第118話 六人の明日
「ミラ、見て!」
家の角を回る前から、ラルフが声を上げた。
戸口にいたミラが顔を向け、そのそばからピアも出てくる。
「兎?」
「罠にかかってたんだ。俺たちが仕掛けた方に」
ラルフがルークの隣へ戻り、兎を指した。
ピアは長い耳を見てから、ルークを見上げる。
「食べるの?」
「うん。今日のご飯にしよう」
ノアも台の上で身体を起こした。
ルークがそばへ持っていくと、少し顔を寄せて見る。ロイは軒下へ紐を置き、家の壁際に、兎を捌く場所を空けた。
エルナは、広げてあった干し肉へ手を伸ばした。
もう熱は残っていない。ミラが重ねておいた葉も、表面の水気が乾いていた。
「こちらも、包みましょうか」
ミラが頷き、葉を一枚広げた。
「全部、一緒?」
「少しずつ分けましょう。食べる時に、一つずつ開けられるように」
エルナが肉を載せ、葉の両側を折った。
ミラも隣で同じように包む。端を折り込むところを一度見ただけで、次の一つは自分でまとめた。
ピアの前にも、葉を一枚置いた。
肉を載せると、彼女は両手で葉を寄せたが、先に折った方が開いてしまった。
「ここ、持ってて」
ミラが片側を押さえた。
ピアは残りを折り、手を離して確かめる。
「できた」
「はい。こっちへ並べてください」
包みが、板の上から軒下へ移っていった。
少し離れたところでは、ルークが兎を捌いていた。
ロイが言われたところを押さえ、トビが空いた器をそばへ寄せる。ラルフは覗き込みたいらしく、器を渡すたびにルークの手元を見ていた。
最後の肉を包み終えた頃、ロイが立ち上がった。
手を洗うと、軒下の紐を取る。
「もう、行ける?」
ルークは切り分けた肉を鍋へ入れ、水を足した。
火の上へ据えてから、頷く。
「行こうか」
エルナは採集に使う布を鞄へ入れ、ミラとピアへ顔を向けた。
「二人も、一緒に行きませんか。根のあるところを見ておきましょう」
「行く」
ピアがすぐに答えた。
ラルフも、ミラのそばへ来る。
「俺、場所、分かるよ」
ロイは壁際へ置いていた短い棒を取り、ミラへ渡した。
「掘るの、これ」
ミラは受け取り、先についた土を払った。
トビが鍋のそばへしゃがむ。
「俺は、ノアと残ってる。これ、見てればいい?」
「頼むよ。火は、今くらいで」
ルークが答えると、トビはそばへ薪を寄せた。
ノアも台の上から頷いた。
ミラは干し肉の包みを軒下へ寄せ、ピアを呼んだ。
エルナは残る二人へ行ってきますと声を掛け、ルークと子供たちに続いた。
*
二つに分かれた木の下で、ロイが紐を広げた。
ミラとピアは、エルナと一緒に道の上で足を止めた。
ラルフがそばの枝へ手を掛ける。
「ここ、持ってればいい?」
「うん。まだ離すなよ」
ロイはしゃがみ込み、小枝を置いた。
指を離しかけたところで留めがずれ、慌てて押さえ直す。
ルークは、その隣へ屈んだ。
「もう少し下を押さえると、やりやすいよ」
ロイは持つ場所を替えた。
エルナはロイの脇へ置いてあった小枝を拾い、彼の空いている手へ渡した。ロイはそれを受け取り、組み直す。
今度は、手を離しても動かなかった。
「ラルフ、ゆっくり」
ラルフが、枝を支えていた手を少しずつ緩めた。
枝は低い位置で留まり、紐も外れなかった。
ロイがルークを見た。
ルークはそばから確かめ、頷く。
「うん。できたな」
ラルフは手についた土を払い、ロイの隣で仕掛けを覗いた。
エルナは、ミラとピアのいる道へ戻った。
ミラは木の幹と、その下の紐を見比べていた。
「ここにあるんだね」
「はい。平たい石のそばにも、もう一つあります」
ピアも木を見上げ、ミラのそばへ寄った。
ロイが最後に足元を確かめてから、こちらへ戻ってきた。
「根っこのとこ、ここからも行けるよ」
ラルフが木の間の道を指した。
エルナが頷くと、ラルフは先へ立って歩き始めた。石を曲がった先で足を止め、木の下を指す。
「ここの木。昨日は、こっちから採ったんだ」
ミラが木の下へ屈んだ。
葉を分け、つけ根を見てから棒を土へ入れる。ピアもそばへしゃがみ、掘り上げた根を覗いた。
「昨日、食べたのと同じ?」
「はい。同じですね」
エルナが答えると、ピアは根についた土を指で落とした。
ミラは隣の株を確かめ、少し離れたところへ棒を入れた。
