第111話 峠へ向かう便
教わった角を曲がると、少し先に宿の看板が見えた。
開いた戸から中を覗けば、食卓が並び、奥で女の人が器を拭いている。エルナはルークと中へ入り、空いている部屋があるか尋ねた。
「二人なら、寝台が二つの部屋があるよ。何泊する?」
「今夜は、お願いしたいです。その先は、次の馬車の便を確かめてからでもいいですか」
「いいよ。明日も空いてるから、決まったら教えておくれ」
夕食も頼み、それぞれ宿代を払った。
鍵を受け取って二階へ上がる。通された部屋には寝台が二つあり、その間の小さな卓に、空の水差しと器が二つ置かれていた。寝台の脇の台には、洗面用の鉢もある。
エルナは鞄を寝台の脇へ下ろした。肩紐から手を離し、少し肩を回す。
「水、もらってこようか」
ルークが、卓の水差しを取った。
「じゃあ、私は布を出しておきますね」
彼が部屋を出てから、エルナは鞄を開いた。布を二枚出して卓へ並べ、鞄の口を結び直す。
窓辺へ行くと、下の通りを荷車が通っていた。店先で声を掛けられ、引いていた人が足を止める。
窓から入る風に当たっているうちに、階段を上がる足音が聞こえてきた。
ルークが水差しを持って戻り、戸に鍵を掛けた。
エルナも窓の布を引き、フードを下ろして外套を脱いだ。髪布をほどき、腕輪と一緒に卓へ置いてから、鉢へ水を注ぐ。
湿らせた布で首筋を拭くと、冷たさが気持ちよかった。
ルークへもう一枚を渡し、自分も顔を拭いてから寝台へ座った。
「……まだ、揺れてるみたいです」
向かいへ腰を下ろしたルークも、小さく頷いた。
「俺も。座ってると、そんな感じがする」
エルナは笑い、器へ水を注いで一口飲んだ。部屋の床は動いていないのに、腰の辺りには、板の上で揺られていた感覚が残っている。
彼が靴を脱いだので、エルナも足元へ手を伸ばした。
脚を伸ばして座っていると、窓の外から、荷を下ろす声がした。少し前まで乗っていた荷馬車の上でも、オットーたちはまだ働いているのだろう。
しばらく休んでから、エルナは靴を履いた。
髪を布へ収め直し、腕輪を戻して外套を着る。フードをかぶり、ルークと階下へ下りた。
ギルドへの道を聞き、夕食の時刻も確かめて、通りへ出る。
ギルドの中では、窓口の前に荷物が置かれていた。
男が一人、職員の差し出した紙を覗き込んでいる。その隣では、別の職員が幾つかの包みを分け、表に書かれた文字を確かめていた。
エルナは空いた窓口へ寄った。
「リゼルへ向かう馬車について、教えていただけますか」
「リゼルですね。次の駅馬車は、明後日の朝に出ます」
職員が帳面を開いた。
途中の駅で馬を替え、夜は宿場へ泊まる。クレスタ峠の関所を通り、四日目の午後にリゼルへ着く予定だという。
セレドで聞いた、山を越えていく道だった。
「二人、乗れますか」
ルークが尋ねると、職員は帳面を見て頷いた。
「はい。ただ、ご予約の前に、街道のことをお伝えしておきます。先日、この道で郵便馬車が魔獣に襲われました」
エルナは顔を上げた。
ルークも、卓へ目を戻す。
「どの辺りですか」
職員が地図を出し、ベルネから続く道を指した。
「峠へ上がる手前です。ここを通ったところで」
その先には山が描かれていた。
自分たちの乗る便も、同じ道を通る。
「乗っていた方たちは、ご無事ですか」
「御者が怪我をして、今はこの町で療養しています。護衛と一緒に戻れたのですが、馬車も傷みまして。郵便の便は、人と車を揃え直しているところです」
「……そうなんですね」
エルナは、御者席から次の村を示していたオットーを思い出した。
ルークは地図に目を落としたまま、続けて尋ねた。
「どんな魔獣だったんですか」
「猪型の一頭だと聞いています。襲った個体については、討伐の報告が上がっています」
