第108話 旅への餞別
翌朝、ギルドを訪ねると、窓口の職員が二人の名を確かめた。
「マリエラ様から、お返事をお預かりしています」
午後、役所へ来てほしいという返事だった。
エルナはルークと時間を確かめ、職員へ礼を言った。
*
約束の時間に役所を訪れると、昨日の部屋へ案内された。
マリエラは、卓のそばに立っていた。
「お越しくださって、ありがとうございます」
「こちらこそ、お時間をいただいて」
エルナは挨拶を返し、ルークと並んで腰を下ろした。
茶を運んできた職員が退出する。護衛は廊下に残り、戸が閉まってから、エルナはフードを下ろした。
「昨日、二人で道のことを調べてきました」
エルナは話し始めた。
「ラーデンへ帰る前に、ヴァルディスへ行ってみたいです。お二人が向こうの土地で何に気づいていらっしゃるのか、聞いてみたくて。私が山や道中で見たことも、お話しできたらと思っています」
「そのまま、向かわれるのですね」
「はい」
マリエラは隣のルークにも目を向けた。
「俺も、向こうの水や森がどうなっているのか、見てみたいと思っています」
ルークが答えると、彼女は頷いた。
「行き方は、お分かりになりましたか」
「ベルネから峠を越えて、リゼルへ出ると教えてもらいました。王都までは、ここから三週間ほど見ておいた方がいいそうです」
「便を待つ日も含めて、ですね」
「はい。途中では、行き先の合う依頼も探すつもりです。待つ日が増えても大丈夫なように、少し補いながら行こうと話しました」
昨夜、二人で見直した荷物を思い出す。
足りないものを買い足し、手紙を送る方法も確かめたい。まだ、出るまでにすることはある。それでも、まず向かう先は決められた。
「長い道になりますね」
マリエラが言った。
「思っていたより、遠かったです。でも、やっぱり行ってみたいです」
エルナが答えると、マリエラは頷いた。
「先日、山へ戻ったら、また薬草の様子を確かめたいとおっしゃっていましたね」
「はい。帰ったら、見に行きたいところがあるんです」
「どんな場所なのでしょう。よろしければ、少し聞かせていただけますか」
エルナは、膝に置いた自分の手を見た。
山の家を出る前、乾かした薬草を布へ包んで棚に収めた。窓を閉め、炉の火を確かめ、戸に鍵を掛けた。
帰ったら、またあの戸を開ける。
「……山での暮らしが、好きなんです」
顔を上げ、マリエラへ伝えた。
「前に小さかった株が、次に行くと葉を増やしていることがあるんです。そういうのを見つけると、嬉しくて。今度も、帰ったら見に行きたいところがあります」
「同じ株だと、お分かりになるのですか」
「はい。近くの木や石を目印にしているので。何度も通るうちに、少しずつ覚えました」
採ってきたものを卓へ広げた時の、草の匂いまで思い出す。鞄の中から、一つずつ取り出して並べていく。
「採るものを選んで、家へ持って帰って。乾かしてから、ラーデンへ持っていくんです。一日歩いたあと、今日はこれだけ採れたって思いながら家へ帰るのも、好きなんです。また、あの山を歩いて、そうして暮らしたいです」
隣で、ルークは静かに聞いていた。
マリエラは、エルナから目を離さなかった。
廊下で足音がして、戸の前を通り過ぎていく。
「……そうなのですね」
マリエラは少し口元を緩めた。茶の器を持ち上げ、ひと口飲んでから卓へ戻す。
「お話しくださって、ありがとうございます」
マリエラは、卓の脇に重ねてあった紙の上から、一通の手紙を取った。
「では、お二人の旅のお手伝いをさせてください」
手紙を差し出され、エルナは身を寄せた。
「ご紹介の件でお話ししたいと伺いましたので、用意しておきました」
「……もう、用意してくださっていたんですね」
「ええ。もし向かわれることになったら、すぐにお渡しできるようにと思いまして」