採った根を包み、道へ戻りかけた時、エルナは石の脇へ目を留めた。
細い茎に、向かい合って葉がついている。葉の真ん中には、細く白い筋が通っていた。
「この草も、覚えておくといいかもしれません」
四人がそばへ来た。
ルークも道の端で足を止める。
エルナは茎を倒さないよう、葉を一枚持ち上げる。
「傷口を洗う時に使えます」
「ノアの膝にも?」
ミラが尋ねた。
「はい。煮出したものを冷まして、洗う時に使うんです。あとで、やってみましょうか」
ミラは頷き、隣の草を見た。
葉の真ん中を確かめてから、ついている位置も見比べる。
ピアが茎へ手を伸ばした。
「抜くの?」
「ここは、葉だけにしましょう。根は残してください」
エルナが茎を支えると、ピアは大きめの葉をつまんだ。
小さな指が、一枚ずつ葉を摘んでいく。
――そっちはいいけど、根から抜かないでね。
ロザリーの声が浮かんだ。
小さな籠を腕へ掛けて歩いた森の道。草のそばへしゃがむと、ロザリーも隣へ屈んでくれた。
「これくらい?」
ピアが掌を差し出した。
エルナはその上の葉を見て、頷いた。
「はい。ありがとうございます」
布の端を広げると、ピアは葉を一枚ずつ置いた。
ミラも自分で摘んだ分を重ねる。
「エルナは、誰に教えてもらったの?」
「私を育ててくれた人です。小さい頃から、一緒に採りに行っていました」
「根っこも?」
「はい。昨日食べたものも、よく採っていましたよ」
ミラは、そばに置いた根の包みを見た。
それからもう一度、草の生えている場所へ目を戻した。
「石の横にも、あるね」
ラルフが少し先を指す。
エルナもそちらを見て、子供たちと一緒に確かめた。
帰りには、熱が出た時に使う葉も見つかった。
ミラが先ほどの草と混ざらないよう、布の別の端へ寄せる。
軽い火傷に使う、丸い葉もあった。
ピアが近くの葉を指した。エルナがその葉を裏返すと、先に採ったものとは違っていた。
「こっちは、白くない」
「そうですね。形は似ていますけど、違う草です」
ピアは手を引き、もう一度、エルナの持つ葉の裏を見た。
細かな白い毛を指の腹でそっと撫でる。
「ふわふわする」
ミラも同じところへ触れた。
ラルフは草のそばから道を見て、近くの木の幹へ目を移していた。
*
家の前へ戻ると、トビが火のそばから顔を上げた。
ノアも台の上で身体を起こす。
「おかえり」
「ただいま。採れたよ」
ラルフが、エルナの持っている包みを指した。
ルークは火のそばへ屈み、鍋の蓋を少しずらす。
「いい具合だな。見ててくれて、助かったよ」
トビは木の匙をルークへ渡した。
エルナがノアのいる台のそばへ布を広げると、そちらへ顔を寄せる。
「薬に使える草も、ありましたよ」
ピアがすぐに丸い葉を取る。
「ノア、裏、見て」
差し出された葉を、ノアは指先で裏返した。
「白い」
「触ってみて。ふわふわするの」
ノアが、親指で葉の裏を撫でた。
ミラは傷を洗う草をそばへ置いた。
こちらは葉のつくところも見るのだと、二枚並んだ葉を指している。
エルナは小さな器へ水を入れた。
葉を洗い、使う分を取り分ける。
「これは、飲むの?」
トビが丸い葉を持ち上げた。
「いいえ。これは、外から使うものです。少し火傷をした時に使います」
使うところを分け、簡単な手当ての仕方を見せた。
熱の時に使う葉は別の器へ置き、煮出す量を掌へ載せて見せる。ミラは自分でも取り、エルナの掌と見比べて少し減らした。
残りの葉は、ミラと一緒に軒下の布へ広げた。
傷を洗うための草を煮出している間に、昼の食事を取った。
兎の肉は柔らかく、ピアは器に残った汁まで飲んだ。
食べ終えたラルフが、採ってきた根の包みを開いた。
トビが覗き込むと、ミラは自分で掘ったものを一本持ち上げた。
「これ、私が掘ったの」
ラルフが横から場所を説明し始めた。
エルナはその声を聞きながら、火から下ろした器を日陰へ移した。
日が傾く頃、ミラが器を日陰からノアのそばへ運んできた。
煮出した汁は、もうすっかり冷めていた。
エルナはノアの前へ屈み、膝の布をほどいた。
ミラが、きれいな布を手に取る。
「これ、濡らせばいい?」
「はい。少し絞ってください」
ミラは布を汁へ浸し、両手で絞った。
エルナが受け取り、傷のまわりをそっと洗う。その間、ミラは器を支えていた。