「火を出したという話は、ありますか」
職員は、そばにあった記録へ目を通した。
「その報告には、ありません」
ルークが頷き、示された場所から山の方へ視線を動かした。
「駅馬車の護衛は、何人つきますか」
「普段は二人ですが、今度の便は四人に増やしています。リゼルまで同行します。御者と護衛にも、場所と襲撃の様子は伝えています」
エルナも、道の先を見た。
この場所には、郵便を運んでいた人たちがいた。これから自分たちが乗る便も、そこを通っていく。
隣の窓口で、男が包みを受け取った。
「こっちは、向こうのギルドでいいんだな」
「はい。こちらの書付も、一緒にお渡しください」
職員が紙を差し出す。男はそれを包みに添え、自分の袋へ入れた。
エルナは、その手元を少し見てから、地図へ目を戻した。
「関所を通る時は、何を用意しておけばいいでしょうか」
ルークが尋ねた。
「冒険者証はお持ちですか」
「はい」
「でしたら、それをお示しください。行き先と用向きを聞かれます。必要があれば、荷物も確認されます」
冒険者証をしまっている場所を思い浮かべる。
鞄の内側には、マリエラから受け取った紹介状もあった。そちらを渡すのは、王都へ着いてからになる。
ルークが運賃を聞き、エルナは途中の宿と食事について尋ねた。
夜に泊まる宿は便の行程で決まっていて、宿代と食事代は別に払う。昼に食べるものは持っていき、途中の宿場で買い足すこともできるという。
職員が、出発日と集合場所、時刻を書いてくれた。
エルナはルークと紙を覗いた。
「この便で、行こうか」
彼がこちらを見た。
エルナは頷いた。
「はい。明日、食べるものを足しておきましょう」
二人分を頼み、名を伝えて、それぞれ運賃を払った。
ルークが紙を受け取り、鞄へしまう。
「明日は、乗場も見ておきたいな」
「買い物の時に、寄ってみましょうか」
「うん。それと、依頼も見よう」
エルナは掲示板の方へ顔を向けた。
窓から差す光が、戸口の近くまで伸びている。宿で聞いた夕食の時刻も近かった。
「今日は、先に戻りましょうか。お腹も空いてきました」
「俺も。明日、ゆっくり見よう」
ギルドを出ると、通りでは店先の籠が奥へ運ばれ始めていた。
帰る角を確かめ、宿へ戻る。もう一晩泊まりたいと伝えると、主人が帳面へ書き足し、同じ部屋を使っていいと教えてくれた。
追加の宿代を払い、食卓へ座った。
温かい汁物とパンが運ばれてくる。エルナは器を両手で持ち、立ち上る湯気へ顔を寄せた。
*
翌朝、朝食を済ませてギルドへ向かった。
掲示板の前には二人の男が立ち、片方が、出発の日付を指して何か話していた。
エルナはその脇へ寄り、空いたところから依頼を見た。
荷物を運ぶものも、護衛もある。
行き先をたどっていると、リゼルの名が目に留まった。
運ぶのは手紙。少量で、期限は受領から五日以内と書かれている。
「ルーク、これ……」
紙を示すと、隣へ来た彼も目を通した。
「リゼル行きか」
「はい。持てる量か、聞いてみませんか」
「うん。受け渡し先も確かめよう」
窓口へ行き、掲示されている配達について尋ねた。
職員は帳面を開き、該当するところを指で押さえた。
「こちらは、まだ運んでくださる方を探しています。昨日お話しした郵便の便が止まっていますので、急ぎの分から、行き先ごとにお願いしているんです」
「昨日、ほかの方にも包みを渡していましたね」
「ええ。別の町の分は、いくつか引き受けていただけました。リゼル宛ては、こちらです」
職員が棚から包みを持ってきて、卓へ置いた。
紐をほどくと、封をした手紙が五通、重なっていた。
「こちらで発送を待っている分です。リゼルのギルドへ、まとめてお渡しください。各宛先へは、向こうで手配します」
エルナは手紙の厚みを見た。
