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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第7章 それぞれの魔女
118/128

第118話 六人の明日


「ミラ、見て!」


 家の角を回る前から、ラルフが声を上げた。

 戸口にいたミラが顔を向け、そのそばからピアも出てくる。


「兎?」


「罠にかかってたんだ。俺たちが仕掛けた方に」


 ラルフがルークの隣へ戻り、兎を指した。

 ピアは長い耳を見てから、ルークを見上げる。


「食べるの?」


「うん。今日のご飯にしよう」


 ノアも台の上で身体を起こした。

 ルークがそばへ持っていくと、少し顔を寄せて見る。ロイは軒下へ紐を置き、家の壁際に、兎を捌く場所を空けた。


 エルナは、広げてあった干し肉へ手を伸ばした。

 もう熱は残っていない。ミラが重ねておいた葉も、表面の水気が乾いていた。


「こちらも、包みましょうか」


 ミラが頷き、葉を一枚広げた。


「全部、一緒?」


「少しずつ分けましょう。食べる時に、一つずつ開けられるように」


 エルナが肉を載せ、葉の両側を折った。

 ミラも隣で同じように包む。端を折り込むところを一度見ただけで、次の一つは自分でまとめた。


 ピアの前にも、葉を一枚置いた。

 肉を載せると、彼女は両手で葉を寄せたが、先に折った方が開いてしまった。


「ここ、持ってて」


 ミラが片側を押さえた。

 ピアは残りを折り、手を離して確かめる。


「できた」


「はい。こっちへ並べてください」


 包みが、板の上から軒下へ移っていった。


 少し離れたところでは、ルークが兎を捌いていた。

 ロイが言われたところを押さえ、トビが空いた器をそばへ寄せる。ラルフは覗き込みたいらしく、器を渡すたびにルークの手元を見ていた。


 最後の肉を包み終えた頃、ロイが立ち上がった。

 手を洗うと、軒下の紐を取る。


「もう、行ける?」


 ルークは切り分けた肉を鍋へ入れ、水を足した。

 火の上へ据えてから、頷く。


「行こうか」


 エルナは採集に使う布を鞄へ入れ、ミラとピアへ顔を向けた。


「二人も、一緒に行きませんか。根のあるところを見ておきましょう」


「行く」


 ピアがすぐに答えた。

 ラルフも、ミラのそばへ来る。


「俺、場所、分かるよ」


 ロイは壁際へ置いていた短い棒を取り、ミラへ渡した。


「掘るの、これ」


 ミラは受け取り、先についた土を払った。

 トビが鍋のそばへしゃがむ。


「俺は、ノアと残ってる。これ、見てればいい?」


「頼むよ。火は、今くらいで」


 ルークが答えると、トビはそばへ薪を寄せた。

 ノアも台の上から頷いた。


 ミラは干し肉の包みを軒下へ寄せ、ピアを呼んだ。

 エルナは残る二人へ行ってきますと声を掛け、ルークと子供たちに続いた。


     *


 二つに分かれた木の下で、ロイが紐を広げた。

 ミラとピアは、エルナと一緒に道の上で足を止めた。

 ラルフがそばの枝へ手を掛ける。


「ここ、持ってればいい?」


「うん。まだ離すなよ」


 ロイはしゃがみ込み、小枝を置いた。

 指を離しかけたところで留めがずれ、慌てて押さえ直す。


 ルークは、その隣へ屈んだ。


「もう少し下を押さえると、やりやすいよ」


 ロイは持つ場所を替えた。

 エルナはロイの脇へ置いてあった小枝を拾い、彼の空いている手へ渡した。ロイはそれを受け取り、組み直す。


 今度は、手を離しても動かなかった。


「ラルフ、ゆっくり」


 ラルフが、枝を支えていた手を少しずつ緩めた。

 枝は低い位置で留まり、紐も外れなかった。


 ロイがルークを見た。

 ルークはそばから確かめ、頷く。


「うん。できたな」


 ラルフは手についた土を払い、ロイの隣で仕掛けを覗いた。


 エルナは、ミラとピアのいる道へ戻った。

 ミラは木の幹と、その下の紐を見比べていた。


「ここにあるんだね」


「はい。平たい石のそばにも、もう一つあります」


 ピアも木を見上げ、ミラのそばへ寄った。

 ロイが最後に足元を確かめてから、こちらへ戻ってきた。


「根っこのとこ、ここからも行けるよ」


 ラルフが木の間の道を指した。

 エルナが頷くと、ラルフは先へ立って歩き始めた。石を曲がった先で足を止め、木の下を指す。


「ここの木。昨日は、こっちから採ったんだ」


 ミラが木の下へ屈んだ。

 葉を分け、つけ根を見てから棒を土へ入れる。ピアもそばへしゃがみ、掘り上げた根を覗いた。


「昨日、食べたのと同じ?」


「はい。同じですね」