洗い終えると、エルナは切り傷用の薬を塗り、新しい布を当てた。
ミラがその端を押さえる。エルナが巻き終えるまで、指を添えていてくれた。
ノアは台へ座り直し、膝をゆっくり伸ばした。
曲げると、まだ痛むという。
「この薬も、少し分けておきますね。蓋のある器は、ありますか」
ミラは頷き、家へ入った。
持ってきたのは、昼に洗って乾かしてあった小さな器だった。
「これで、いい?」
「はい。ありがとうございます」
エルナは切り傷用の薬を少し分けた。
蓋を閉め、ミラへ渡す。
「使い方は、覚えていますか」
「洗ってから、少し塗る」
「はい」
ミラは器を両手で持ち、軒下へ置いた。
エルナも塩の包みを開き、残していく分を分けた。
そばでは、ピアが採ってきた葉を並べ直していた。
ノアに端を指され、一枚だけ別の束へ戻す。
夕食には、採ってきた根を煮た。
ミラが器へ分けるそばで、ラルフは鍋の中を覗いていた。
食事を終えた頃、ロイが水桶の方を見た。
「明日、水を取りに行く時、罠も見よう」
「じゃあ、帰りに根っこのとこも」
ラルフが言った。
「あそこ、まだあるよ」
「採る時、私も行きたい」
ミラが顔を上げた。
ピアもすぐに、私も、と続く。
「じゃあ、戻ってからな。トビ、こっちに残れる?」
ロイが尋ねると、トビは頷いた。
「うん。あとで替わって」
「葉、分けとく」
ノアが言った。
ミラは頷き、干してある方もお願いと、軒下を指した。
ルークは火へ薪を一本足した。
エルナも空になった器を重ね、子供たちの器のそばへ置いた。
*
翌朝、二つの罠はどちらも空だった。
ラルフは輪の向こうを覗き、少し肩を落とした。
ロイは持ってきた水桶を道へ置き、仕掛けのそばへ屈む。
枝は動いていない。
トビが足元の小枝を確かめ、ロイへ顔を向けた。
「こっちも、そのまま」
ロイが頷いた。
輪の上へ落ちていた細い葉をよけ、紐を確かめる。
ルークはその手元を見ていた。
ロイが立ち上がると、道を空け、子供たちと一緒に戻った。
帰りに水場へ寄った。
ロイとトビが桶を置き、ルークも水を汲むのを手伝った。ラルフは足元へこぼれた水を踏まないよう、少し離れた石の上で待っていた。
家へ戻ると、ミラが戸口から出てきた。
軒下の器を寄せ、桶を置く場所を空けた。
エルナも、置いていた鞄を手に取った。
昨夜使った敷布と毛布は畳み、もう外へ括ってある。ルークも荷を背負い、剣の位置を直した。
ノアが台から立ち上がった。
トビがそばへ寄ると、ノアはその腕を借り、ゆっくりと戸口のそばまで歩いた。壁際に立ち、空いている手を壁へ添える。
エルナは、膝に巻いた布へ目を留めた。
その向こうの軒下に、薬の器がある。
明日の手当てをする時には、もう自分はここにいない。
ミラがピアへ、干し肉の包みを一つ渡した。
ピアは両手で受け取り、ノアのそばに置いてあるものと並べる。ラルフが違う包みを持ちかけ、ミラにそちらは薬草だと言われて戻していた。
エルナは鞄を肩へ掛けた。
紐を整えてから、六人へ向き直る。
「それでは、私たちは行きますね。泊めてくれて、ありがとうございました」
ロイはルークを見た。
口を開きかけ、いったん足元へ目を落とす。
「……ありがとな」
ルークが頷いた。
「こっちこそ。山を案内してくれて、助かったよ」
ロイは顔を上げた。
少しだけ頷き、ルークの手元から肩の荷へ目を移した。
ミラが、一歩そばへ来た。
エルナが顔を向けると、菫色の目がこちらを見た。
「また、来る?」
エルナも、ミラの目を見た。
「私も、また皆さんに会いたいです」
ミラは少し黙ってから、頷いた。
「うん」
ピアがその隣から手を上げた。
エルナも手を振り、ノアとトビ、ラルフの顔を見てから、ルークと道へ出た。
家の角で振り返ると、六人はまだそこにいた。
ピアがもう一度、大きく手を振る。ラルフも片手を上げ、ロイはその隣に立っていた。
エルナは足を緩め、手を上げ返した。
角を曲がると、姿が見えなくなった。
少しして、ミラの声が届く。
「ピア、その包みはこっち」
「待って。今、持つ」
エルナは声のした方へ、もう一度顔を向けた。
家の方で、戸の閉まる音がした。
隣のルークが、歩調を緩めた。
エルナは前へ向き直り、その隣を歩いた。




