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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第3章 森の外で
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第34話 魔石の値段


 数日後、エルナはギルドの掲示板の前で足を止めた。


 見覚えのある依頼が貼られている。街道沿いの町までの配達。荷物は小さく、道を外れる必要もない。制限付きの冒険者でも受けられる印がついている。


 前に見たものとは依頼人が違ったが、届け先は同じ町だった。


 エルナは依頼票を外した。


 今度は、見るだけではなかった。


     *


「この荷物を、向こうのギルドへ届ければ完了です」


 受付の女が、布で包まれた小さな箱を差し出した。


「歩いてどれくらいですか」


「大人なら二時間くらい。あなたなら、途中で休憩を入れてもう少しかかると思っておいた方がいいですね」


 地図の上を指でなぞる。


「ほとんど一本道です。途中に分かれ道がありますけど、道標が立ってます。朝のうちに出れば、昼前には着けると思いますよ」


「向こうで仕事が終わったら、ここに戻って報告しなくてもいいんですか」


「ええ。向こうの支部で納品すれば、その場で完了です。報酬も受け取れますよ」


 エルナは考えた。


 冒険者証は、どの支部でも使える。そう聞いていた。けれど、実際に別の町で使ったことはない。


「今日は戻ります」


「わかりました。帰りも暗くならないうちに。遅くなりそうなら、向こうで宿を取ってください」


「はい」


 荷物を受け取る。軽い。これなら問題なく持てそうだった。


 エルナは依頼票と一緒に外套の内側へしまい、ギルドを出た。


     *


 町を出て、街道を歩く。


 空は明るい。同じ方向へ進む荷車が何台かあり、反対から来る人とも時々すれ違った。


 森を出たばかりの頃とは違う。


 あのときは、ただ道を進んだ。先に何があるのかもわからなかった。


 今日は地図がある。目的地がある。この道を進めば別の町へ着くことも、そのあと同じ道を戻れることも知っている。


 しばらく歩くと、小さな村が見えた。街道沿いに家が並び、その向こうには畑が広がっている。地図にも載っていた村だ。


 エルナは少しだけ水を飲み、また歩き出した。分かれ道では道標を確かめる。


 知らない場所だった。


 けれど、迷っているわけではない。


 その違いは、思っていたより大きかった。


     *


 昼前、目的の町の門が見えてきた。


 今いる町より、少し小さい。それでも村よりずっと大きく、人の出入りも多かった。


 門を抜けてすぐ、エルナは少しだけ足を止める。


 似ている。でも、同じではない。


 建物の壁には明るい色の石が多く使われている。市場へ向かう荷車には、見慣れない果物が山ほど積まれている。知らない香りもした。


 エルナは少しだけ周囲を見てから、まずギルドへ向かった。


 先に仕事を終わらせる。


     *


 向こうのギルドは、建物の形こそ違ったが、中の造りはよく似ていた。受付。掲示板。素材の持ち込み窓口。


 エルナは空いている受付へ進み、冒険者証と依頼票を出す。


「配達です」


「確認しますね」


 受付の男が冒険者証を見る。


「エルナさん。六級、制限付きですね」


 それだけだった。


 どこから来たのかとも、なぜ子どもが一人なのかとも聞かれない。荷物の宛先と封を確認し、依頼票へ印が押される。


「はい。これで完了です」


 報酬を受け取る。


「……本当に使えるんだ」


 小さく呟いた。


 受付の男が顔を上げる。


「何がです?」


「冒険者証。別の町でも」


「使えますよ。冒険者証なので」


「そうですよね」


 エルナは冒険者証をしまった。


 知っていた。説明も受けた。それでも、自分の名前が別の町でも同じように通じたことが、少し嬉しかった。


     *


 帰るにはまだ早い。


