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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第7章 それぞれの魔女
115/128

第115話 大人たちが去ったあと


 最後の器を洗い終えると、ミラが軒下へ並べた。

 ピアも小さな器を一つ運び、置いてから、濡れた指を服で拭こうとした。


「こっち」


 ミラが布を差し出す。

 ピアは両手で受け取り、指の間まで挟んで拭いた。


 エルナも手を拭き、肉を置いた板のそばへ戻った。

 ルークは火の両側へ支えの枝を立て、横木を一本ずつ渡すところだった。ロイが二本目の横木を支えている。


「このくらいの高さで、いい?」


「はい。肉は、もっと薄くしますね」


 エルナは切り分けてあった肉を取り、細く刃を入れた。

 小さな一切れを指先で持ち上げ、厚さを確かめる。


「小さくしておけば、使う時にも取り出しやすいです。これくらいなら、一晩ほどで乾かせると思います」


 ルークが覗き込み、頷いた。

 エルナは切った分を細い串へ通した。ルークが受け取り、串の両端を二本の横木へ載せた。


「葉っぱ、見に行けるよ」


 ラルフが家の角を指した。


「あっちから上がるんだ。石のある坂」


「では、お願いしてもいいですか」


 エルナが手を洗っていると、ロイがラルフへ顔を向けた。


「どこまで行くんだ」


「坂の上。さっき言ったとこだよ」


「そこだけで戻れよ」


 ラルフが頷いた。

 エルナも立ち上がり、ロイへ顔を向ける。


「葉を確かめたら、戻ってきますね」


 ロイは答えず、ルークの支える横木へ手を戻した。


     *


 坂は、家の裏を回った先にあった。

 土から頭を出した石を踏み、ラルフが先に上がっていく。


「ここ。ほら、いっぱいある」


 大きな木の根元に、葉が重なっていた。

 エルナはそばへ屈み、一枚をそっと裏返した。裏は白っぽく、縁には丸い切れ込みがある。


 指で葉の厚みも確かめてから、ラルフを見た。


「はい。これです」


「な。あっただろ」


「よく覚えていましたね」


 ラルフは木の反対側を覗いた。


「こっちにもある。大きいの、取る?」


「包めるものを、少し集めましょう」


 二人で葉を選んだ。

 ラルフは一枚採るたびに重ね、エルナが持ってきた布の上へ載せていく。


 坂を下り始めると、家々の屋根が見えた。

 その手前には、草に埋もれかけた畝が並んでいる。昨日、村へ入る時にも見た畑だった。


「前は、あそこでも作ってたんだよ」


 エルナが目を向けていると、ラルフが言った。


「食べるもの、ですか」


「うん。今は、何もないけど」


 彼は畑を一度見てから、石を避けて坂を下りた。

 エルナも葉の包みを抱え直し、その後を追った。


     *


 家の前へ戻ると、火の上には肉を通した串が並んでいた。

 トビが、ロイに渡された枝を火のそばへ寄せている。ノアは低い台に座り、布を巻いた膝へ手を置いていた。


「あったよ」


 ラルフが包みを開き、ミラへ見せた。

 エルナは葉を洗い、布の上へ広げていく。


「これも食べるの?」


 ピアが一枚を指した。


「これは、肉を包むための葉です。今は、水を切っておきましょう」


 ピアは頷き、重なっていた葉を一枚ずつ離してくれた。


「いつもは、どんなものを採っているんですか」


 エルナが尋ねると、ラルフがすぐに顔を上げた。


「実とか。根っこも掘るよ。場所、幾つか知ってる」


「水は、もう少し上」


 ノアが坂の向こうへ顎を向けた。

 ミラも葉を広げながら言う。


「採りに行っても、あんまりない時もある」


「肉は、なかなか捕れないしな」


 ラルフは火の上を見た。


「ここ、人が泊まることもあるんだ。パンとか、持ってるから」


 ロイが顔を上げた。

 ラルフはそちらを見て、口を閉じる。


 エルナは、昨日トビが抱えて走っていた包みを思い出した。

 坂で教わった畑へ、もう一度目を向ける。


「あの畑では、もう作らないんですか」


「前に、枯れたんだよ」


 ロイが答えた。

 手にした枝の先を折り、使える方を薪のそばへ置く。


「全部。食えるもの、ほとんどなくなった」


「畑へ行っても、採れなかった」


 ラルフが小さく付け足した。


「それで、大人が山へ行くようになって。獣を捕りに」


 ロイが続けた。


「怪我して帰ってくるのもいた。そのうち、病気になるやつも出てきた」


 ルークが顔を上げた。

 肉の位置を直してから、ロイへ目を向ける。


「その人たちは、今は?」


「出てったよ」


「村から?」


「うん。病気がうつるから、ここにいたら駄目だって」


 ロイは、折った枝の端を見ていた。


「荷物まとめて、道の方へ歩いてった」


 エルナは戸口へ目を向けた。

 乾かしてある小さなズボンが、その脇で揺れている。


「皆さんは、一緒には……」


 ロイがエルナを見た。


「俺たち、親いなかったから。連れていくやつ、いなかった」


「……その後も、誰も戻らなかったんですか」


「戻ってない。大人が出てったのは、一年半くらい前だよ」


 エルナは六人を見た。

 ピアが、ミラのそばへ少し寄っている。


「それから、六人で暮らしてきたのか」


