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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第7章 それぞれの魔女
125/128

第125話 薬の届く先


「一昨日の傷のお薬ですが、あの晩は、痛みで目を覚まさずに眠れたそうです」


 卓の向かいに座った医師の言葉に、ヴィオラの顔がほころんだ。


「そう。少しは休めたのね」


 エルナも、隣のルークと顔を見合わせた。

 一昨日、三人で作った薬だった。夜も痛くて眠れないと聞き、ヴィオラが夕方には届けたいと言っていた。


「よかったですね」


「ええ。知らせをもらえると、私も嬉しいわ」


 雨の仕事に同行した翌朝だった。

 帰ってからイネスに取り次いでもらい、今日はヴィオラのところへ伺う約束をしていた。案内された仕事場には、先に医師が来ていた。


 医師は、持ってきた書付を卓へ置いた。


「それから、もう一人、ご相談したい方がいます。薬を出して様子を見ていたのですが、熱が下がりきらず、食事も十分に取れていません」


「どなた?」


「ヴェルナーさんです」


「あの、荷の手配をしている方ね」


「はい。地方へ送る食糧や資材を取りまとめておられる方です」


 医師が、ここ数日の様子を話した。

 熱が続き、頭や身体の痛みも強いという。昨日からは、食事もほとんど口にしていないらしい。


 ヴィオラは書付を読み、それから顔を上げた。


「では、その方に会いに行きましょう」


「ありがとうございます。ご自宅へ、ご案内します」


「どのあたりへ荷を送っているんですか」


 ルークが尋ねた。

 ヴィオラが、そちらを向く。


「食糧が足りなくなっているところや、畑を続けるための道具が要るところへね。行き先ごとに、運ぶ人や便を探しているのよ」


 ヴィオラは書付を医師へ返した。


「二人も、一緒に来る?」


「はい。お願いします」


 エルナが答えると、ルークも頷いた。


     *


 馬車を降りた先は、通りから少し入ったところにある家だった。

 戸を開けてくれた女の人が、ヴィオラを見ると頭を下げた。


「お越しいただいて、ありがとうございます」


「具合は、どうかしら」


「先ほども、お水だけ少し。食べるのは、まだ嫌だと言っていて……」


 ヴィオラは頷き、エルナたちへ顔を向けた。


「今日は、手伝ってくれている二人も一緒なの」


 挨拶をすると、女の人はこちらにも頭を下げ、奥の部屋へ案内してくれた。


 寝台に横たわっていた男は、入ってきた人へ顔を向けた。

 額に汗が浮き、目を開けているのもつらそうだった。


「わざわざ……ありがとうございます」


「お話は、横になったままでいいわ」


 ヴィオラが寝台のそばへ椅子を寄せた。

 医師が妻から今朝の様子を聞く間、男は一度目を閉じ、それから口を開いた。


「次の便は……もう、話がついているだろうか」


「昨日、代わりの方がいらしたでしょう。お願いしたことは、全部伝えてあります」


 妻が、額の布を替えながら答えた。


「ああ……。そうだったな」


「今は、身体のことを聞かせて。いちばんつらいのは、どこ?」


 ヴィオラに尋ねられ、男は眉を寄せた。


「頭が。それと、手足も、痛くて……寝返りを打つのも、つらいんです」


「そう。手に、少し触れるわね」


 掛布の上へ出された手に、ヴィオラが自分の手を重ねた。

 エルナは、少し離れたところからその姿を見ていた。


 男が目を閉じる。

 ヴィオラはしばらく手を添えていたが、やがて静かに離した。


「薬を作ってくるわ。できたら、また伺います」


 妻が、寝台の脇から立ち上がった。


「ありがとうございます。よろしくお願いいたします」


     *


 仕事場へ戻ると、エルナはフードを下ろし、髪布と腕輪を鞄へ収めた。

 手を洗い、卓へ戻る。


 ヴィオラも前掛けをつけ、棚から小さな壺を取った。乾いた根を出し、葉の入った袋も、そのそばへ並べていく。


「今日は、この根も使うの。少し砕いてもらえる?」


「はい。それも、先ほど触れた時に浮かんだんですか」


「ええ。この組み合わせで作るわ」


