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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第7章 それぞれの魔女
111/128

第111話 峠へ向かう便


 教わった角を曲がると、少し先に宿の看板が見えた。

 開いた戸から中を覗けば、食卓が並び、奥で女の人が器を拭いている。エルナはルークと中へ入り、空いている部屋があるか尋ねた。


「二人なら、寝台が二つの部屋があるよ。何泊する?」


「今夜は、お願いしたいです。その先は、次の馬車の便を確かめてからでもいいですか」


「いいよ。明日も空いてるから、決まったら教えておくれ」


 夕食も頼み、それぞれ宿代を払った。

 鍵を受け取って二階へ上がる。通された部屋には寝台が二つあり、その間の小さな卓に、空の水差しと器が二つ置かれていた。寝台の脇の台には、洗面用の鉢もある。

 エルナは鞄を寝台の脇へ下ろした。肩紐から手を離し、少し肩を回す。


「水、もらってこようか」


 ルークが、卓の水差しを取った。


「じゃあ、私は布を出しておきますね」


 彼が部屋を出てから、エルナは鞄を開いた。布を二枚出して卓へ並べ、鞄の口を結び直す。

 窓辺へ行くと、下の通りを荷車が通っていた。店先で声を掛けられ、引いていた人が足を止める。

 窓から入る風に当たっているうちに、階段を上がる足音が聞こえてきた。


 ルークが水差しを持って戻り、戸に鍵を掛けた。

 エルナも窓の布を引き、フードを下ろして外套を脱いだ。髪布をほどき、腕輪と一緒に卓へ置いてから、鉢へ水を注ぐ。

 湿らせた布で首筋を拭くと、冷たさが気持ちよかった。

 ルークへもう一枚を渡し、自分も顔を拭いてから寝台へ座った。


「……まだ、揺れてるみたいです」


 向かいへ腰を下ろしたルークも、小さく頷いた。


「俺も。座ってると、そんな感じがする」


 エルナは笑い、器へ水を注いで一口飲んだ。部屋の床は動いていないのに、腰の辺りには、板の上で揺られていた感覚が残っている。

 彼が靴を脱いだので、エルナも足元へ手を伸ばした。

 脚を伸ばして座っていると、窓の外から、荷を下ろす声がした。少し前まで乗っていた荷馬車の上でも、オットーたちはまだ働いているのだろう。


 しばらく休んでから、エルナは靴を履いた。

 髪を布へ収め直し、腕輪を戻して外套を着る。フードをかぶり、ルークと階下へ下りた。

 ギルドへの道を聞き、夕食の時刻も確かめて、通りへ出る。


 ギルドの中では、窓口の前に荷物が置かれていた。

 男が一人、職員の差し出した紙を覗き込んでいる。その隣では、別の職員が幾つかの包みを分け、表に書かれた文字を確かめていた。

 エルナは空いた窓口へ寄った。


「リゼルへ向かう馬車について、教えていただけますか」


「リゼルですね。次の駅馬車は、明後日の朝に出ます」


 職員が帳面を開いた。

 途中の駅で馬を替え、夜は宿場へ泊まる。クレスタ峠の関所を通り、四日目の午後にリゼルへ着く予定だという。

 セレドで聞いた、山を越えていく道だった。


「二人、乗れますか」


 ルークが尋ねると、職員は帳面を見て頷いた。


「はい。ただ、ご予約の前に、街道のことをお伝えしておきます。先日、この道で郵便馬車が魔獣に襲われました」


 エルナは顔を上げた。

 ルークも、卓へ目を戻す。


「どの辺りですか」


 職員が地図を出し、ベルネから続く道を指した。


「峠へ上がる手前です。ここを通ったところで」


 その先には山が描かれていた。

 自分たちの乗る便も、同じ道を通る。


「乗っていた方たちは、ご無事ですか」


「御者が怪我をして、今はこの町で療養しています。護衛と一緒に戻れたのですが、馬車も傷みまして。郵便の便は、人と車を揃え直しているところです」


「……そうなんですね」


 エルナは、御者席から次の村を示していたオットーを思い出した。

 ルークは地図に目を落としたまま、続けて尋ねた。


