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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第7章 それぞれの魔女
110/128

第110話 荷馬車の向かう先


「オットー、こっちへ入れてくれ」


 店先にいた男が、戸を大きく開けた。

 御者席の商人が手を上げ、馬車を道の脇へ寄せていく。前を歩いていた護衛の二人が脇へ寄り、馬車を通した。後ろからついてきた二人も、一人は馬のそばへ、もう一人は道の方へ立つ。


「ここで少し下ろす。二人とも、いったん下りてくれるか」


「はい」


 エルナはルークと荷台を下り、店の軒先へ寄った。

 オットーが、二人の座っていた場所の隣から包みを引き出す。出発前に、動かさないようにと言われたものだった。

 紐をほどくと、畳まれた布が見えた。店の男が端を持ち上げ、指で厚みを確かめる。その隣へ、小さな包みも並べられた。


「針と糸は、こっちだ。頼まれた分は入ってる」


「助かるよ。もう残りが少なくてな」


 男が品物を店の奥へ運び、代わりに、大きな袋を一つ持ってきた。

 置いた拍子に、中の豆が乾いた音を立てる。

 オットーは袋の口を開いて中を確かめた。それから、店の奥へ顔を向ける。


「もう一袋は?」


「今日は、これだけなんだ」


 男は、置いた袋へ手を載せた。


「集まる分が減っててな。どこの家も、自分たちが食べる分は残さないといけない」


「そうか。二袋あると思って、場所を空けてきたんだが」


「悪いな」


「ある分だけでいい。次の村でも聞いてみるよ」


 オットーは袋の口を結び直した。

 布と日用品の代金を受け取り、豆の分を払う。店の男が帳面へ書きつけている間に、護衛の一人が袋を荷台へ運んだ。


「ここへ寄せとくぞ」


「ああ。次で買えれば、隣へ積む」


 袋の脇には、もう一つ置けるだけの隙間があった。

 オットーが財布をしまうのを待って、エルナは声を掛けた。


「今回だけ、少ないんですか」


「このところ、予定ほど買えないことが増えてな。一つの村で揃わなければ、寄るところを増やすこともある」


 彼は、二人が座っていた辺りを見た。


「前は、その辺まで袋を積んでたんだよ」


 エルナも荷台へ目を向けた。

 自分の鞄を置き、ルークと並んで座っていた場所だった。


「前にも、私たちみたいに乗せたことがあるんですか」


「何度かな。空けたままより、運賃が入る方がいいからな。村へ届けるものはあるし、ベルネにも行く。道が合うなら、乗ってもらえばいい」


「次の村では、豆が揃いそうですか」


 ルークが尋ねる。


「行ってみないとな。積む場所は空けとくが」


 オットーは店の男と、次に来る頃の話をした。それが済むと、こちらへ振り向いた。


「待たせたな。そろそろ行こう」


 エルナは荷台へ戻った。

 前はここにも、豆の袋が積んであった。腰を下ろすと、膝の前には、足を動かせるだけの場所が残っている。

 店で受け取った袋は、少し奥へ寄せてあった。その隣も、まだ空いていた。

 薬草が思うほど採れず、別の斜面を見に回った日のことを思い出した。採れた分だけを籠へ入れ、町へ持っていく分を家で確かめた。

 オットーも、揃わない分を次の村で探しながら、この便を続けている。

 ルークがそばへ座る。御者席では、オットーが次の村までの道を護衛と話していた。


 その日は、日が落ちる前に街道沿いの宿へ着いた。