 エルナが答えると、ピアは根についた土を指で落とした。

 ミラは隣の株を確かめ、少し離れたところへ棒を入れた。


 採った根を包み、道へ戻りかけた時、エルナは石の脇へ目を留めた。

 細い茎に、向かい合って葉がついている。葉の真ん中には、細く白い筋が通っていた。


「この草も、覚えておくといいかもしれません」


 四人がそばへ来た。

 ルークも道の端で足を止める。

 エルナは茎を倒さないよう、葉を一枚持ち上げる。


「傷口を洗う時に使えます」


「ノアの膝にも?」


 ミラが尋ねた。


「はい。煮出したものを冷まして、洗う時に使うんです。あとで、やってみましょうか」


 ミラは頷き、隣の草を見た。

 葉の真ん中を確かめてから、ついている位置も見比べる。


 ピアが茎へ手を伸ばした。


「抜くの?」


「ここは、葉だけにしましょう。根は残してください」


 エルナが茎を支えると、ピアは大きめの葉をつまんだ。

 小さな指が、一枚ずつ葉を摘んでいく。


 ――そっちはいいけど、根から抜かないでね。


 ロザリーの声が浮かんだ。

 小さな籠を腕へ掛けて歩いた森の道。草のそばへしゃがむと、ロザリーも隣へ屈んでくれた。


「これくらい?」


 ピアが掌を差し出した。

 エルナはその上の葉を見て、頷いた。


「はい。ありがとうございます」


 布の端を広げると、ピアは葉を一枚ずつ置いた。

 ミラも自分で摘んだ分を重ねる。


「エルナは、誰に教えてもらったの?」


「私を育ててくれた人です。小さい頃から、一緒に採りに行っていました」


「根っこも?」


「はい。昨日食べたものも、よく採っていましたよ」


 ミラは、そばに置いた根の包みを見た。

 それからもう一度、草の生えている場所へ目を戻した。


「石の横にも、あるね」


 ラルフが少し先を指す。

 エルナもそちらを見て、子供たちと一緒に確かめた。


 帰りには、熱が出た時に使う葉も見つかった。

 ミラが先ほどの草と混ざらないよう、布の別の端へ寄せる。


 軽い火傷に使う、丸い葉もあった。

 ピアが近くの葉を指した。エルナがその葉を裏返すと、先に採ったものとは違っていた。


「こっちは、白くない」


「そうですね。形は似ていますけど、違う草です」


 ピアは手を引き、もう一度、エルナの持つ葉の裏を見た。

 細かな白い毛を指の腹でそっと撫でる。


「ふわふわする」


 ミラも同じところへ触れた。

 ラルフは草のそばから道を見て、近くの木の幹へ目を移していた。


     *


 家の前へ戻ると、トビが火のそばから顔を上げた。

 ノアも台の上で身体を起こす。


「おかえり」


「ただいま。採れたよ」


 ラルフが、エルナの持っている包みを指した。

 ルークは火のそばへ屈み、鍋の蓋を少しずらす。


「いい具合だな。見ててくれて、助かったよ」


 トビは木の匙をルークへ渡した。

 エルナがノアのいる台のそばへ布を広げると、そちらへ顔を寄せる。


「薬に使える草も、ありましたよ」


 ピアがすぐに丸い葉を取る。


「ノア、裏、見て」


 差し出された葉を、ノアは指先で裏返した。


「白い」


「触ってみて。ふわふわするの」


 ノアが、親指で葉の裏を撫でた。


 ミラは傷を洗う草をそばへ置いた。

 こちらは葉のつくところも見るのだと、二枚並んだ葉を指している。


 エルナは小さな器へ水を入れた。

 葉を洗い、使う分を取り分ける。


「これは、飲むの?」


 トビが丸い葉を持ち上げた。


「いいえ。これは、外から使うものです。少し火傷をした時に使います」


 使うところを分け、簡単な手当ての仕方を見せた。

 熱の時に使う葉は別の器へ置き、煮出す量を掌へ載せて見せる。ミラは自分でも取り、エルナの掌と見比べて少し減らした。

 残りの葉は、ミラと一緒に軒下の布へ広げた。


 傷を洗うための草を煮出している間に、昼の食事を取った。

 兎の肉は柔らかく、ピアは器に残った汁まで飲んだ。


 食べ終えたラルフが、採ってきた根の包みを開いた。

 トビが覗き込むと、ミラは自分で掘ったものを一本持ち上げた。


「これ、私が掘ったの」


 ラルフが横から場所を説明し始めた。

 エルナはその声を聞きながら、火から下ろした器を日陰へ移した。


 日が傾く頃、ミラが器を日陰からノアのそばへ運んできた。

 煮出した汁は、もうすっかり冷めていた。


 エルナはノアの前へ屈み、膝の布をほどいた。

 ミラが、きれいな布を手に取る。


「これ、濡らせばいい?」


「はい。少し絞ってください」


 ミラは布を汁へ浸し、両手で絞った。

 エルナが受け取り、傷のまわりをそっと洗う。その間、ミラは器を支えていた。