 ルークの問いに、ロイは首を振った。


「初めは、八人いた」


 ミラの手が止まった。

 広げかけた葉の端が、指の下で折れている。


「二人、死んだんだ」


 ロイが言った。

 誰もすぐには話さなかった。

 ラルフも火のそばにしゃがんだまま、土へ目を落としていた。


「残って、最初の頃。まだ、食べるもののある場所も、今ほど分かんなくて」


 ロイの声は短く切れた。


「二人とも、どんどん痩せた。だんだん、動けなくなって……最後は、寝たままだった」


 何か月も経たないうちだったと、ロイは言った。

 それ以上は話さなかった。


 エルナは、昨日のルークの話を思い出した。

 食べるものがなく、動けなくなった子。

 病気で亡くなった子。


 顔を上げると、ノアは布を巻いた脚を前へ伸ばしていた。

 その隣にトビが立ち、ミラのそばにはピアがいる。


 何か返そうとしても、すぐには言葉にならなかった。

 エルナは膝の上で手を重ねた。


 火の中で、枝の端が小さく崩れた。


 しばらくして、ミラが指の下の葉を伸ばした。

 布の上へ置き直してから、エルナの手元に残った分を見る。


「これも、広げとく?」


「……はい。お願いします」


 エルナは包みを開いた。

 ミラが受け取り、ピアと二人で並べ始める。


 ロイは薪を一本、火へ足した。

 ルークも串の位置を変え、熱の届き方を確かめていた。


     *


 エルナは手を洗い、残った肉を薄く切り始めた。

 隣へ座ったミラが、切れた分を串に通していく。


 ルークが水の桶のそばへ来た時、エルナも鞄を置いた方へ少し寄った。


「ルーク」


「うん?」


 声を落とすと、彼もこちらへ身体を向けた。


「もう少し、ここで手を貸していけませんか」


 ルークはエルナを見てから、火のそばへ目を向けた。


「皆さんが採りに行くところを、一緒に歩いてみたいんです。私の知っているものがあれば、教えられますし」


「俺も、罠なら教えられるよ。今日みたいに、追って捕ろうとしなくてもいいやり方がある。小さい獣用だけど」


「皆さんにも、使えそうですか」


「使えると思うよ。場所は、あの子たちの方が詳しいだろうしな。あと二晩いれば、教えたあとで、自分たちでも試してもらえる」


 エルナは、戸口のそばに置いた鞄へ目を落とした。

 括りつけた毛布は、今朝巻いたままになっている。


「王都へ着くのは、少し遅くなりますね」


「そうだな。でも、俺も、もう少し残っていきたい」


 ルークが答えた。

 エルナも顔を上げ、小さく頷いた。


「ロイに、聞いてみようか」


「はい」


 二人で火のそばへ戻ると、ロイがこちらを見た。


「今、少しいいか」


「何だよ」


「あと二晩、昨日の家を使わせてもらってもいいか」


 ロイの眉が寄った。


「今日、出るんじゃなかったのか」


「そのつもりだった。でも、肉を乾かすところまで手伝いたいし、山で採れるものや、罠のやり方も、一緒に試せたらと思って」


 エルナもそばへ立った。


「皆さんの知っている場所を、教えてもらえませんか。私も、山で食べられるものを探して暮らしていましたから」


 ロイは二人を見た。

 それから、布の上へ広げた葉へ目を下ろす。


「罠って、何するんだ」


 ルークが答えた。


「獣の通る場所を探して、仕掛けておくんだ。今日の午後に一緒にやって、明日の朝、確かめに行こう。そのあとは君たちで仕掛けてみて、明後日の朝にもう一度見に行ける」


 ラルフが立ち上がった。


「俺もやる」


 ロイはそちらを一度見てから、ルークへ目を戻した。


「……明後日の朝には、出るんだな」


「明後日の朝に出るよ」


「寝るのは、昨日の家だけだぞ」


「分かった」


「山は、俺たちが案内する」


「頼むよ」


 ルークが答えた。

 エルナも頷いて、肉を置いた板のそばへ戻った。


     *


「ルーク」


 ラルフが、少し離れたところから呼んだ。

 手には、まっすぐな木の棒があった。


「さっきの、ちょっとだけ、今やれる?」


 ルークは火の上を確かめ、それからエルナを見た。


「こっち、少し頼んでもいい?」


「はい。見ています」


 彼が立ち上がると、ラルフは家の前の空いた場所へ走っていった。

 トビもそちらへ顔を向ける。


「トビ、おいで。見るんだろ」


 ルークに呼ばれ、トビが近づいた。

 ラルフの棒へ目を向けてから、小さく尋ねる。


「俺も、持っていい?」


「いいよ。まっすぐなやつを、一本選んでみて」


 トビが壁際へ向かった。

 何本かを見比べてから一本取り、両手で握って戻ってくる。


 ルークは二人の間を少し空けさせ、自分も棒を持った。


「振る前に、足を置くところからな」


 ラルフは彼の足元を見て、両足を大きく開いた。

 ルークが手で幅を示すと、少し戻す。

 トビも自分の足を見下ろし、片方を引き直した。


 ロイはノアのいる台のそばへ屈み、ルークたちを見ていた。


 エルナは火へ顔を戻した。

 串の端を持ち、肉の位置を少しずつずらす。


「こう?」


 ラルフの声がした。

 顔を上げると、トビも隣でルークの構えを真似していた。


 ミラが、肉を通した串を差し出した。

 エルナは受け取り、横木の間へ並べた。




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