「どんな魔獣だったんですか」


「猪型の一頭だと聞いています。襲った個体については、討伐の報告が上がっています」


「火を出したという話は、ありますか」


 職員は、そばにあった記録へ目を通した。


「その報告には、ありません」


 ルークが頷き、示された場所から山の方へ視線を動かした。


「駅馬車の護衛は、何人つきますか」


「普段は二人ですが、今度の便は四人に増やしています。リゼルまで同行します。御者と護衛にも、場所と襲撃の様子は伝えています」


 エルナも、道の先を見た。

 この場所には、郵便を運んでいた人たちがいた。これから自分たちが乗る便も、そこを通っていく。


 隣の窓口で、男が包みを受け取った。


「こっちは、向こうのギルドでいいんだな」


「はい。こちらの書付も、一緒にお渡しください」


 職員が紙を差し出す。男はそれを包みに添え、自分の袋へ入れた。

 エルナは、その手元を少し見てから、地図へ目を戻した。


「関所を通る時は、何を用意しておけばいいでしょうか」


 ルークが尋ねた。


「冒険者証はお持ちですか」


「はい」


「でしたら、それをお示しください。行き先と用向きを聞かれます。必要があれば、荷物も確認されます」


 冒険者証をしまっている場所を思い浮かべる。

 鞄の内側には、マリエラから受け取った紹介状もあった。そちらを渡すのは、王都へ着いてからになる。


 ルークが運賃を聞き、エルナは途中の宿と食事について尋ねた。

 夜に泊まる宿は便の行程で決まっていて、宿代と食事代は別に払う。昼に食べるものは持っていき、途中の宿場で買い足すこともできるという。

 職員が、出発日と集合場所、時刻を書いてくれた。

 エルナはルークと紙を覗いた。


「この便で、行こうか」


 彼がこちらを見た。

 エルナは頷いた。


「はい。明日、食べるものを足しておきましょう」


 二人分を頼み、名を伝えて、それぞれ運賃を払った。

 ルークが紙を受け取り、鞄へしまう。


「明日は、乗場も見ておきたいな」


「買い物の時に、寄ってみましょうか」


「うん。それと、依頼も見よう」


 エルナは掲示板の方へ顔を向けた。

 窓から差す光が、戸口の近くまで伸びている。宿で聞いた夕食の時刻も近かった。


「今日は、先に戻りましょうか。お腹も空いてきました」


「俺も。明日、ゆっくり見よう」


 ギルドを出ると、通りでは店先の籠が奥へ運ばれ始めていた。

 帰る角を確かめ、宿へ戻る。もう一晩泊まりたいと伝えると、主人が帳面へ書き足し、同じ部屋を使っていいと教えてくれた。

 追加の宿代を払い、食卓へ座った。

 温かい汁物とパンが運ばれてくる。エルナは器を両手で持ち、立ち上る湯気へ顔を寄せた。


     *


 翌朝、朝食を済ませてギルドへ向かった。

 掲示板の前には二人の男が立ち、片方が、出発の日付を指して何か話していた。

 エルナはその脇へ寄り、空いたところから依頼を見た。


 荷物を運ぶものも、護衛もある。

 行き先をたどっていると、リゼルの名が目に留まった。

 運ぶのは手紙。少量で、期限は受領から五日以内と書かれている。


「ルーク、これ……」


 紙を示すと、隣へ来た彼も目を通した。


「リゼル行きか」


「はい。持てる量か、聞いてみませんか」


「うん。受け渡し先も確かめよう」


 窓口へ行き、掲示されている配達について尋ねた。

 職員は帳面を開き、該当するところを指で押さえた。


「こちらは、まだ運んでくださる方を探しています。昨日お話しした郵便の便が止まっていますので、急ぎの分から、行き先ごとにお願いしているんです」


「昨日、ほかの方にも包みを渡していましたね」


「ええ。別の町の分は、いくつか引き受けていただけました。リゼル宛ては、こちらです」


 職員が棚から包みを持ってきて、卓へ置いた。

 紐をほどくと、封をした手紙が五通、重なっていた。


「こちらで発送を待っている分です。リゼルのギルドへ、まとめてお渡しください。各宛先へは、向こうで手配します」


