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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第6章 広がる世界
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第106話 会ってみたい人たち


 包みの口を折り戻すと、丸い菓子の端が紙の内側へ隠れた。


 門のそばへ戻ると、役人が衛兵との話を終え、こちらへ会釈した。マリエラはそちらを見てから、エルナたちへ向き直る。


「このあと、少しお時間はおありですか」


「はい」


「役所へ戻って、お茶をいただこうと思っています。よろしければ、ご一緒しませんか」


 エルナが隣へ目を向けると、ルークもこちらを見ていた。彼が頷いたので、マリエラへ顔を戻す。


「では、少し。ありがとうございます」


 門のそばにいた護衛も加わり、来た道を戻った。


 歩くたび、片手に持った包みが小さく鳴る。鞄の中には、香草を詰めてもらった小瓶も入っていた。


 役所へ着くと、役人は書類を持って廊下の先へ向かった。マリエラが職員と言葉を交わし、エルナたちは奥の部屋へ案内される。


 窓辺に卓があり、椅子が並んでいた。


 エルナはルークと隣り合って座り、鞄を足元へ置いた。フードを後ろへ下ろす。向かいで、マリエラも菓子の包みを卓へ置いた。


 職員が三人分の茶を運び、器を並べてくれた。退出して戸が閉まると、廊下に控える護衛の声も遠くなった。


「どうぞ、召し上がってください」


 勧められ、エルナは包みを開いた。


 丸い菓子を小さく割る。外側の薄い皮の下は柔らかく、一口食べると、ほろりと崩れて甘さが残った。


 隣で、小さな音がした。


 ルークが輪の菓子を割っていた。マリエラも自分の分へ指を添え、紙へ落ちた欠片を寄せる。


「おいしいです」


 エルナが言うと、彼女も口元を緩めた。


「ええ。寄ってみてよかったですね」


 茶を一口飲む。


 通りを歩いていた時よりも、肩が少し楽になった。


「ラーデンへお戻りになる日は、もうお決まりですか」


 マリエラが尋ねた。


 エルナは器を置き、首を横に振る。


「まだなんです。帰りに乗れる馬車のことは、ギルドで教えてもらったんですけど」


「出る日が決まってから、空きを確かめることになっています」


 ルークが言い添えた。


「いつ出るかも、二人で相談してから決めようと思っています」


 エルナが続けると、マリエラは頷いた。


「お帰りになったら、また山でのお仕事を?」


「はい。水場や薬草の様子も、もう一度見ておきたいです。この前見た時、小さな株が多かったところがあって」


 採らずに残してきた葉と、乾いた土が浮かんだ。


 戻る頃には、少し育っているだろうか。水が溜まるまで待った、あの場所の流れも、確かめたい。


 窓の外で、荷車の車輪が鳴った。


 ここまで来る道では、ラーデンを離れても魔力の違和感があった。木々の間で妙に濃く感じたところや、少し進むと気にならなくなったところ。


 あの時、ロザリーならどう感じるだろうと思った。


 自分の山へ戻って確かめることはできる。ほかの土地で、同じように何かを感じている人がいるのかも、知りたかった。


 エルナは茶の器へ指を添えた。


「……ほかの魔女の方にも、会ってみたいと思っているんです」


 マリエラが、菓子の包みから顔を上げた。


「ほかの魔女の方と?」


「はい。私は山で暮らしていたので。違う土地で暮らしている方が、どんなことを見て、何に気づいているのか、聞いてみたいです」


 ルークは、黙って隣にいた。


 夜番の火のそばで、この話を聞いてくれた。自分が尋ねるだけでなく、向こうにも聞きたいことがあるかもしれないと言ってくれた。


「私の住んでいるところの話も、できたらと思っています。同じところも、違うところもあるでしょうし」


 マリエラは膝の上で手を重ねた。


「どなたか、お心当たりがおありなのでしょうか」


「いいえ。まだ、どこにいらっしゃるのかも分からないんです」


 隠して暮らしている人なら、名前や居場所を簡単に聞けるとも思えなかった。


 自分も、今こうして髪を包み、腕輪をつけている。会いたいと思ったからといって、相手も話してよいと思ってくれるかは、分からない。


 マリエラは少しの間、エルナを見ていた。


「お会いになるために、その方の暮らす土地へ向かわれることも、お考えなのですか」


「はい。お話ししてもいいと思ってくださるなら、行ってみたいです」


 マリエラの唇が開きかけ、閉じた。


 エルナが待っていると、彼女は膝で重ねていた手をほどいた。


「……ヴァルディスに、魔女の方々がいらっしゃいます」


 エルナは、器へ添えていた指を離した。


「王宮で、暮らしていらっしゃる方々です」


「王宮に……」


「ええ。隣国の王宮です。お一人は、雨の魔女と呼ばれる、イネスという方です」