 エルナは市場へ向かった。


 最初に見るのは、やはり食べ物だった。硬いパン。干し肉。油。塩。


 今いる町と比べる。パンは少し高い。油は安い。乾燥させた果物は、こちらの方がずっと多かった。


 薬草屋も覗く。同じ薬草でも値段が違う。向こうでは安かったものが、こちらでは少し高い。反対もある。


 場所が変われば、値段も変わる。


 そのこと自体は、もうわかり始めていた。


 しばらく歩いたところで、店先にいくつもの小さな石が並んでいるのが見えた。


 エルナの足が止まる。


 魔石だった。


 淡い光を宿した石が、大きさごとに並べられている。どれも生活用の、ごく普通のものに見える。


 ただ、よく見ると光の強さが違った。まだ力が十分に残っているもの。少し弱くなったもの。ほとんど光が残っていない、小さなもの。


「残りが少ない方なら安いぞ」


 店の奥から声がした。


 男がこちらを見ている。


「使いかけも売るんですか」


「そりゃ売るさ。まだ使えるならな」


 男は棚を指す。


「魔道具が壊れて、中の石だけ無事ってこともある。遺品を持ってくる奴もいるし、使わなくなったから売る奴もいる」


「……そうなんだ」


「力がよく残ってるのが欲しいなら、そっち」


 エルナは示された棚を見る。


 淡い光の強い魔石が並んでいる。


 値札を見る。


「……高い」


「魔石なんだから、こんなもんだろ」


 エルナは答えず、値札をもう一度見た。


 そのとき、店へ一人の女が入ってきた。手には、小さな布包みを持っている。


「これ、まだ売れる?」


 女が包みを開く。


 中から出てきたのは、小さな魔石だった。光はかなり弱い。


「何に使ってた?」


「湯沸かし。道具の方が壊れたのよ」


 店主が石を受け取り、角度を変えながら見る。


「まだ少し残ってるな。このくらいなら――」


 金額を告げる。


「そんなもの?」


「残りが少ないからな。嫌なら持って帰ってもいいぞ」


「いいわ。それで」


 女はあっさり頷いた。


 硬貨を受け取り、店を出ていく。


 エルナはその背中を見送った。


 魔石は、魔女本人だけが売るものではない。使った人が売る。誰かからもらった人が売る。魔道具から取り出したものを売る。


 そうやって、人から人へ動いている。


「買うのか?」


 店主に聞かれ、エルナは首を横に振った。


「ちょっと気になって」


「何が?」


「こういう魔石って、持ってきたら買ってもらえるんですか」


「盗品じゃなければな。大きさと質、それから残ってる力で値段は変わる」


「力がほとんど減ってないものなら?」


「そりゃ高くなる。十分に力が残ってるなら、それなりの値になる」


「どれくらい?」


 店主が一瞬だけエルナを見る。


「売るのか?」


「今は持ってません」


「なら相場だけか」


「はい」


 男は棚の一つを指した。


「このくらいの大きさで、力もほとんど減ってないなら、大体この辺だな。質が良ければもう少し」


 示された金額を聞く。


 エルナは黙った。


 ロザリーが男たちへ魔石を渡していた頃、受け取った金を一緒に数えたことが何度もある。買い物へ行く前に、残りを確認したこともある。


 一つひとつの正確な額を全部覚えているわけではない。それでも、差が大きいことはわかった。


 ここで普通の魔石を買い取る金額の方が、高い。


「じゃあ」


 エルナは考える。


「特性魔石は?」


 店主が少し眉を上げた。


「特性石か。ものによるな」


「普通の魔石より高い?」


「そりゃな。作った魔女の得意な力が強く出てるなら、欲しがる奴も多い。珍しい性質なら、普通の石とは別物だ」


「……そう」


 エルナは棚を見る。


 ロザリーが作っていた石。


 植物を育てるもの。熱を受け止めるもの。森の力が強く出たもの。


 どれも、ただの魔石ではなかった。


「教えてくれて、ありがとうございます」


「買わないのか」


「今日は」


「そうか」


 店主はそれ以上聞かなかった。


     *


