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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第6章 広がる世界
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第109話 便りを託して


「明日の朝、ベルネへ向かう荷馬車が出るそうです」


 役所を訪ねた翌朝、ギルドの窓口で、職員が一枚の紙を差し出した。


「商品を運ぶ商人の馬車ですが、お二人も乗せていただけると。こちらが、集合場所です」


 エルナはルークと紙を覗いた。出発の時刻と、待ち合わせる場所が書かれている。


「この便で、行こうか」


「はい。今日中に、支度を済ませられますね」


 ルークが職員へ返事を伝えると、小さな包みも差し出された。


「ベルネまでの運賃も、お預かりしています。お二人分です」


 昨日、マリエラが餞別にと言ってくれたものだった。


 受け取って中を確かめ、エルナは顔を上げた。


「ありがとうございます。マリエラ様にも、お礼をお伝えいただけますか」


「はい。承ります」


 ルークも礼を言い、続けて尋ねた。


「ベルネへ向かう街道で、獣や魔獣の新しい目撃はありますか」


 職員は手元の記録を開いた。


「あります。多いのは普通の獣ですが、人家や畑の近くへ出てきたという知らせが増えています。魔獣の目撃も、何件か届いていますよ」


 報告のあった場所を、順に教えてもらう。


 街道のどちら側なのか。村からどのくらい離れていたのか。ルークが尋ね、エルナも一緒に聞いた。


「火を出す個体については、どうですか」


「その方面から届いているものには、今のところありません」


「わかりました。ありがとうございます」


 ルークが頷く。エルナも、教えられた場所をもう一度確かめた。


 この先にも、畑のそばへ獣が出てくる村がある。そこを通って、ベルネへ向かうことになる。


「それから、手紙も送れますか。ラーデン方面へ、出したいんです」


 エルナが尋ねると、職員は別の紙を手元へ寄せた。


「ギルド同士で書類や書物を送る便がありますから、一緒にお預かりできます」


「私の家主への分は、ラーデンから、もう一つ先の町になるんですが」


 町の名と、道具屋の場所を伝えた。職員は取り次ぎ方を確かめ、宛先を詳しく書いてくれればよいと教えてくれた。


 料金を聞き、明朝持ってくることにする。


 ヘルマンへも、二人がヴァルディスへ向かうことを伝えてもらうよう頼んだ。便りを受け取れる滞在先が決まったら、改めて知らせる。


 窓口を離れる時、ルークが出発の時刻を記した紙を畳んだ。


「食べ物と、手紙に使うものを買って帰ろうか」


「はい」


 明日の朝には、この町を出る。


 エルナは鞄の肩紐を直し、ルークと外へ出た。


     *


 干し肉と、日持ちするパンを買い足した。途中で買える分も考え、ベルネまで持っていく量を選ぶ。


 紙と筆も買い、宿へ戻ると、主人へ明朝出発することを伝えた。


 部屋では、買った包みを二人の鞄へ分けて収めた。


「こっちの包みは、上へ入れておきますね。休んだ時に出せるように」


「うん。残りは、俺の方へ入る」


 ルークが鞄を寄せる。エルナは干し肉の包みを渡し、自分の鞄の口を結んだ。


 持ち上げて、肩へ掛ける。紐の長さを少し直し、寝台の脇へ下ろした。


 机の上には、まだ白い紙が重なっていた。


     *


 夕食のあと、部屋へ戻って鍵を掛けた。


 窓の布を引き、髪布をほどく。腕輪も外してから、エルナは机へ向かった。


 紙の上へ、グレンの名を書く。ニーナにも、フィンにも、バルドにも読んでもらう一通だった。


「研究所で聞けたことから、書きますね」


「うん」


 ルークはそばへ来て、机へ手をついた。


 エルナは、鹿の図を見せてもらったことを書き始めた。


 細い脚と長い首。その脇に記されていた身体の大きさを思い出す。


「小鹿と聞いて、もっと小さい姿を思い浮かべていました。あんなに大きかったことも、伝えたいです」


「俺も驚いた。普通の鹿型魔獣より大きいのに、まだ育つ途中なんだもんな」


 エルナは頷き、そのことを書き足した。


