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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第2章 森の魔女の娘
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第21話 選べないもの


 朝から、ロザリーは石を並べていた。


 川辺で拾ってきた、丸くて滑らかな石。大きさも形も少しずつ違うけれど、どれも手に取った時に指を傷つけないものばかりだった。


 エルナは机の向かい側から、その石を見る。


「それ、魔石にするの?」


「ええ」


「……あの人たちの?」


 ロザリーの手が、一瞬だけ止まった。


「そうよ」


 エルナは黙る。


 以前なら、石がどう変わるのかを見るのは少し面白かった。


 ただの石が、ロザリーの手の中でゆっくり変わっていく。中まで磨かれたように滑らかになり、淡い灰色の光を宿す。


 今日並んでいるのは、どれも緑の光や模様を持たない、普通の魔石だった。


 でも今は、同じようには見えなかった。


 一つ目。


 ロザリーの手の中で、石が淡く光る。


 二つ目。


 また、灰色へ変わる。


 三つ目。


 エルナはロザリーの胸元を見る。


 服の下だから、命紋は見えない。それでも、石が一つできるたびに、あの紋様も少しずつ進んでいるのかもしれない。


「ロザリー」


「なに?」


「全部作るの?」


「ええ」


 石はまだ残っている。


「減らしたら?」


「決まっている数だから」


「でも、命紋進むんでしょ」


「そうね」


 ロザリーは次の石を手に取る。


 エルナは眉を寄せた。


「作りたくないなら、作らなくてもいいんじゃないの?」


 今度は、ロザリーの手が止まった。


 しばらく石を見てから、静かに言う。


「そうできないこともあるのよ」


「なんで?」


「……そういうこともあるの」


 答えになっていない。


 エルナはそう思った。


 でも、ロザリーはそれ以上話さなかった。


 また石を手に取る。


 淡い光が宿る。


 エルナはそのたびに、胸の奥が少しずつ重くなるような気がした。


     *


 昼を過ぎた頃。


 外から声がした。


「おい、いるか」


 エルナの肩が強張る。


 知っている声だった。


 ロザリーもすぐに立ち上がる。


「エルナ」


「……また隠れるの?」


「ええ」


「でも」


「隠れていて」


 声は柔らかい。


 けれど、迷いはなかった。


 エルナは唇を結ぶ。


「どうして?」


「あなたを見せたくないから」


 前にも聞いた答えだった。


 ロザリーは、エルナが魔女だと知られないようにしている。その理由も、もうわかっている。


 それでも今日は、前より隠れたくなかった。


「……わかった」


 結局、エルナはいつもの場所へ入る。


 家の一部として作られた、狭い隠し場所。板が閉じられると、視界が暗くなる。


 全部は見えない。


 でも、声は聞こえる。


「頼んどいた分、揃ってるんだろうな」


「頼まれた数は」


「相変わらずきっちりだな」


 男が鼻で笑う。


「石は?」


「そこに」


 袋を開ける音がした。


 石が触れ合う、硬い音。


「……やっぱりこれだけか」


「前にも言ったでしょう。増やしません」


「へーへー。そう言うと思ったよ」


 軽い声だった。


 聞いているようで、何も受け取っていない。


「ほんと、融通利かねえな」


 ロザリーは答えない。


 男はしばらく魔石を確かめているらしい。


「こんだけ作れるなら、あと二つ三つ増えたって変わらないだろ」


 エルナの手が、ぎゅっと握られた。


 違う。


 変わらなくなんかない。


 一つ作るたびに、ロザリーの命紋が少し進むかもしれない。


 男は知らないのだろうか。


 それとも、知っていてそんなふうに言っているのだろうか。


「増やしません」


 ロザリーの声は変わらない。


「前にも答えたはずよ」


「どうかな?」


 男が笑う。


「次も同じこと言えるといいな」


 もう一人も、喉の奥で笑った。


 その軽さが、エルナには嫌だった。


 硬貨の音がする。


 机に置かれたらしい。


「これで」


 少し間があった。


「……前より少ないわ」


「そうか?」


「そうよ」


「じゃあ数え間違えたんじゃない?」


「あなたが?」


「さあな」


 また笑う。


 からかっているだけなのか、本当に減らしたのか。


 どちらでも同じだった。


 ロザリーが困ることを、男たちは少しも気にしていない。


「勝手に減らしていい理由にはならないわ」


「へえ。細かいねえ」


 声に苛立ちすらない。


 面白がっているように聞こえる。


 前に言われた言葉を、エルナは覚えている。


 今日は、男たちはそれを言わなかった。


 言わなくても、もう互いにわかっているからだ。


 ロザリーが自分で売りに出たところで、魔女から直接買おうとする人間はほとんどいない。


 男たちも。


 ロザリーも。


 わかっている。


 だから、言葉にしなくてもいい。


 そのことが、エルナには余計に嫌だった。


     *


「用は終わったでしょう」