 エルナは渡された根を石の鉢へ入れた。

 ルークは空いている器を寄せ、ヴィオラに確かめながら、使うものを卓へ揃えていく。


「ヴェルナーさんのお仕事も、ご存じだったんですね」


「前に、荷の手配の話を聞いたことがあるの。穀物を運ぶ途中で、道が使えなくなって、荷が止まってしまったことがあってね」


 ヴィオラは葉を量りながら続けた。


「別の道なら通れるのだけれど、荷を全部まとめて運べるだけの便が、なかなか集まらなかったそうよ。それで、少しずつ別の便へ分けて積めるよう、手配したんですって」


「俺たちも、リゼルでは次の便が数日先で、歩いて出たんです。でも、穀物の袋を沢山運ぶなら、そうもいきませんね」


 ルークが言った。


 エルナは、砕けた根を器へ移した。


「食糧を送ると決めても、届かなければ困るでしょう。ああいう手配ができる人には、よくなってもらいたいわ」


 ヴィオラが器を受け取った。


「あの方が元気になって、また働けるようになれば、この国のためになる。ユリウス殿下の助けにもなるわ」


 炉の鍋へ、砕いた根が加えられた。

 ヴィオラは中の様子を見てから、そばへ戻ってきた。


「それに、あんなに痛くて、食事も取れないままでは、つらいもの。少しでも食べられるようになってほしいわね」


「……はい」


 エルナも残った根を確かめ、鉢の中の細かなものを匙で集めた。


 煎じた薬を布で濾し、ヴィオラが器へ受ける。

 濾した薬を混ぜ始めると、彼女から薬へ魔力が使われるのを感じた。


 エルナは空いた道具を脇へ寄せ、そばで待った。

 ヴィオラが薬を混ぜ終えると、魔力の動きも収まった。


「この薬は、一度飲めばいいわ」


 少し冷ました薬を小瓶へ移し、ヴィオラが蓋をした。

 使った材料と分量を書き留めている間に、エルナたちは道具を洗い、卓を片づけた。

 ヴィオラは前掛けを外し、壁へ掛けた。


 エルナは髪を布で包み直し、腕輪を戻した。

 フードをかぶると、ヴィオラが小瓶を収めた籠を持ち上げた。


     *


 薬を届けた時には、医師もまた、患者の家へ来ていた。

 ヴィオラは使い方を伝え、小瓶の薬を器へ移した。妻に起こしてもらった男へ、その器を渡す。


 一口飲むと、男は顔をしかめた。

 それでも、少し間を置いて、残りも飲んだ。


 空になった器を、妻が受け取る。

 三人は隣の部屋で席を借り、しばらく様子を見ることになった。


 一時ほど経った頃、寝室から声が掛かった。


「先ほどより、ずいぶん楽になったそうです」


 医師に呼ばれ、ヴィオラが立ち上がった。

 エルナとルークも、一緒に部屋へ入る。


 男は、重ねた枕へ背を預けていた。

 先ほどより目が開き、こちらを見る顔から、強く寄っていた眉の皺がほどけている。


「頭の痛みは、どう?」


「だいぶ、楽です。手足も……さっきまで、あれほど痛かったのに」


 男は掛布の上で、自分の手を動かした。


「熱も、落ち着いてきています」


 医師が言った。

 妻は寝台のそばへ座り直し、男の顔を覗いた。


「何か、食べられそう?」


 男が少し考えた。


「……野菜のスープがいい」


「朝の?」


「ああ。まだ、残っているか」


「残してありますよ。温めてきますね」


 妻が立ち上がると、男がもう一度声を掛けた。


「パンも、少し」


「まだ、スープも口にしていないのに」


 そう返した妻の顔に、笑みが浮かんだ。

 男も、少し口元を緩めた。


「まずは、少しずつにしましょう。何日も、十分には食べられていないのですから」


 医師の言葉に、男が頷く。

 妻は戸口へ向かいながら、ヴィオラを振り返った。


「朝は、匂いも嫌だと言っていたんです。鍋を近づけるのも、嫌がって……」


 そこで言葉を切り、もう一度、寝台の方を見た。


「温めてきます」


 そのあとを、エルナも手伝いを申し出て追った。

 台所では、妻が鍋を火へ戻していた。


「あの人、これが好きなんです。パンを浸して食べるのが」


 鍋の蓋を開けながら、妻が言った。

 煮込んだ野菜の甘い匂いがして、エルナも中を覗いた。棚から器を下ろすのを手伝い、ルークには水差しを運んでもらう。


 部屋へ戻ると、男は妻の手を借り、身体を少し起こした。