 夕食を済ませ、二人で借りた部屋へ荷を運ぶ。翌朝も早く出ると聞き、食べ物の包みを確かめてから、それぞれの寝台へ入った。


     *


 朝食のあと、宿の裏手で水を汲ませてもらった。

 井戸から上げた水は冷たく、水袋へ注ぐ時、口を支えた指先がひやりとした。

 エルナは栓をし、残りの荷を取りに部屋へ戻った。


 ルークが戸を閉め、寝台の脇から鞄を取り上げる。

 エルナは卓へ水袋を置き、両手を添えた。

 今の冷たさが、あとまで残ってくれたら。

 以前、器の水に試した時のことを思い出し、汲んだばかりの冷たさを保つように意識する。


 何かをそっと押さえたような、淡い手応えがあった。

 熱が流れていく感じはしない。


「今、やってみた?」


 顔を上げると、ルークが手元を見ていた。


「はい。次に休む時、飲んでみましょう」


「じゃあ、俺にも分けて」


「もちろんです」


 エルナは笑い、水袋を鞄の取り出しやすいところへ収めた。

 忘れ物がないか確かめ、二人で部屋を出る。階下では、オットーが宿の主人と話していた。


     *


 日が高くなるにつれ、荷台の板も温まってきた。

 風の止まるところでは、フードの中に熱がこもる。エルナは揺れに合わせて座り直し、道の先にある木陰を見ていた。


「ここで馬を休ませるぞ」


 オットーの声がして、馬車が道の脇へ寄った。

 エルナも地面へ下りる。膝を曲げ伸ばしすると、同じ姿勢でいた脚が少し楽になった。

 護衛たちは馬のそばへ行き、荷の縄も確かめている。エルナは鞄を持って木陰へ入り、根を避けて腰を下ろした。

 ルークも隣へ座り、脚を伸ばす。


 朝の水袋を取り出した。

 栓を外し、一口含んで、エルナは思わず袋へ目を落とした。


 冷たい。

 舌に触れ、喉を通っていく水には、汲んだばかりのような冷たさが残っていた。


「……まだ、冷たいです」


 ルークへ顔を向け、水袋を差し出す。


「ルークも、どうぞ」


「うん」


 彼も口をつけた。一口飲んでから、少し袋を離す。


「……ほんとだ。これ、今飲めるのはいいな」


 エルナは頷いた。

 木陰へ入っても、頬や首には、まだ暑さが残っている。もう一度飲みたくなり、戻ってきた袋へ口をつけた。

 今度は、少し長く飲む。


「おいしいですね」


「うん。もう一口もらっていい?」


「はい」


 ルークへ渡してから、エルナは干し肉の包みを開いた。隣では、彼がパンを二つに割っている。

 半分を受け取り、膝の上へ置いた。

 風が枝を揺らし、汗の残る頬を冷やした。木陰の外では、馬が首を下げて草を食んでいる。オットーも御者席から下り、護衛と食べ物を広げていた。


「次は、少し歩いてから乗ろうかな」


 ルークが、伸ばした脚を見て言った。


「ずっと座ってると、脚が固まる」


「私も、少し歩きたいです」


「じゃあ、一緒に歩こう」


 エルナは頷き、パンをかじった。

 戻ってきた水袋は、二人の間へ置く。もう少し食べたら、また一口飲みたかった。


 食べ物をしまい、鞄を荷台へ戻してから、エルナはオットーへ声を掛けた。


「少し、歩いてもいいですか」


「いいよ。乗りたくなったら言ってくれ」


 オットーが御者席へ上がり、護衛たちも道へ戻る。

 動き出した荷馬車の脇を、ルークと歩いた。土の上で脚を伸ばすと、膝の裏の強張りが少しずつほどけていった。

 車輪が石を踏み、荷台が小さく揺れる。エルナはそこに置いた自分の鞄を見てから、前へ目を戻した。