これなら、自分の鞄にも収まりそうだった。
出発の日付から、到着する日を二人で数えた。
その便で着けば、期限まであと一日しかない。
「一日遅れると、間に合わないかもしれないな」
ルークが、小さく言った。
エルナも頷いた。セレドでは、天気や道の様子で日数が変わることもあると聞いた。
明日からの道では、自分たちの都合だけで泊まる日を増やすことはできなくなる。
「着いた日の午後に、持ち込めますか」
「はい。その時間も窓口は開いています」
報酬も聞いた。
急ぎの分なので、同じ量の通常の配達より高くしているという。小さな包みの配達としてはよい額で、二人の旅費の足しになりそうだった。
エルナは、もう一度手紙へ目を落とした。
「この量なら、私の鞄で持っていけます。着いたら、先にギルドへ寄りましょうか」
ルークも包みを見てから、こちらへ顔を向けた。
「うん。明日の便で行って、着いたらそのまま届けよう。これ、受けようか」
「はい」
二人で引き受けると伝え、冒険者証を出した。
職員と通数、表書きを確かめる。手紙は布へ包み直され、届け先と期限を記した書付が、そのそばへ置かれた。
「報酬は、リゼルで引き渡しが済んでから、お受け取りください」
「関所で荷物について聞かれたら、この書付も見せればいいですか」
「はい。ギルドへの配達だとお伝えください」
エルナは包みを受け取り、鞄を開いた。
畳んだ布の上へ収め、書付も出しやすいところへ入れる。口を結んでから、顔を上げた。
「お預かりします」
「よろしくお願いします」
職員が帳面へ書きつける。
二人が窓口を離れると、隣に積まれていた別の包みが卓へ寄せられた。職員はその宛先を読み、奥にいる人へ声を掛けていた。
エルナも鞄を肩へ掛け直し、ルークと戸口へ向かった。
*
通りへ出ると、ルークが店の並ぶ方を見た。
「食べるもの、買っておこうか」
「はい。干し肉も、もう少し足しておきたいです」
店を見ながら歩き、持っていくパンと干し肉を選んだ。
パンの包みを収めてみると、鞄の上の方が少し膨らんだ。エルナは口を結び直し、肩へ掛ける。
ルークも、自分の分を鞄へ入れていた。
「足りなくなったら、途中で買おう」
「そうですね。まだ、買えるところもあると聞きましたし」
店先を離れ、教わった通りをたどった。
広い出入口の向こうに、馬車が何台か止まっている。脇の建物には厩があり、戸の前で、男が馬の脚を持ち上げていた。
荷を運ぶ人が出てきたので、エルナは道の端へ寄った。
その人が通り過ぎてから、もう一度、馬を見る。
「あの馬、少し背が低いですね」
ルークもそちらへ目を向けた。
「うん。でも、身体は厚いな」
首から胸にかけて、しっかりと肉がついている。胴も丸く、脚は太かった。
男が脚を地面へ戻し、手綱を持ち直したところで、ルークが声を掛けた。
「すみません。明日のリゼル行きに乗るんですが、集合場所はここで合っていますか」
「ここだよ。朝は、あっちの戸の前へ集まってくれ」
示された場所を確かめ、礼を言う。
エルナは、男のそばで待つ馬へ目を戻した。
「峠を越える馬車も、こういう馬が引くんですか」
「ああ。山の方でも、こいつらを使ってる。坂でよく働くからな」
男が歩き出すと、馬もついてきた。
二人のそばを通る時、丸い蹄が土を踏む音がした。厩の前で止まった馬へ、ルークも目を向ける。
「この馬も、長く街道を通ってるんですか」
「こいつは長いよ。休む駅も、よく覚えてる。近づくと、言う前に曲がりたがるんだ」
「もう、休むつもりで?」
「飯の場所も知ってるからな」
男が馬の首を撫でた。
ルークも笑い、馬へ顔を向ける。
「それは、覚えるか」
エルナも口元を緩めた。
撫でられていた馬が、首を少し下げる。男は手綱を引き、厩の中の人へ声を掛けた。