 エルナは手紙の厚みを見た。

 これなら、自分の鞄にも収まりそうだった。


 出発の日付から、到着する日を二人で数えた。

 その便で着けば、期限まであと一日しかない。


「一日遅れると、間に合わないかもしれないな」


 ルークが、小さく言った。

 エルナも頷いた。セレドでは、天気や道の様子で日数が変わることもあると聞いた。

 明日からの道では、自分たちの都合だけで泊まる日を増やすことはできなくなる。


「着いた日の午後に、持ち込めますか」


「はい。その時間も窓口は開いています」


 報酬も聞いた。

 急ぎの分なので、同じ量の通常の配達より高くしているという。小さな包みの配達としてはよい額で、二人の旅費の足しになりそうだった。

 エルナは、もう一度手紙へ目を落とした。


「この量なら、私の鞄で持っていけます。着いたら、先にギルドへ寄りましょうか」


 ルークも包みを見てから、こちらへ顔を向けた。


「うん。明日の便で行って、着いたらそのまま届けよう。これ、受けようか」


「はい」


 二人で引き受けると伝え、冒険者証を出した。

 職員と通数、表書きを確かめる。手紙は布へ包み直され、届け先と期限を記した書付が、そのそばへ置かれた。


「報酬は、リゼルで引き渡しが済んでから、お受け取りください」


「関所で荷物について聞かれたら、この書付も見せればいいですか」


「はい。ギルドへの配達だとお伝えください」


 エルナは包みを受け取り、鞄を開いた。

 畳んだ布の上へ収め、書付も出しやすいところへ入れる。口を結んでから、顔を上げた。


「お預かりします」


「よろしくお願いします」


 職員が帳面へ書きつける。

 二人が窓口を離れると、隣に積まれていた別の包みが卓へ寄せられた。職員はその宛先を読み、奥にいる人へ声を掛けていた。

 エルナも鞄を肩へ掛け直し、ルークと戸口へ向かった。


     *


 通りへ出ると、ルークが店の並ぶ方を見た。


「食べるもの、買っておこうか」


「はい。干し肉も、もう少し足しておきたいです」


 店を見ながら歩き、持っていくパンと干し肉を選んだ。

 パンの包みを収めてみると、鞄の上の方が少し膨らんだ。エルナは口を結び直し、肩へ掛ける。

 ルークも、自分の分を鞄へ入れていた。


「足りなくなったら、途中で買おう」


「そうですね。まだ、買えるところもあると聞きましたし」


 店先を離れ、教わった通りをたどった。

 広い出入口の向こうに、馬車が何台か止まっている。脇の建物には厩があり、戸の前で、男が馬の脚を持ち上げていた。

 荷を運ぶ人が出てきたので、エルナは道の端へ寄った。

 その人が通り過ぎてから、もう一度、馬を見る。


「あの馬、少し背が低いですね」


 ルークもそちらへ目を向けた。


「うん。でも、身体は厚いな」


 首から胸にかけて、しっかりと肉がついている。胴も丸く、脚は太かった。

 男が脚を地面へ戻し、手綱を持ち直したところで、ルークが声を掛けた。


「すみません。明日のリゼル行きに乗るんですが、集合場所はここで合っていますか」


「ここだよ。朝は、あっちの戸の前へ集まってくれ」


 示された場所を確かめ、礼を言う。

 エルナは、男のそばで待つ馬へ目を戻した。


「峠を越える馬車も、こういう馬が引くんですか」


「ああ。山の方でも、こいつらを使ってる。坂でよく働くからな」


 男が歩き出すと、馬もついてきた。

 二人のそばを通る時、丸い蹄が土を踏む音がした。厩の前で止まった馬へ、ルークも目を向ける。


「この馬も、長く街道を通ってるんですか」


「こいつは長いよ。休む駅も、よく覚えてる。近づくと、言う前に曲がりたがるんだ」


「もう、休むつもりで?」


「飯の場所も知ってるからな」


 男が馬の首を撫でた。

 ルークも笑い、馬へ顔を向ける。


「それは、覚えるか」


 エルナも口元を緩めた。

 撫でられていた馬が、首を少し下げる。男は手綱を引き、厩の中の人へ声を掛けた。

