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雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第6章 広がる世界
105/128

第105話 寄り道


 部屋へ戻ると、ルークが戸へ鍵を掛けた。


 エルナは外套を脱ぎ、鞄の上へ畳む。髪布をほどいて腕輪と一緒に机へ置くと、彼も剣を外していた。


「さっきの野菜、甘かったですね」


「うん。肉と一緒に食べると、おいしかった」


 エルナは窓に近い寝台へ腰を下ろした。


 薄く切った野菜が、肉の下で焼けていた。端には少し焦げ目がついていて、匙で寄せると、肉から出た汁も一緒になった。


「家でも、やってみたいです」


「俺も食べたい」


「まだ、作っていませんよ」


「うん。作ったら」


 ルークがこちらへ来て、隣へ座った。


 肩が触れ、エルナは少し彼の方へ寄る。膝に置いていたエルナの手へ、ルークの手が重なったので、指を絡めた。


「同じように焼けるでしょうか」


「少し違っても、エルナの作るの、俺は好きだよ」


 顔を向けると、彼もこちらを見た。


「……じゃあ、出来たら食べてください」


「うん」


 ルークが笑った。


 エルナも口元を緩め、彼の肩へ頬を寄せた。繋いだ手は、そのまま膝の上にあった。


 しばらくしてから髪を梳き、櫛を鞄へ戻した。


 ルークはもう一方の寝台で毛布を広げていた。エルナも靴を脱ぎ、寝台へ脚を上げる。


「明かり、落としていい?」


「はい」


 部屋が暗くなった。


 窓の布の端から、通りの明かりが細く入っている。エルナは横になり、肩まで毛布を引いた。


 すぐそばで、寝台の布が擦れる音がした。


「おやすみ、エルナ」


「おやすみなさい」


 顔を向けても、彼の表情までは見えなかった。それでも、近くに聞こえた声が嬉しくて、エルナは口元を緩めたまま目を閉じた。


     *


 翌朝は髪布と腕輪を戻し、ルークと食堂へ下りた。朝食を済ませ、出かける前に主人へもう一泊頼む。


 ギルドには、マリエラからの伝言が届いていた。


 今日の午後、役所の担当者と市場を訪ねる予定があり、都合が合えば同行してほしいという。村への食料の手配を見せてもらいながら、先日の話の続きもしたいとあった。


 エルナはルークを見た。


「私は、行きたいです」


「俺も。返事、お願いしようか」


 二人で窓口へ伝え、約束の時刻と、役所で落ち合うことを確かめた。


 昼食を済ませて役所へ行くと、入口の職員が二人の名を確かめ、廊下の先へ案内してくれた。


 部屋にはマリエラと、書類を手にした男がいた。戸口のそばには、先日も彼女についていた護衛の二人が控えている。


「お越しくださって、ありがとうございます」


 マリエラが立ち上がった。


「私たちも、お話を聞きたかったので」


 エルナは会釈を返した。ルークも隣で頭を下げる。


「市場へは、こちらの方に案内していただきます。村への食料の手配を進めてくださっている方です」


 紹介された役人が、二人へ挨拶した。


「店主には、もう話してあります。荷を用意するところも、ご覧いただけます」


「お願いします」


 マリエラは答えてから、エルナたちへ顔を向けた。


「村では、食料を買うお金があっても、運ぶ車が出せないと伺いました。荷を届けるために、どこで助けが必要なのか、こちらでも見ておきたくて」


「私も、見せていただきたいです」


 エルナが答えると、マリエラは頷いた。


「研究所の方とは、その後、お話しできましたか」


「はい。昨日、ヘルマンさんから聞かせてもらいました。国外の水場でも、流れが細くなったという記録があったそうです」


「周りの畑の様子も、わかったのですか」


「そこまでは、詳しく残っていなかったそうです。水が減り始めた時期も、はっきりとはわからなくて」


 マリエラは頷いた。


「先日教えていただいた葉や莢のことは、役所にも伝えました。畑の様子を、改めて確かめてもらっています」


「そうなんですね」


 エルナは、そばの役人にも顔を向けてから、続きを尋ねた。


「お話しされていた村では、何を育てていたんでしょうか。買い足しているのも、同じものなんですか」


「麦や豆です」


 役人が答えた。


「残してある分では足りず、買って補っていると聞きました。水を回せるところまで、畑を小さくしている家もあるそうです」


 エルナは、柵を直すのを手伝った村を思い出した。


 井戸から運んだ水を、根元へ回していた畑。あそこでも、食べ物を買い足していると聞いている。


 役人が、手元の書類を揃えた。


「今日は、その村へ送る分を確認します。よろしければ、参りましょうか」


     *


 役所を出ると、役人が先に立って歩いた。


 マリエラが通ると、近くの店の人が手を止め、頭を下げる。彼女も会釈を返していた。


 エルナは外套の前を少し直し、ルークと並んでついていった。


 市場へ向かう角には、街の衛兵が立っていた。役人へ会釈し、一行が通りを渡る間、荷車へ声をかけてくれる。


 市場の中ほどで、小さな門をくぐった。


 四方を店に囲まれた中庭だった。袋や木箱を運ぶ人はいるが、表の通りほど人は多くない。


 門の脇にも衛兵が立っていた。護衛の一人はそちらに残り、もう一人はマリエラのそばについた。


 奥の店から、男が迎えに出てきた。


「殿下。お待ちしておりました。どうぞ、こちらへ」


「お忙しいところ、ありがとうございます」


 マリエラが挨拶を返す。


 エルナたちも店へ入った。庇の下から奥へ、大きな袋が並んでいる。台の向こうでは、若い店員が秤へ豆を移していた。