「どう? 少し楽になった?」


「はい。ルークは?」


「俺も。もう少し歩いてようか」


 エルナは頷き、隣に並んだ。

 しばらく、口を開かずに歩いた。道の曲がり角を過ぎると家の屋根が見え始め、前の護衛が、店先にいる人へ手を上げた。

 オットーが馬車を寄せる。エルナたちも足を止め、店の前へ入った。


「今日は、豆はあるか」


「少しならあるよ。持っていくかい」


「見せてくれ」


 店の人が奥へ入り、護衛たちは下ろす荷の縄をほどき始めた。

 エルナはルークと軒先へ寄った。昨日も、こうして布の包みが店へ運ばれていくのを見ていた。

 今度は、そのあとに豆の袋が出てきた。


「買えそうだな」


 ルークが小さな声で言った。

 エルナも頷き、オットーが袋の中を確かめるのを見た。

 店の人と値の話をし、代金を渡す。それが済むと、背の高い護衛が袋を持ち上げた。


「昨日、空けたところへ入れるぞ」


「ああ。明日下ろす包みは、手前へ寄せてくれ」


 もう一人の護衛が包みを動かし、その奥へ豆の袋が収まった。

 最初の村で空いていたところが、埋まっている。

 オットーは荷台へ手をついて、積み直した荷を見た。


「これで少し足せたな」


 次に下ろすものの場所を確かめ、縄を掛け直す。二人も呼ばれ、自分たちの場所へ戻った。

 膝の前には、さっきまでなかった袋が見えた。エルナは鞄を引き寄せ、ルークと座る場所を整えた。


 夕方、宿へ着いて荷台を下りる時にも、オットーたちは翌朝下ろす品物の話をしていた。

 エルナは自分の鞄を受け取り、宿の中へ運んだ。食事の時に明朝の出発を確かめ、部屋では、昼に開いた食べ物の包みをまとめ直した。


     *


 翌朝に寄った村では、店の人が近くの井戸を教えてくれた。

 昨日、手前へ寄せた包みが店へ運ばれていく間に、二人は教えられた井戸へ向かった。

 井戸のそばには、桶を持った人が二人いた。エルナも後ろへ並び、水が桶へ移される音を聞きながら順番を待った。

 その間に、ルークは護衛の一人と、畑へ続く道の方へ寄っていた。二人とも、足元へ目を向けている。


「どうぞ」


 最後の一人が桶を抱え、井戸の前を空けてくれた。

 エルナは礼を言い、水を汲んだ。

 自分の水袋の栓をしているところへ、ルークが戻ってくる。


「あっちに猪の跡があった。夜になると、畑まで来るんだって」


 彼は、さっき立っていた方を示した。


「さっきの護衛の人が、前に寄った時に店の人から聞いたんだって。柵も直したらしい」


 エルナは道の向こうを見た。

 畑の端を囲む柵には、一部分だけ、色の明るい横木が渡されていた。隣の木は雨や日にさらされた色をしていて、そこを替えたのだと分かる。


「あそこでしょうか」


「うん。見に行ったら、脇の草も踏まれてた」


 柵の向こうには畝が続いていた。鍬を持っていた人が、端に置いた桶のところへ歩いていく。

 エルナはその姿を見てから、水を汲む場所をルークへ譲った。

 ルークも水袋へ水を注ぎ、栓をして鞄へ戻した。

 店先では、オットーが受け取った品物を数えている。護衛に呼ばれ、二人も馬車の方へ戻った。

 今度は、エルナも柵の脇へ目を向けた。草の倒れたところが、道に近い場所まで続いていた。


     *


 四日目は、緩い坂の続く道を通った。

 朝のうちは荷馬車の脇を歩き、日が上がると荷台へ戻る。途中の坂で、エルナは山でも採っている薬草を見つけ、ルークへ示していた。小さな葉が、道の端に寄るように生えていた。