 別の人が出てきて馬を引き取ると、彼は足元の道具をまとめ始めた。


「峠を通るのは、ああいう車だよ」


 エルナは示された方を見た。

 荷馬車の隣に、小ぶりな客車が止まっている。開いた戸の中には、向かい合う座席が見えた。

 車体の脇では、別の男が荷を持ち上げ、積む場所を確かめていた。


「そっちは、こっちへ寄せてくれ。片側ばかり重くなる」


 呼ばれた人が包みを置き直す。

 ほかの荷も動かしてから、縄を掛け始めた。


「荷は大きいのかい」


 馬を扱っていた男に聞かれ、エルナは自分の鞄を示した。


「これと、ルークの鞄です」


「それなら、乗る時に御者へ見せてくれ。足元へ置けると思うよ」


「分かりました。ありがとうございます」


 二人で礼を言い、出入口の方へ戻った。

 厩の中から、馬が鼻を鳴らす音が聞こえる。エルナは少し振り返り、通りへ出た。


「駅が近くなったら、分かるでしょうか」


「さっきの馬?」


「はい。自分から、曲がろうとするんでしょうか」


「見てたら、分かるかもしれないな。明日の馬も、覚えてるかな」


 エルナは笑った。

 最初の駅まで進んだら、あのような馬が、また別の馬と替わる。山の向こうにも、馬を待つ厩や、世話をする人がいるのだろう。


 大きな通りへ出ると、店先の鍋から湯気が立っていた。

 店の中では、幾つかの卓が客で埋まっている。戸口のそばには、焼いたパンを入れた籠があった。


「ここで、何か食べていこうか」


 ルークが足を緩めた。

 エルナも、鍋の方へ目を向ける。煮込んだものの匂いがしていた。


「あの煮込み、食べてみたいです」


「じゃあ、入ろう」


 空いた卓へ座り、二人分の煮込みとパンを頼んだ。

 エルナは鞄を自分の足元へ置き、運ばれてきた器へ匙を入れた。

 豆は柔らかく、汁には肉の味がしていた。ひと口食べてから、もう一度匙を動かす。


「おいしいです」


「うん。パンも、つけてみようかな」


 ルークが一口分をちぎり、汁へ浸した。

 エルナも自分のパンを割る。柔らかいところが汁を吸い、口へ入れると、肉や豆と一緒にほどけた。

 向かいでは、ルークも器へ残った汁をすくっていた。


「パン、もう少し食べたいな」


「私も、半分くらいなら」


「じゃあ、一つ頼もうか」


 追加で来たパンを、彼が二つに割った。

 半分を受け取り、エルナは器へ浸した。隣の卓にも食事が運ばれ、店の人が空いた皿を抱えて戻っていく。

 食べ終えても、少し水を飲みながら座っていた。


 宿へ戻ると、主人に明朝出発することを伝えた。

 朝食を食べてからでも間に合う時刻だったので、二人分を頼んで部屋へ上がる。

 エルナは買ってきた包みの入った鞄を、寝台の脇へ下ろした。

 ルークが戸へ鍵を掛けた。エルナも窓の布を引き、外套を脱いで髪布と腕輪を外した。

 靴も脱いで揃える。

 寝台へ座ると、脚が少し楽になった。


「夕飯までは、休もうか」


「はい。少し、横になりたいです」


 ルークも鞄を置き、自分の寝台へ腰を下ろした。

 エルナは枕を寄せ、身体を横たえた。窓の布の向こうで、荷車の通る音がした。


     *


 夕食のあと、部屋へ戻って鍵を掛けた。

 窓の布が閉まっているのを確かめ、エルナは髪布をほどいた。腕輪と一緒に卓へ置いてから、鞄の口を開く。

 手紙の包みを取り出し、買ってきた食べ物の位置を変えた。

 明日の休憩で食べる分は上へ。手紙は、ほかの荷に押されにくいところへ収めたい。

 畳んだ布を敷き直し、包みへ手を伸ばした。


「私たちの手紙も、こうして運んでもらうんですね」


 ルークが顔を上げた。

 セレドを出る朝、二人で書いた三通を窓口へ渡した。今は、会ったことのない人が書いたものを、自分の鞄に入れようとしている。


「うん。途中の宿でも、こうやって持ってるんだろうな」


「はい」


 包みを鞄へ戻す。

 表書きは確かめたが、中に何が書かれているかは知らなかった。

 グレンたちへ書いた紙の、最後に並べた二人の名を思い出す。