 ロザリーの声がした。


「ああ?」


「石は渡したわ」


「そんな急かすなよ」


 足音が近づく。


 エルナには見えない。


 でも、距離が縮まったのがわかる。


「相変わらず愛想ねえな」


「必要ないもの」


「少しくらい笑えばいいだろ」


「帰って」


 ロザリーの声が、少し低くなった。


 エルナは膝を抱える。


 胸の奥が、嫌な感じにざわつく。


「そんな怖い顔するなって」


 男は笑っている。


「やめて」


 今度は、はっきり聞こえた。


 エルナの身体が固まる。


 やめて。


 ロザリーは、そう言った。


「何もしてないだろ」


「近いのよ」


「それくらいで」


 衣擦れの音。


 ロザリーが一歩避けたのかもしれない。


「触らないで」


 男がまた笑う。


 その声を聞いた瞬間、エルナの中で何かが冷たくなった。


 知っている。


 人が人に触れることを。


 直人の手も知っている。


 抱き寄せられることも。


 キスも。


 その先も。


 知っているからこそ、わかる。


 これは違う。


 ロザリーは嫌だと言っている。


 なのに。


 男は笑っている。


「帰って」


 今度の声には、もう柔らかさがなかった。


 長い沈黙。


「へえ、今日はずいぶん怖いな」


 男がつまらなそうに言う。


「次も、同じ数しか作りません」


「どうかな?」


「増やしません」


「まあ、その時になればわかるだろ」


 男は何か小さく笑った。


 やがて、扉の開く音。


 足音が遠ざかっていく。


 扉が閉まる。


 家の中が静かになった。


 エルナは、まだ動けなかった。


     *


「エルナ」


 少しして、ロザリーの声がした。


「もう出ていいわ」


 板が開く。


 光が差し込む。


 エルナは這い出した。


 机の上を見る。


 さっきまで並んでいた灰色の魔石は、もうない。


 全部、持っていかれた。


「……全部持っていったね」


「ええ」


 ロザリーは硬貨を集めている。


 いつもと変わらない手つきだった。


 エルナはその横顔を見る。


「前に言ってたよね」


「なにを?」


「あの人たちを追い出しても、それで全部終わるわけじゃないって」


 ロザリーの手が止まる。


「ええ」


「人は森の獣とは違うって」


「覚えていたのね」


「覚えてるよ」


 あの時は、よくわからなかった。


 ロザリーは強いのに。


 どうして、あの男たちを追い払えないのか。


 でも今は、少しだけわかる。


 一人を追い出しても、その人には帰る場所がある。


 話をする相手もいる。


 また誰かを連れて来ることだってできる。


「だから、来ないでってできないのは……前よりわかる」


 ロザリーは黙っている。


「でも」


 エルナは机を見る。


「魔石も?」


 ロザリーの目が少しだけ細くなった。


「あれも、同じなの?」


「……同じ?」


「木の時は、ロザリーが残したかったから使ったんだよね」


「ええ」


「自分で使うって決めた」


「そうね」


「じゃあ、今日の石は?」


 ロザリーはすぐには答えなかった。


 エルナは続ける。


「作りたいから作ったの?」


 長い沈黙。


「必要だから作っているの」


「作りたいからじゃなくて?」


 ロザリーの視線が、ほんの少しだけ落ちた。


 それだけで、エルナには十分だった。


「何に命を使うか、選んでるって言ったよね」


「ええ」


「でも、これは?」


 エルナはロザリーを見る。


「これも、ロザリーが選んだの?」


 ロザリーはしばらく黙っていた。


「……選べることばかりではないのよ」


「なんで?」


「エルナ」


「教えて」


 ロザリーは困ったように息を吐く。


「今は、まだそこまで話せないわ」


「またそれ」


「そうね」


「私だって、もうわかるよ」


「ええ。わかることは増えたわね」


「じゃあ教えてよ」


 ロザリーはすぐには答えなかった。


「知っていることが増えても、抱えなくていいものまで抱える必要はないのよ」


 エルナは何も言えなかった。


     *


 その夜。


 エルナは眠れなかった。


 昼間の声が、何度も頭の中で繰り返される。


 あと二つ三つくらい。


 少しくらい笑えばいい。


 どうかな。


 ロザリーが何を言っても、男たちは軽く流した。


 嫌だと言っているのに。


 やめてと言っているのに。


 笑っていた。


 エルナは寝返りを打つ。


 ロザリーは、何に命を使うかを選んでいると言った。


 あの木を残したい。


 だから使った。


 怖くても。


 長く生きたくても。


 自分で決めた。


 今日の魔石は、違った。


 少なくとも、エルナにはそう見えた。


 作りたいからではない。


 増やしたいとも言っていない。


 それなのに、男たちはもっと作れと言う。


 ロザリーが拒んでも、笑って流す。


 嫌だと言っても、止まらない。


 ロザリーが選んだはずのことを、まるでロザリーには決められないことのように扱う。


 そのことが、エルナにはどうしても許せなかった。




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