 ニーナにあの図を見せられたら、今度は彼女が気づいたことも聞けたかもしれない。


「水場の記録も、グレンたちに知らせておきたいな」


 ルークが言った。


「あの鹿が出た地方でも、流れが細くなってたって話」


「はい。それも、書いておきましょう」


 鹿が下りてきた山そのものの記録ではなかった。水が減り始めた時期も、魔獣の出現と比べられないと聞いている。


 そのことも添え、エルナは筆を動かした。


 猪の牙は、話を聞いた時にはまだ調べている途中だった。山の水や薬草、道中で見た畑については、こちらからも話を残せた。


 続けて、これからの行き先を記した。


『ラーデンへ戻る前に、ルークと二人でヴァルディスへ行ってみることにしました。向こうにいる魔女のお二人にも、水や草木、魔獣の様子を聞いてみたいです。』


 王都までは、ここから三週間ほどかかると聞いた。その道のりについても書いておく。


「……フィンに、どこまで行くんだって言われそうだな」


 ルークの声に、エルナは顔を上げた。


 彼は、紙にある国の名を見ていた。口元が少し緩んでいる。


「最初は、セレドまでのつもりでしたね」


「うん。四人も、俺たちが戻るのは、そのあとだと思ってるだろうし」


 帰りの馬車を見送った朝を思い出す。


 またラーデンで、と言って別れた。その日が、思っていたより先になる。


 エルナは紙へ目を戻し、筆を持ち直した。


 次の行へ移ろうとして、ニーナが袋から取り出した、小さな輪と板が浮かんだ。


「ニーナの金具、うまく使えるといいですね」


「点検具を小さくするやつ?」


「はい。帰って試すのを、楽しみにしているみたいでしたから」


 指先で輪の向きを変えていた顔を思い出す。何がどう変わるのか、エルナには分からなかった。それでも、出来たものは見せてもらいたかった。


「戻った時に、また見せてほしいって、書いておきます」


「俺にも見せてほしいって、書いといて」


 エルナは笑い、もう一度筆を動かした。


 そのあとへ、ゆっくりと言葉を継いでいく。


『二人とも元気にしています。

 帰るのはまだ先になりそうですが、戻ったら、また皆さんとお話ししたいです。

 落ち着いたら、また手紙を書きます。』


 書き終えてから、最初の行へ目を戻した。


「読んでもらえますか」


「うん」


 ルークへ紙を渡す。


 彼が目を通している間、エルナは机の端へ寄せてあった髪布を畳み直した。


「俺からも、フィンに一言書いておこうかな」


 ルークが顔を上げた。


「はい。お願いします」


 エルナは笑って、筆を差し出した。


 ルークは紙を机へ戻し、少し身をかがめた。エルナが書いた文章の下へ、短く書き添える。


『フィン、戻ったら飲もう。今度は俺が酒場を探す。』


 筆を返してもらい、エルナはその下に自分の名を記した。


 もう一度筆を差し出すと、ルークも隣へ名を書き添えた。


 二つの名が並んだ紙を、エルナは机の端へ寄せた。


     *


 ルークへ椅子を譲り、次の紙を出した。


 彼はグレタへ、帰りが先になることを書き始めた。今の部屋は、そのまま借りていたいと伝える。


 エルナも、山の家の貸主へ送る便りを手元へ寄せた。


「孤児院にも、帰りが遅くなることは知らせておきたいな」


 ルークが、筆を置いて言った。


「グレンに、マルタさんへ伝えてもらおうか。ハンスたちにも」


「はい。お願いしましょう」


 エルナは、グレンたちへの手紙を取った。机の脇に立ち、空いた端へ紙を置く。


 ルークが置いた筆を取り、署名の下へ伝言を書き添えながら、孤児院の庭を思い出す。帰る時、ダンがルークの袖を掴んでいた。そのそばへ、エミも来ていた。


 エルナも、と尋ねられ、また来ると答えた。


「私も、また伺いたいです」


 ルークを見ると、彼がこちらへ顔を向けた。


「うん。また一緒に行こう」


「ダンは、次は自分から投げるって言っていましたね」


「ああ。顔を見たら、すぐ球を持ってきそうだな」


 ルークが笑った。


 待ちきれずに手を伸ばしていた姿を思い出し、エルナも笑う。エミも、またそばへ来てくれるだろうか。


 伝言を書き終え、筆を机へ戻した。


 ルークが自分の手紙を読み返してから立つ。エルナも代わって椅子へ座り、貸主への便りを書いた。