「向こうを見てから、また書きたいな」


 ルークが、自分の食べ物を包み直しながら言った。


「はい。どんな所だったか、知らせたいです」


「フィンには、どこまで行ったかも、ちゃんと書いておかないとな」


 彼の口元が緩んだ。

 前の手紙を書いていた時の言葉を思い出し、エルナも笑った。


 書付を包みのそばへ入れ、ほかの持ち物を整える。

 内側にあるマリエラの紹介状は、そのままにしておいた。

 ルークも荷を閉じ、鞄を寝台の脇へ置いた。


 エルナは卓の上を片づけてから、彼の隣へ腰を下ろした。

 ルークがこちらを向く。手に触れると、彼も指を絡めて握ってくれた。


「駅で、馬が替わるところも見てみたいです」


「うん。降りた時に、見られそうなら見てみようか」


「はい」


 繋いだ手を膝の上へ置いた。

 ルークが、少し脚を伸ばす。


「またベルネへ寄ったら、今日の店にも行きたいな」


「煮込みのお店ですか」


「うん。あれ、うまかった」


「私も、また食べたいです」


 昼に割ってもらったパンを思い出した。汁を吸わせて食べた、柔らかいところが好きだった。

 肩が触れ、エルナはそのまま彼へ少しもたれた。

 ルークの手が握り直される。

 廊下を足音が通り、階段の方へ遠ざかっていった。

 しばらく、二人で座っていた。

 肩を預けていると、まぶたが少し重くなってきた。エルナは顔を上げ、ルークを見た。


「……そろそろ、寝ましょうか」


「うん。おやすみ」


「おやすみなさい」


 エルナは手を離し、自分の寝台へ戻った。

 横になってから顔を向けると、ルークもこちらを見ていた。もう一度小さく笑い、身体へ布を掛けた。


     *


 翌朝、髪を布へ収め、腕輪をはめた。

 外套を着てフードを整え、水袋を持った。部屋に鍵を掛け、ルークと朝食へ下りる。

 食後、水を汲ませてもらって部屋へ戻った。水袋を鞄へ収め、卓と寝台の脇を見て、忘れ物がないか確かめる。

 ルークも鞄を持ち上げ、二人で階下へ下りる。

 鍵を返すと、主人が受け取って頷いた。


「気をつけて行っておいで」


「二日間、ありがとうございました」


 宿を出て、前日に歩いた通りへ入った。

 店先の戸が開き、空の籠が運び出されている。角を曲がると、乗場の出入口が見えた。


 中では、背の低めな馬が客車の前につながれていた。

 こちらを向いて、耳を動かす。御者が引き具へ手を掛け、もう一人が客車の脇から荷を押し込んでいた。

 そのそばで、護衛が四人、それぞれの馬の支度をしている。鞍の帯を確かめた一人が、御者と短く言葉を交わした。


「リゼルまでの二人です」


 ルークが声を掛け、名を伝えて紙を見せた。

 御者は名を確かめてから、二人の鞄へ目を向ける。


「手荷物は、それだけか」


「はい」


「足元へ置いていい。前へ出すと邪魔になるから、座席の下へ寄せてくれ」


 案内された戸から中へ入った。

 先に座っていた女の人が、布袋を自分の方へ寄せてくれる。


「どうぞ」


「ありがとうございます」


 エルナは腰を下ろし、鞄を足元へ置いた。向かいの席では、男が膝に載せた包みを抱え直している。

 ルークも乗り込み、戸を閉めて隣へ座った。

 エルナは鞄を座席の下へ少し寄せ、口の結び目を確かめた。

 手紙は、昨夜収めた布の上にある。


 外で荷を留める音がした。

 やがて御者席へ上がる足音がして、前から声が届く。


「出るぞ」


 車体が小さく揺れた。

 窓の外を、乗場の柱がゆっくり通り過ぎる。道へ出ると、先を行く護衛の背中が見えた。

 昨日、ルークと歩いた通りだった。

 パンを買った店の前を通り、角を曲がる。店の人が戸口へ出て、通っていく馬車へ顔を向けた。

 エルナは足元の鞄へ触れ、それから外へ目を戻した。

 隣では、ルークも通りの先を見ていた。

 ベルネを離れる馬車が、峠へ続く道を進み始めた。




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