 井戸から運んだ水を、畑の根元へ回していた女性の手が浮かんだ。


 あの畝へ雨が落ちるところを、一瞬思い描く。


「畑で水が足りなくなった時にも、力を貸しているんでしょうか」


「はい。日照りで困っている土地で、雨を降らせてくださることがあると伺っています」


 エルナは、少し身を寄せた。


 どれほどの力を使うのだろう。雨が降らなかった時の畑を見て、イネスは何を感じているのだろうか。


 マリエラは茶の器へ手を添え、続けた。


「もうお一人、薬の魔女ヴィオラという方もいらっしゃいます」


 薬草を採り、乾かす仕事なら、自分もしている。その呼び名が指す力は、どんなものなのだろう。


「その方のお薬も、薬草から作るものなんでしょうか」


「詳しい作り方までは、わたくしも存じ上げないのです。重い病に苦しむ方のために、お薬を頼まれることもあると聞いています」


「そうですか。私も薬草を扱っているので、どんなものを使うのか、聞いてみたくて」


 マリエラが頷いた。


 自分の知っている草を使うのだろうか。違う土地で育つ、知らないものもあるかもしれない。


 イネスと、ヴィオラ。


 知らなかった二人の名を、心の中でもう一度繰り返す。


 雨を降らせる人と、薬を作る人。その人たちが暮らしている土地では、水や草木はどうなっているのだろう。日々の中で、魔力をどんなふうに感じているのだろうか。


 エルナは背を戻し、マリエラを見た。


「その方たちは、ご自分で王宮で暮らすことを決めたんですか」


「ええ。お二人とも、ご自身で選ばれたと伺っています」


 エルナは、卓の上の自分の手を見た。


 自分は、山の家での暮らしを続けたいと答えた。イネスとヴィオラには、王宮で暮らしたいと思った理由があるのだろう。


 どんな場所で育ち、何を大切にしている人たちなのかも、まだ知らない。


「お二人のお話は、ヴァルディスの王太子ユリウス殿下から伺いました」


 マリエラが言った。


「わたくしの婚約者です」


 エルナは、彼女へ顔を上げた。


 マリエラは言葉を続けた。


「魔女の方々の保護を進めていらっしゃいます」


 マリエラは、エルナの言葉を待っていた。


「……その方たちと、お話しできることもあるんでしょうか」


「お会いになりたいのでしたら、わたくしから先方へお尋ねすることはできます。魔女の方々のご都合もありますから、お返事をいただいてからになりますけれど」


 エルナはルークを見た。彼もこちらを向いていた。


「もし、お願いするとしたら、こちらへご連絡すればよいでしょうか」


 ルークが尋ねた。


「ええ。こちらの役所へ、お二人のお名前でお伝えいただければ、わたくしへ届くようにいたします」


「ありがとうございます」


 ルークが礼を言う。


 エルナも、マリエラへ顔を戻した。


 会ってみたいと話した自分に、彼女は尋ねる先を教えてくれた。相手へ希望を伝えることまで、引き受けてくれようとしている。


 エルナは彼女へ笑いかけた。


「教えてくださって、ありがとうございます。ルークと話してから、お返事させてください」


「ええ。決まりましたら、お知らせください」


 マリエラはそう答え、菓子の包みへ手を戻した。


 エルナも、紙の上に残っていた一片を口へ運んだ。甘さが残る間にも、聞いたばかりの二人のことを考えていた。


 自分が言葉にできずにいるものを、その人たちはどう話すのだろう。


 茶を飲み終えてから、エルナは包みの紙を畳んだ。


「お話を聞かせてくださって、ありがとうございました」


「こちらこそ。ご一緒できて、嬉しかったです」


 マリエラが立ち上がった。


 エルナも鞄を取り、ルークと席を立つ。部屋を出る前にフードを戻すと、戸口の外にいた護衛が、脇へ退いてくれた。


     *


 役所を出ると、通りには荷を運ぶ人や、買い物の包みを手にした人が行き交っていた。


 エルナはルークと通りの端を歩きながら、隣へ顔を向けた。


「……会ってみたいです」


 ルークがこちらを見た。


「ルークは、どう思いましたか」


「俺も、もっと聞いてみたい。ここまででも、村の畑も、道に出てくる魔獣も、思ってたのと違ったから。ほかの土地の水や森がどうなってるのかも、知りたいと思ってる」


 熊の出た道で、ルークたちは荷馬車へ迫る身体を止めようとしていた。そのあとも、彼は歩きながら林へ目を向け、夜には道の音を聞いていた。


 自分が気になっていたものを話す時、彼にも、見ていたものがあった。


「一緒に、調べてみませんか」


 言うと、ルークが頷いた。


「うん。行き方も、どのくらいかかるかも、聞いてみよう。それから、どうするか考えようか」


「はい」


 イネスと、ヴィオラ。


 顔も声も、まだ知らない。それでも、その人たちの暮らす場所へ行くにはどうすればよいか、ルークと一緒に調べることはできる。


 エルナはルークの手を取り、彼と並んで通りを進んだ。




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