


 布が大きく煽られ、額の辺りから白銀の髪がこぼれる。


「あ」


 サラの声。


 エルナはすぐにフードを押さえた。


 胸の奥が固くなる。


 サラはエルナの顔ではなく、風に揺れた髪を見ていた。


「すごい色」


 それだけだった。


「……珍しい?」


「珍しいでしょ。こんな銀色、初めて見たかも」


 エルナは何も答えなかった。


 珍しい髪色や瞳を持つ人間が、まったくいないわけではない。


 白に近い髪も、淡い瞳も、それだけで魔女だと決まるものではなかった。


 魔女が人目を引くのは、一つの特徴だけではない。


 髪も、瞳も、肌も、顔立ちも。


 それらが揃ったとき、普通とは少し違うほど整って見える。


 腕輪は、そこへ向けられる意識をぼかしてくれる。


 けれど、近くで長く、何度も意識を向けられるほど、そのすべてを隠し続けることは難しくなる。


「地毛?」


 ノエルが聞いた。


「はい」


「へえ」


 それだけ言って、ノエルは前を向いた。


 サラも、もう追及しなかった。


「風強いね。次また飛ばされるよ」


「気をつけます」


「紐つけたら?」


「考えます」


「本当に?」


「考えるだけなら」


「やっぱりこの子、結構言うなあ」


 サラが笑った。


 エルナも、少しだけ笑った。


     *


 その数日後。


 三人は町の外れにある倉庫まで荷物を運んでいた。


 仕事を終え、依頼人から確認をもらって外へ出る。


「終わったー」


 サラが肩を回した。


「帰ったら何か食べようよ」


「俺、肉」


「聞いてない」


「ひどい」


 エルナは二人のやり取りを聞きながら歩いていた。


 ふと、サラがこちらを見る。


「エルナってさ」


「はい」


「目もかなり薄い色なんだね」


 足が止まった。


 サラは気づかなかったように続ける。


「青っていうか……すごく淡い」


 以前より、近くで顔を見るようになった。


 何度も話した。


 同じ仕事をして、一緒に歩いた。


 腕輪が壊れたわけではない。


 効いていないわけでもない。


 道ですれ違う人。店で一度品物を買った相手。一度きりの依頼相手。


 そういう人たちなら、今まで通りだった。


 けれど、サラたちは違う。


 近くで長く、何度もこちらへ意識を向けている。


「あ」


 サラが、また何かに気づいたように言った。


「……睫毛も、髪と同じ色なんだ」


 エルナはサラを見る。


 サラもこちらを見ていた。


 ほんの一瞬。


 それからサラは、すぐに視線を外した。


「ごめん。じろじろ見た」


「……いえ」


「珍しかったから。嫌だった?」


「少し」


「あ、ごめん」


「謝らなくても」


「でも嫌だったんでしょ」


 サラはそれ以上見なかった。


 ノエルも何も聞かなかった。


 しばらく三人で歩く。


 さっきまでと同じように。


 それが、ありがたかった。


     *


 その町に来てから、季節が一つ変わろうとしていた。


 エルナは宿の部屋で腕輪を外し、石を確かめた。


 力が減りきっているわけではない。


 必要なら自分で補える。


 問題はそこではなかった。


 腕輪が絶対ではないことは、昔から知っていた。


 ロザリーにも言われている。


 それでも今までは、長く同じ人と接すること自体がほとんどなかった。


 町へ来て。


 仕事をして。


 数日、あるいは数週間で離れる。


 それなら困らなかった。


 今回、初めてわかった。


 同じ人と何度も話す。


 同じ道を歩く。


 笑った顔を見られる。


 相手の顔も覚える。


 そういう時間が増えるほど、腕輪だけでは隠しきれないものも増えていく。


     *


 翌日。


 ギルドを出たところで、サラに呼び止められた。


「エルナ」


「はい」


「三日くらい空いてる?」


「三日?」


「隣の町までの仕事があるの。行きに一日、向こうで一日仕事して、三日目に戻る感じ」


 ノエルも一緒だった。


「三人で受けない? 条件いいよ」


 エルナは少し黙った。


 三日。


 今までにも、一人でそれ以上の旅をしたことはある。


 サラとノエルとなら、仕事もやりやすい。


 たぶん、楽しい。


 そう思った。


 だからこそ、すぐには答えられなかった。


「……行きません」


 サラが少しだけ目を瞬く。


「そっか」


「はい」


「別の仕事ある?」


「ないです」


「じゃあ、何か予定?」


 エルナは黙る。


 サラはその顔を見てから、少し首を傾げた。


「聞いてほしい?」


「いえ」


「じゃあ聞かない」


 サラは、それ以上尋ねなかった。


「わかった。ノエル、別の人探そ」


「了解」


 二人は、それ以上理由を求めなかった。


 エルナは息を吐いた。


 今は、珍しい髪と目をした人間だと思われている。


 けれど、次は。


 その次は。


 何に気づかれるのか、わからない。


 嫌われたわけではない。


 何かをされたわけでもない。


 むしろ二人と一緒にいる時間は、心地よかった。


 だから、離れる。


 それは少し変な気もした。


 でも今のエルナには、それが一番安全だった。


     *


 町を出る日。


 ギルドへ最後の報告を済ませて外へ出ると、偶然サラとノエルに会った。


「本当に行くんだ」


 サラが言う。


「はい」


「次どこ?」


「まだ決めてません」


「相変わらずだなあ」


 ノエルが笑う。


「今度会ったら、もうちょっと長く付き合ってよ」


「考えておきます」


「それ、たぶん断るやつだな」


「わかりません」


「否定しないんだ」


 サラが吹き出した。


「じゃあね、エルナ」


「はい」


「怪我しないように」


「サラも」


「俺は?」


「ノエルも」


「ついで感あるなあ」


 三人とも笑った。


 それで終わりだった。


 抱き合うことも、次に会う約束をすることもない。


 エルナは二人と別れ、町の門へ向かった。


     *


 次の町へ着いた夜。


 宿の個室で鍵を掛け、フードを下ろした。


 鏡があった。


 小さく、少し曇った鏡。


 エルナはその前に立つ。


 白銀の髪。


 同じ色の睫毛。


 淡い青の瞳。


 森を出た頃より、顔つきも変わった。


 十二歳だった頃の幼さは、もうかなり薄れている。


 鏡の中には、知らないほどではないけれど、昔より大人びた自分がいた。


 エルナはしばらくそれを見た。


 それから腕輪を外し、机の上へ置いた。


 明日になれば、またつける。


 髪も隠す。


 それでいい。


 人と関わるのが嫌になったわけではない。


 サラもノエルも、嫌いではなかった。


 ただ、近くなるほど見えるものが増える。


 相手からも。


 自分からも。


 エルナは鏡から目を逸らし、窓を閉めた。




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