 湯気の立つスープを口にし、ゆっくり飲み込む。


 いく口か飲むと、男は枕へ背を預け直した。

 まだ、身体には力が入らないようだった。それでも、妻が受け取った器へ目を向け、あとでまた飲みたいと言った。


「今日は、ゆっくり休んでください。明日も、様子を見に伺います」


 医師がそう伝えた。

 男は頷き、それからヴィオラへ顔を向けた。


「ありがとうございました。……食べたいと思えたのも、久しぶりです」


「ええ。おいしく食べられそうで、よかったわ」


 ヴィオラは妻にも声を掛け、医師とこのあとのことを確かめた。

 帰り際、戸口まで見送りに来た妻が、三人へ何度も頭を下げた。


     *


 王宮の仕事場へ戻ると、窓からの光が、朝とは違うところへ伸びていた。

 エルナは外の装いを解き、髪布と腕輪を鞄へ戻した。


 ヴィオラは今日の控えへ書き足し、紙を卓の端へ置いた。

 ルークが籠を棚へ戻し、三人で小卓の椅子へ腰を下ろす。


「ヴィオラさんは、王宮へ来られた時から、こうして薬を作っていらしたんですか」


 エルナが尋ねると、ヴィオラは首を横に振った。


「いいえ。最初は、何もしていなかったわ」


「お仕事を、ですか」


「ええ。人のために命を使うつもりはない。魔法は使わないと、殿下に伝えたの」


 エルナは、今日作っていた薬を思い出した。

 ヴィオラは、作ることをためらっているようには見えなかった。


「前には、薬を作れるなら、助けて当然だと言う人がいてね。断ると、私の方が悪いことをしているように責めるの」


 ヴィオラが言った。


「薬を売って儲けようとする人も、言うことを聞かなければ、まともに住めなくしてやると言う人もいたわ。……だから、王宮の片隅で暮らせるなら、その方がましだと思ったのよ」


「殿下は、それでも、いいと……?」


「ええ。私が、どう暮らしたいのかを決めていいと」


 昨日、イネスも言っていた。

 王宮へ来た時、ユリウスから尋ねられたのは、これから何をしたいのか、だったと。


「それで、本当に魔法を使わずに過ごしていたの。薬を作らない日も、私にはここに部屋があって、食事があったわ。本を読んだり、薬草を見たりして暮らしていたのよ」


 ヴィオラは静かに続けた。


「殿下の扱いも、変わらなかった。私が何もしない間もね」


「……魔法を使わないままでも、ここにいられたんですね」


「ええ。今だって、そうよ」


「周りの方も、何も言わなかったんですか」


 ルークが尋ねた。

 ヴィオラは、そちらへ顔を向ける。


「言ったわよ。魔女を王宮に入れるなんて、とか、国に仕えるなら成果を出しなさい、とか。でも、そのたびに殿下が話していたわ。魔女だって、この国で暮らす人なのだからと。それで、私の暮らしが変わることはなかったの」


 エルナは、小さく頷いた。

 使わなかった間も、という言葉が、エルナには残った。


「その間も、殿下ご自身は忙しくしていてね。地方から戻ったと思ったら、魔女の保護を申し出るために、また別の土地へ出かける相談をしていたり。水や食べ物が足りないところへの対応もあったわ」


 ヴィオラの口元が、少し緩んだ。


「私には好きに暮らしていいと言った人が、本人は、ちっとも暇ではないのよ」


 ヴィオラはエルナを見た。


「そういう姿を見ているうちに、私も、薬を作って力になりたくなったの。あの方のしていることが、この先も続いてほしくてね」


 エルナは頷いた。


 少しして、ヴィオラが椅子から立った。

 卓の端で乾かしていた今日の控えを、棚へ収める。


「今日は、ここまでにしましょう。二人とも、夕食も一緒にどう?」


「はい。ご一緒したいです」


 エルナが答えると、ルークも礼を言った。

 ヴィオラは卓へ残ったものを片づけながら、続けた。


「イネスにも声をかけてみるわ。何が食べたい?」


 尋ねられ、エルナは少し迷った。


「……スープが、気になってしまいました」


 隣で、ルークが笑った。


「俺も、あれは気になっていました」


「では、野菜のスープを頼んでみましょう」


 ヴィオラも笑って、棚の戸を閉じた。




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