 昼前、水を汲める場所へ寄った。

 岩の間から流れ出した水が、浅い窪みへ落ちている。器を差し入れると、水はすぐに縁までたまった。

 エルナは水袋を満たしてから、そばに生えている草へ目を留めた。

 しゃがんで葉を見る。坂にあったものと同じ草だが、ここの株は葉が大きく広がっていた。


「何かあった?」


 ルークが隣へ来て、鞄を下ろした。


「さっきの坂にもあった草です。ここのは、葉が大きいんです」


「同じやつ?」


 彼も身をかがめる。エルナは葉の端へ指を添え、隠れていた下の葉も見えるように、少し持ち上げた。


「はい。あっちは、もっと小さかったですよね」


「うん。こっちの方が、背も高いな」


 草の根元には湿った土が残っていた。少し離れたところには、葉の小さい株もある。エルナはそちらも見てから、指を離した。


「山でも、この草を採るの?」


「はい。家へ帰る道の途中にも、まとまって生えています。よく見る草なので、すぐに分かりました」


 知らない道を進んできた先にも、家のそばで見ていた草があった。

 水を汲んだら戻るつもりだったが、周りにも生えているのか、もう少し見たくなった。

 エルナが目を向けた先を、ルークも見ていた。


「帰ったら、また一緒に採りに行こうか」


「はい。今度は、ほかの場所にも行ってみましょう」


 前に一緒に歩いた斜面を思い出した。

 あの時のルークは、杖を持ち、少し左脚を庇ってついてきた。今は、しゃがんだところから立ち上がり、鞄を肩へ戻している。

 エルナも立ち上がり、自分の鞄を持った。


「戻りましょうか」


「うん」


 水場を離れる途中、ルークが道の脇を指した。


「こっちにもある。これも、そうだよな」


「はい。それも同じ草です」


 二人で足元へ目を向けながら、馬車の待つ道へ戻った。


 その夕方に泊まった宿では、食事を終える頃、オットーが翌日の話をした。


「明日は、昼過ぎにはベルネへ入れるな」


 エルナは顔を上げた。

 朝、宿の前へ荷を運び、商いの間は馬車を下りて待つ。夕方には自分の鞄を受け取り、次の宿へ入る。この数日で、この便の一日の流れに馴染んできていた。

 明日、荷を下ろせば、この便とはそこで別れる。


「ベルネへ着いたら、すぐに戻るんですか」


「向こうで仕入れるものもあるからな。何日かはいるよ」


 隣の卓にいた、背の高い護衛が顔を向けた。


「明日の夕飯は、あの店で食うか」


「荷を渡してからな」


「それは分かってる」


 別の護衛が笑った。オットーも笑い、食器を持って立ち上がる。

 エルナはルークと部屋へ戻った。

 荷を開くと、セレドで買った干し肉の包みは小さくなっていた。途中で買い足したパンをその隣へ入れ、残っている分をルークと確かめる。

 朝食を済ませて水を汲んだら、また宿の前へ行く。明日の分を出しやすいところへ収め、エルナは鞄を閉じた。


     *


 セレドを出て五日目、道の先に家々が増えてきた。

 空の荷車とすれ違い、こちらと同じ方へ進む馬車の後ろにつく。店先には袋や籠が並び、それを奥へ運ぶ人がいた。


「ベルネだ。あの店まで行ったら、そこで降りてくれ」


 オットーが、通りの先を示した。

 エルナは鞄を手元へ寄せ、荷台から店先を見た。大きく開けた戸の前で、荷を受け取る人たちが待っている。

 馬車が止まると、一人が御者席へ声を掛けた。


「オットー、今日は豆もあるか」


「あるよ。今、下ろす」


 護衛が荷の縄をほどき始める。

 ルークが先に下り、エルナの鞄を受け取ってくれた。エルナも地面へ下り、自分の鞄を肩へ掛ける。

 オットーは店の人と二言三言交わしてから、こちらへ来た。


「ここまでだな」


「はい。五日間、ありがとうございました」


 エルナは頭を下げた。ルークも礼を言い、荷を下ろしている護衛たちへ顔を向ける。


「皆さんも、ありがとうございました」


「この先も、気をつけてな」


 近くにいた一人が応じた。道の向こう側からも、こちらへ手が上がった。

 エルナは会釈を返し、オットーへ尋ねる。


「この近くで、泊まれるところはありますか」


「この通りを行って、次の角を右だ。少し先に宿がある。食事も出るよ」


「ありがとうございます。行ってみます」


 店の方から、袋を下ろす順を尋ねる声がした。

 オットーが振り向き、荷台の奥を示す。


「先に、そっちの分を頼む。数はここに書いてある」


 帳面を開く彼のそばを離れ、エルナはルークと通りへ出た。


「まず、宿を探そうか」


「はい。荷物を置いたら、ギルドにも寄ってみたいです」


「うん。リゼル行きの便も聞いておこう。行き先の合う依頼があるかも、見てみたいな」


「日にちも、一緒に確かめましょう」


 前から荷車が来て、二人は道の端へ寄った。

 背後では、オットーと店の人が、豆の袋を前に話している。

 エルナは鞄の肩紐を直し、教えられた角へ目を向けた。

 荷車が通り過ぎるのを待って、ルークと宿のある通りへ入った。




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