別の人が出てきて馬を引き取ると、彼は足元の道具をまとめ始めた。
「峠を通るのは、ああいう車だよ」
エルナは示された方を見た。
荷馬車の隣に、小ぶりな客車が止まっている。開いた戸の中には、向かい合う座席が見えた。
車体の脇では、別の男が荷を持ち上げ、積む場所を確かめていた。
「そっちは、こっちへ寄せてくれ。片側ばかり重くなる」
呼ばれた人が包みを置き直す。
ほかの荷も動かしてから、縄を掛け始めた。
「荷は大きいのかい」
馬を扱っていた男に聞かれ、エルナは自分の鞄を示した。
「これと、ルークの鞄です」
「それなら、乗る時に御者へ見せてくれ。足元へ置けると思うよ」
「分かりました。ありがとうございます」
二人で礼を言い、出入口の方へ戻った。
厩の中から、馬が鼻を鳴らす音が聞こえる。エルナは少し振り返り、通りへ出た。
「駅が近くなったら、分かるでしょうか」
「さっきの馬?」
「はい。自分から、曲がろうとするんでしょうか」
「見てたら、分かるかもしれないな。明日の馬も、覚えてるかな」
エルナは笑った。
最初の駅まで進んだら、あのような馬が、また別の馬と替わる。山の向こうにも、馬を待つ厩や、世話をする人がいるのだろう。
大きな通りへ出ると、店先の鍋から湯気が立っていた。
店の中では、幾つかの卓が客で埋まっている。戸口のそばには、焼いたパンを入れた籠があった。
「ここで、何か食べていこうか」
ルークが足を緩めた。
エルナも、鍋の方へ目を向ける。煮込んだものの匂いがしていた。
「あの煮込み、食べてみたいです」
「じゃあ、入ろう」
空いた卓へ座り、二人分の煮込みとパンを頼んだ。
エルナは鞄を自分の足元へ置き、運ばれてきた器へ匙を入れた。
豆は柔らかく、汁には肉の味がしていた。ひと口食べてから、もう一度匙を動かす。
「おいしいです」
「うん。パンも、つけてみようかな」
ルークが一口分をちぎり、汁へ浸した。
エルナも自分のパンを割る。柔らかいところが汁を吸い、口へ入れると、肉や豆と一緒にほどけた。
向かいでは、ルークも器へ残った汁をすくっていた。
「パン、もう少し食べたいな」
「私も、半分くらいなら」
「じゃあ、一つ頼もうか」
追加で来たパンを、彼が二つに割った。
半分を受け取り、エルナは器へ浸した。隣の卓にも食事が運ばれ、店の人が空いた皿を抱えて戻っていく。
食べ終えても、少し水を飲みながら座っていた。
宿へ戻ると、主人に明朝出発することを伝えた。
朝食を食べてからでも間に合う時刻だったので、二人分を頼んで部屋へ上がる。
エルナは買ってきた包みの入った鞄を、寝台の脇へ下ろした。
ルークが戸へ鍵を掛けた。エルナも窓の布を引き、外套を脱いで髪布と腕輪を外した。
靴も脱いで揃える。
寝台へ座ると、脚が少し楽になった。
「夕飯までは、休もうか」
「はい。少し、横になりたいです」
ルークも鞄を置き、自分の寝台へ腰を下ろした。
エルナは枕を寄せ、身体を横たえた。窓の布の向こうで、荷車の通る音がした。
*
夕食のあと、部屋へ戻って鍵を掛けた。
窓の布が閉まっているのを確かめ、エルナは髪布をほどいた。腕輪と一緒に卓へ置いてから、鞄の口を開く。
手紙の包みを取り出し、買ってきた食べ物の位置を変えた。
明日の休憩で食べる分は上へ。手紙は、ほかの荷に押されにくいところへ収めたい。
畳んだ布を敷き直し、包みへ手を伸ばした。
「私たちの手紙も、こうして運んでもらうんですね」
ルークが顔を上げた。
セレドを出る朝、二人で書いた三通を窓口へ渡した。今は、会ったことのない人が書いたものを、自分の鞄に入れようとしている。
「うん。途中の宿でも、こうやって持ってるんだろうな」
「はい」
包みを鞄へ戻す。
表書きは確かめたが、中に何が書かれているかは知らなかった。