マリエラは少し笑った。
エルナは両手で受け取った。
自分の返事を聞いたうえで、この手紙を渡してくれた。エルナは、そうしてもらえたことが嬉しかった。
「マリエラ様に教えていただかなければ、お二人がどちらにいらっしゃるかも、分からないままでした」
封をした手紙を持ち直し、彼女を見た。
「ここへ来て、お話しできてよかったです」
「こちらこそ。昨日のお買い物も、ご一緒できて楽しかったです」
エルナも、菓子の包みを手に、彼女と笑い合った時のことを思い出した。
マリエラは、手紙の表を示した。
「アルヴェンへ着かれたら、王宮でこちらをお見せください。表に記した者へ取り次いでいただけるよう、書いてあります」
エルナは、封の表に記された訪ね先を確かめた。
「イネス様とヴィオラ様に、お会いしたいということも、お伝えいただけますか」
「はい。ユリウス殿下へは、わたくしから先に連絡を送ります。到着されたら、魔女の方々のお返事やご都合を、そちらでお確かめください」
「わかりました。ありがとうございます」
エルナは手紙を膝へ置いた。
「最初は、ベルネへ向かわれるのですね」
マリエラが尋ねる。
「はい」
「そちらへ向かう馬車便を、担当の者に確かめてもらいましょう。出る日と空きが分かりましたら、ギルドへお知らせします」
「ありがとうございます。便が分かれば、こちらでも出る日を決められます」
ルークが答えた。
「それから、ベルネまでの運賃は、わたくしに出させてください」
「運賃も、ですか」
「ええ。旅立たれるお二人への、餞別に」
マリエラは、エルナとルークを見た。
エルナは、昨日ルークと確かめた運賃を思い出した。その分を残しておけるなら、便を待つ日が増えた時にも、使えるお金がある。
「ありがとうございます。そうしていただけたら、助かります」
エルナが礼を言うと、隣のルークも頭を下げた。
「運賃は、便を確かめてからお渡しします。そのことも一緒に、お知らせいたしますね」
「はい。よろしくお願いします」
マリエラの口元が、少し緩んだ。
紙に記されたところへ、自分たちの足で訪ねていける。そこでは、どんな話が聞けるのだろう。
鞄を膝へ寄せ、口を開いた時だった。
「……一つ、お伝えしておきたいことがあります」
エルナは手を止めた。
マリエラは、こちらをまっすぐに見ていた。
「ヴァルディスには、魔女の力を、国のために使うべきだと考える方もいらっしゃいます」
「国のために……」
「国にとって必要な力だから、と。ご本人の望みよりも、果たすべき役目を先に考える方も」
声を落とし、マリエラは続けた。
「ユリウス殿下は、ご本人の意思を確かめてお迎えしています。けれど、同じように考える方ばかりではないのです」
イネスとヴィオラは、自分で王宮へ住むことを選んだと聞いた。その人たちの周りにも、違う思いで魔女を見ている人がいるのだろうか。
マリエラは一度、言葉を切った。
「わたくしも、あなたが何を望んでいらっしゃるのか、初めは十分に聞けていませんでした」
茶の器へ目を下ろし、それから顔を上げる。
「保護を受けるために、望まないことまで引き受けてしまわないでくださいね」
「はい。教えてくださって、ありがとうございます」
隣で、ルークも口を開いた。
「覚えておきます」
マリエラは、二人を見て、ゆっくりと頷いた。
エルナは、手紙を鞄の内側へ収めた。
席を立つと、マリエラも立ち上がる。
「またお会いできましたら、向こうで見てこられたことも、お聞かせください」
「はい。私も、またお話ししたいです」
「山へお帰りになったら、そのお話も」
マリエラは少し笑っていた。エルナも、つられて口元が緩んだ。
「はい。山のことも、お話しします」
鞄を肩へ掛け、フードを戻す。
戸口まで見送ってくれたマリエラへ会釈し、エルナはルークと部屋を出た。