 セレドから、さらに遠い国へ向かうこと。帰るまでは長くかかるが、小屋は引き続き借りていたいこと。


 宛先には町の名と、道具屋の場所を詳しく記した。


 三通をそれぞれ畳み、封をする。


 机の上を片づけてから、エルナは、手紙を鞄の取り出しやすいところへ収めた。


 ルークは、もう一度出発の時刻を確かめていた。


「朝飯を食べて、ギルドへ寄っても、間に合うな」


「はい。私の方も、もう済みました」


 彼が紙をしまい、寝台の端へ腰を下ろす。


 エルナもそばへ行き、隣へ座った。肩へ寄ると、ルークの手が背中に添えられる。


 しばらく、そのままでいた。


 机の上で紙を動かす音も、もうしなかった。廊下の向こうで戸が閉まり、階段を下りる足音が遠ざかる。


 ルークへ顔を向けると、彼もこちらを見た。


 エルナは少し顔を近づけ、短く口づけた。離れたあとも、肩を預けたままでいた。


「そろそろ、寝ましょうか」


「うん。明日は早いからな」


 エルナは彼の肩から身体を離し、自分の寝台へ戻った。


「おやすみなさい」


「おやすみ」


 横になると、少しして、向こうでも寝台の軋む音がした。


     *


 翌朝、食事を済ませ、水袋を満たした。


 髪を布へ収め、腕輪を戻す。外套を着てフードを被ると、ルークも剣を腰へ下げ、荷を持ち上げた。


 エルナは机と寝台の脇を見てから、鞄を肩へ掛けた。


 鍵を返すと、主人が受け取って頷いた。


「気をつけてな」


「はい。お世話になりました」


 宿を出て、ギルドへ向かう。


 窓口へ三通の手紙を差し出し、料金を払った。職員が宛先を確かめ、ラーデンへ送るものと、その先へ取り次ぐものを分けて置く。


「次の便で、お送りします」


「よろしくお願いします」


 机へ置かれた手紙を見る。


 あの図の話も、水の記録も、戻ってから皆に話すつもりだった。こうして、会う前にも伝えておける。


 行き先も、二人で元気にしていることも、一緒に届けてもらえる。


 エルナは礼を言い、ルークと窓口を離れた。


     *


 集合場所では、荷を運ぶ男たちが、馬車のそばで声を掛け合っていた。


 昨日聞いた商人を訪ね、名を伝える。


「ベルネまでの二人だな。こっちへ乗ってくれ」


 荷台の一角を示された。


 途中の泊まり方と、水を補給できる場所を確かめ、運賃を払う。商人は荷の縄を引き直し、こちらへ顔を向けた。


「鞄は足元へ置いていい。そこの包みは動かさないでくれよ」


「わかりました」


 エルナは鞄を載せ、荷台の縁へ手を掛けた。


 ルークが手を差し出してくれる。


 その手を借りて上がり、示された場所へ荷を寄せた。ルークも続いて乗り、隣へ腰を落ち着ける。


 商人が最後の荷を確かめ、御者席へ上がった。


 手綱が動く。


 車輪が回り始めると、エルナは荷台の縁へ手をついた。


 通りに並ぶ店先が、ゆっくりと後ろへ流れていく。戸を開ける人がいて、空の籠を抱えた人が道を渡っていった。


 初めてここへ来た時には、研究所へ届ける試料を積んでいた。


 鞄の内側には、マリエラから受け取った紹介状が入っている。


 町並みが途切れると、空が広く見えた。


 道沿いの畑の向こうに、林が見えた。


 馬車が少し揺れ、隣のルークと肩が触れた。エルナは彼へ顔を向ける。


「気になるものがあったら、教えてくださいね」


 ルークがこちらを見る。


「うん。エルナも、何か見つけたら教えて」


「はい」


 エルナは笑い、彼の手へ触れた。


 開いた手に指を重ねると、握り返してくれた。


 知らない町があり、そこで暮らしている人たちがいる。畑や水場を見せてもらえるところも、あるかもしれない。


 今はまだ聞けていない話を、ルークと一緒に聞きに行く。


 エルナは繋いだ手をそのままに、街道の先へ目を向けた。


 セレドを離れた荷馬車が、街道を進んでいった。




第6章、ここまでありがとうございました!


仲間たちと過ごした時間や、新しい街での出会いを通して、エルナの世界も少しずつ広がってきました。


次章では、ルークと二人、さらに遠い土地へ向かいます。


第7章もお楽しみに!

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