 市場を歩きながら、エルナは考えていた。


 店の売値が、そのまま作った人へ入るわけではない。運ぶ人がいて、保管する場所も必要になる。売る人にも取り分がある。


 だから、店頭の値段が高いことだけで、何かがおかしいとは言えない。


 それでも、普通の魔石の買取額ですら、ロザリーが受け取っていた金額より高かった。まして、ロザリーが作っていたものには特性魔石もあった。


 ロザリーは、知らなかったのだろうか。


 少し考える。


 すぐに違うと思った。


 ロザリーは、何も知らない人ではなかった。町にも村にも行ったことがある。物の値段も知っていた。自分の石が安く買われていることくらい、わかっていたはずだ。


 ロザリーが自分で町へ大量の魔石を持ち込めば、誰が作ったものなのかを聞かれる。別の相手へ売ろうとしても、森まで来る男たちは簡単には引かなかった。


 ロザリーは、知らなかったのではない。


 魔石の価値が低かったわけでもない。


 ロザリーが、その値段を断れなかったのだ。


 ――選べることばかりではない。


 昔聞いた言葉が、ふと浮かんだ。


 エルナはしばらく歩いた。店先には物が並び、人が値段を聞き、買ったり諦めたりしている。


 そこで、別のことを思いついた。


 自分は、魔女だと名乗らなくてもいい。


 魔石を持っている人間が、みんな魔女だと思われるわけではない。さっきの女だって、壊れた魔道具から外した石を売っていた。


 一つや二つなら、自分が持っていても不思議ではない。


 では、何度も売るなら。


 知り合いに魔女がいる。その魔女は人の多い場所が苦手だから、自分が代わりに売りに来ている。


 そう言えば、通るかもしれない。


 魔女本人は出てこない。自分は冒険者証を持っている。店も、自分で選べる。


 ロザリーのように仲介人へ任せるのではない。


 自分自身が、仲介人のふりをすればいい。


 エルナは足を止めた。


 できる。


 たぶん、本当に。


 でも。


 人の流れを見る。


 市場には、知らない人がいくらでもいる。


 店で魔石を売っているところを、誰かに見られるかもしれない。魔女の代理だと知られれば、その先に魔女がいると思われる。


 一度にたくさん持ち込んだり、短い間に何度も売ったりすれば、どこから手に入れているのか知りたがる人も出てくるかもしれない。


 特性魔石なら、なおさら目立つ。


 エルナは少し考える。


 特性魔石は出さない。


 一度にたくさん持ち込まない。


 魔女がどこにいるのかは、絶対に話さない。


 それくらいは必要だろう。


 もっと他にもあるかもしれない。まだ、わからない。


 方法があることと、安全であることは同じではない。


 今日は売らない。


 初めて来た町で、思いついたばかりのやり方を試す必要はなかった。


     *


 帰りの街道を歩きながら、エルナは荷物の奥にある小さな魔石を思い出した。自分で作った、淡い灰色の石。


 今までは、どうしても金が足りなくなったときのために持っているものだと思っていた。


 でも、使い道がないわけではない。


 エルナは街道の先を見る。


 朝より、少しだけ考えることが増えていた。


     *


 宿へ戻ると、女将が帳場から顔を上げた。


「おかえり」


「ただいま」


「向こうの町、どうだった?」


「少し違いました」


「そりゃ違うよ」


「でも、思ったより近かったです」


「道がいいからね」


 女将はそれだけ言って、また帳面へ戻った。


 エルナも屋根裏へ上がる。


 扉へ鍵を掛け、荷物を下ろした。今日の報酬を財布へ入れ、冒険者証も元の場所へ戻す。


 そのとき、荷物の奥にある淡い灰色の魔石が目に入った。


 今日、店で見た魔石と同じ、ごく普通の石。


 売ろうと思えば、売れる。


 けれど、今すぐ売る必要はない。


 方法を知ったことと、それを使うことは別だった。


 エルナは魔石を元の場所へ戻し、荷物を閉じた。




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