グレンたちへ書いた紙の、最後に並べた二人の名を思い出す。
「向こうを見てから、また書きたいな」
ルークが、自分の食べ物を包み直しながら言った。
「はい。どんな所だったか、知らせたいです」
「フィンには、どこまで行ったかも、ちゃんと書いておかないとな」
彼の口元が緩んだ。
前の手紙を書いていた時の言葉を思い出し、エルナも笑った。
書付を包みのそばへ入れ、ほかの持ち物を整える。
内側にあるマリエラの紹介状は、そのままにしておいた。
ルークも荷を閉じ、鞄を寝台の脇へ置いた。
エルナは卓の上を片づけてから、彼の隣へ腰を下ろした。
ルークがこちらを向く。手に触れると、彼も指を絡めて握ってくれた。
「駅で、馬が替わるところも見てみたいです」
「うん。降りた時に、見られそうなら見てみようか」
「はい」
繋いだ手を膝の上へ置いた。
ルークが、少し脚を伸ばす。
「またベルネへ寄ったら、今日の店にも行きたいな」
「煮込みのお店ですか」
「うん。あれ、うまかった」
「私も、また食べたいです」
昼に割ってもらったパンを思い出した。汁を吸わせて食べた、柔らかいところが好きだった。
肩が触れ、エルナはそのまま彼へ少しもたれた。
ルークの手が握り直される。
廊下を足音が通り、階段の方へ遠ざかっていった。
しばらく、二人で座っていた。
肩を預けていると、まぶたが少し重くなってきた。エルナは顔を上げ、ルークを見た。
「……そろそろ、寝ましょうか」
「うん。おやすみ」
「おやすみなさい」
エルナは手を離し、自分の寝台へ戻った。
横になってから顔を向けると、ルークもこちらを見ていた。もう一度小さく笑い、身体へ布を掛けた。
*
翌朝、髪を布へ収め、腕輪をはめた。
外套を着てフードを整え、水袋を持った。部屋に鍵を掛け、ルークと朝食へ下りる。
食後、水を汲ませてもらって部屋へ戻った。水袋を鞄へ収め、卓と寝台の脇を見て、忘れ物がないか確かめる。
ルークも鞄を持ち上げ、二人で階下へ下りる。
鍵を返すと、主人が受け取って頷いた。
「気をつけて行っておいで」
「二日間、ありがとうございました」
宿を出て、前日に歩いた通りへ入った。
店先の戸が開き、空の籠が運び出されている。角を曲がると、乗場の出入口が見えた。
中では、背の低めな馬が客車の前につながれていた。
こちらを向いて、耳を動かす。御者が引き具へ手を掛け、もう一人が客車の脇から荷を押し込んでいた。
そのそばで、護衛が四人、それぞれの馬の支度をしている。鞍の帯を確かめた一人が、御者と短く言葉を交わした。
「リゼルまでの二人です」
ルークが声を掛け、名を伝えて紙を見せた。
御者は名を確かめてから、二人の鞄へ目を向ける。
「手荷物は、それだけか」
「はい」
「足元へ置いていい。前へ出すと邪魔になるから、座席の下へ寄せてくれ」
案内された戸から中へ入った。
先に座っていた女の人が、布袋を自分の方へ寄せてくれる。
「どうぞ」
「ありがとうございます」
エルナは腰を下ろし、鞄を足元へ置いた。向かいの席では、男が膝に載せた包みを抱え直している。
ルークも乗り込み、戸を閉めて隣へ座った。
エルナは鞄を座席の下へ少し寄せ、口の結び目を確かめた。
手紙は、昨夜収めた布の上にある。
外で荷を留める音がした。
やがて御者席へ上がる足音がして、前から声が届く。
「出るぞ」
車体が小さく揺れた。
窓の外を、乗場の柱がゆっくり通り過ぎる。道へ出ると、先を行く護衛の背中が見えた。
昨日、ルークと歩いた通りだった。
パンを買った店の前を通り、角を曲がる。店の人が戸口へ出て、通っていく馬車へ顔を向けた。
エルナは足元の鞄へ触れ、それから外へ目を戻した。
隣では、ルークも通りの先を見ていた。
ベルネを離れる馬車が、峠へ続く道を進み始めた。