 洗い終えると、エルナは切り傷用の薬を塗り、新しい布を当てた。

 ミラがその端を押さえる。エルナが巻き終えるまで、指を添えていてくれた。


 ノアは台へ座り直し、膝をゆっくり伸ばした。

 曲げると、まだ痛むという。


「この薬も、少し分けておきますね。蓋のある器は、ありますか」


 ミラは頷き、家へ入った。

 持ってきたのは、昼に洗って乾かしてあった小さな器だった。


「これで、いい?」


「はい。ありがとうございます」


 エルナは切り傷用の薬を少し分けた。

 蓋を閉め、ミラへ渡す。


「使い方は、覚えていますか」


「洗ってから、少し塗る」


「はい」


 ミラは器を両手で持ち、軒下へ置いた。

 エルナも塩の包みを開き、残していく分を分けた。


 そばでは、ピアが採ってきた葉を並べ直していた。

 ノアに端を指され、一枚だけ別の束へ戻す。


 夕食には、採ってきた根を煮た。

 ミラが器へ分けるそばで、ラルフは鍋の中を覗いていた。


 食事を終えた頃、ロイが水桶の方を見た。


「明日、水を取りに行く時、罠も見よう」


「じゃあ、帰りに根っこのとこも」


 ラルフが言った。


「あそこ、まだあるよ」


「採る時、私も行きたい」


 ミラが顔を上げた。

 ピアもすぐに、私も、と続く。


「じゃあ、戻ってからな。トビ、こっちに残れる?」


 ロイが尋ねると、トビは頷いた。


「うん。あとで替わって」


「葉、分けとく」


 ノアが言った。

 ミラは頷き、干してある方もお願いと、軒下を指した。


 ルークは火へ薪を一本足した。

 エルナも空になった器を重ね、子供たちの器のそばへ置いた。


     *


 翌朝、二つの罠はどちらも空だった。


 ラルフは輪の向こうを覗き、少し肩を落とした。

 ロイは持ってきた水桶を道へ置き、仕掛けのそばへ屈む。


 枝は動いていない。

 トビが足元の小枝を確かめ、ロイへ顔を向けた。


「こっちも、そのまま」


 ロイが頷いた。

 輪の上へ落ちていた細い葉をよけ、紐を確かめる。


 ルークはその手元を見ていた。

 ロイが立ち上がると、道を空け、子供たちと一緒に戻った。


 帰りに水場へ寄った。

 ロイとトビが桶を置き、ルークも水を汲むのを手伝った。ラルフは足元へこぼれた水を踏まないよう、少し離れた石の上で待っていた。


 家へ戻ると、ミラが戸口から出てきた。

 軒下の器を寄せ、桶を置く場所を空けた。


 エルナも、置いていた鞄を手に取った。

 昨夜使った敷布と毛布は畳み、もう外へ括ってある。ルークも荷を背負い、剣の位置を直した。


 ノアが台から立ち上がった。

 トビがそばへ寄ると、ノアはその腕を借り、ゆっくりと戸口のそばまで歩いた。壁際に立ち、空いている手を壁へ添える。


 エルナは、膝に巻いた布へ目を留めた。

 その向こうの軒下に、薬の器がある。


 明日の手当てをする時には、もう自分はここにいない。


 ミラがピアへ、干し肉の包みを一つ渡した。

 ピアは両手で受け取り、ノアのそばに置いてあるものと並べる。ラルフが違う包みを持ちかけ、ミラにそちらは薬草だと言われて戻していた。


 エルナは鞄を肩へ掛けた。

 紐を整えてから、六人へ向き直る。


「それでは、私たちは行きますね。泊めてくれて、ありがとうございました」


 ロイはルークを見た。

 口を開きかけ、いったん足元へ目を落とす。


「……ありがとな」


 ルークが頷いた。


「こっちこそ。山を案内してくれて、助かったよ」


 ロイは顔を上げた。

 少しだけ頷き、ルークの手元から肩の荷へ目を移した。


 ミラが、一歩そばへ来た。

 エルナが顔を向けると、菫色の目がこちらを見た。


「また、来る?」


 エルナも、ミラの目を見た。


「私も、また皆さんに会いたいです」


 ミラは少し黙ってから、頷いた。


「うん」


 ピアがその隣から手を上げた。

 エルナも手を振り、ノアとトビ、ラルフの顔を見てから、ルークと道へ出た。


 家の角で振り返ると、六人はまだそこにいた。

 ピアがもう一度、大きく手を振る。ラルフも片手を上げ、ロイはその隣に立っていた。


 エルナは足を緩め、手を上げ返した。


 角を曲がると、姿が見えなくなった。

 少しして、ミラの声が届く。


「ピア、その包みはこっち」


「待って。今、持つ」


 エルナは声のした方へ、もう一度顔を向けた。

 家の方で、戸の閉まる音がした。


 隣のルークが、歩調を緩めた。

 エルナは前へ向き直り、その隣を歩いた。




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