「こちらは、エルナさんとルークさんです。先日、街道沿いの村で見聞きしたことを教えてくださいました」


 マリエラの紹介へ、店主は会釈した。


 役人が台へ書類を置き、店主も帳面を開く。


「村からの注文は、こちらに写してあります。品物は、揃えられそうですか」


「はい。こちらの分なら。ただ、受け取りに来られる日は、まだ決まっておりませんので」


「村の方へは、こちらからも確かめています。先日お話しした、街道での受け渡しについては、いかがでしょう」


 店主が別の紙を取り、筆で線を引いた。


 街道と、そこから分かれる道。


「この分かれ道までは、うちの便も通ります。村の方へ曲がると、その先の届け物に間に合いませんが、ここで引き取っていただければ、運べます」


 役人が頷き、書類へ書き添えた。


 ルークも紙へ身を寄せる。


「そこで、どのくらい待てますか。村の車が、道中で遅れることもあると思うので」


「長くは待てません。次の届け先もありますので、こちらが着く頃には来ていただけると助かります」


「では、時刻の目安も添えて、村へ知らせます」


 役人が答えた。


 候補になる便の日と、載せられる量、運賃を順に確かめていく。店主は帳面と照らし、紙へ数字を書き入れた。


 エルナは、紙の上の分かれ道を見た。


 村の荷車を、セレドまで往復させずに済むかもしれない。水運びへ戻れるまでの時間も、変わるだろうか。


「食料を受け取りに出るのは、水を運んでいた方と同じなのでしょうか」


 マリエラが尋ねた。


「同じ方が出ることもあると聞いています。どの便に合わせられるか、村側の都合も確かめているところです」


 役人が答える。マリエラは紙から顔を上げた。


「村でお話を聞いた時、水を汲む人が戻るまで、食事の支度を待っていると伺いました」


 エルナも彼女を見た。


「食料を受け取りに出るために、水の方が遅れることもあるのですね」


「ええ。その間の水をどうするかも、合わせて相談する必要があります」


 役人の返事を受け、マリエラが尋ねた。


「今回の荷が届いたあとも、同じように受け取れそうか、教えていただけますか。何度も車を出せるとも限りませんから」


「承知しました。誰が、どれだけの時間、車を使うのかも聞いてきます」


 役人が書き足す間、マリエラは待っていた。


 奥では、店員が豆の袋を持ち上げていた。台へ下ろすと、底が鈍い音を立てた。


 エルナは、その袋へ顔を向ける。


「この豆は、この辺りで採れたものですか」


「近くから入るものもありますが、こちらは別の町から運んだものです。村から頼まれた分には、これを回せます」


 店主が袋を示した。


 別の土地で採れたものが、ここへ届いて、また運ばれていく。その途中で車を出す人も、村で水を運ぶ人も必要だった。


 役人は書き終えたところを店主と確かめ、書類を袋へ収めた。


「村へ連絡して、受け取りに出られる日を確認します。荷をまとめていただくまでには、お返事しますので」


「はい。お待ちしております」


 マリエラも、店主へ礼を言った。


「お話を聞かせてくださって、ありがとうございました」


 エルナたちも頭を下げ、店を出た。


 中庭へ戻ると、庇から吊るされた草の束が目に入った。家で乾かすものによく似た、細い葉がある。


「少し、見てもいいですか」


 エルナが尋ねると、マリエラもそちらへ顔を向けた。


 そばの護衛へ目を向け、短く言葉を交わす。護衛は店先と門の方を確かめ、小さく頷いた。


「ええ。こちらの庭でしたら、少し。わたくしも、ご一緒してよろしいでしょうか」


「はい」


店先へ近づくと、乾いた葉の匂いがした。


 エルナが束を見上げていると、店の女性が会釈し、小さな皿を出してくれた。葉を少し載せ、こちらへ寄せる。


「料理に使うものをお探しですか」


「これ、家の近くで採るものと似ているので。肉にも使えますか」


「使えますよ。豆の煮込みにも。少しで香りがつきますから、初めは控えめになさるといいです」


 エルナは皿の葉を一枚つまんだ。端を指先で軽く折ると、ぱりと砕ける。よく乾いていた。


 葉を皿へ戻し、顔を近づける。


 山で採るものより、香りが少し強かった。隣へ皿を寄せると、ルークも顔を近づけて確かめた。


 マリエラも、皿のそばへ寄った。


「乾かしてあっても、形でおわかりになるんですね」


「よく採るものなら、見覚えがあるので。全部は、わからないです」


 エルナは吊るされた束へ目を戻した。


「家でも、こんなふうに吊るして乾かすんです。葉を広げることもありますけど」


「干している間は、お部屋にも香りがしそうですね」


 ルークが隣で頷いた。


「家へ入ると、すぐわかります」


 エルナも頷いた。


「季節によって、吊るすものも少しずつ変わるんです」


 話しながら、エルナは自分の家の棚を思い浮かべた。出かける前に片づけた束と、乾かして残してきた葉がある。


 帰ったら、今日選んだものも並べてみたい。


「これを、少しお願いします。帰るまで持ち歩くので、栓のある小瓶に入れてもらえますか」


 店の女性は頷いて棚から小さな瓶を取り、葉を量って詰めた。口に栓をして、台へ置く。


 エルナは代金を払い、小瓶を受け取った。栓を確かめてから布で包み、鞄へ収める。


 三人で庇の下を歩き出す。役人は門のそばで、衛兵と言葉を交わしていた。


「セレドで、どこか気に入ったお店はありましたか」


 マリエラが尋ねた。


「昨日入ったお店は、おいしかったです。宿へ戻る道の、角にあって。店先で肉を焼いていたんです」


「外から、いい匂いがしたんです」


 ルークが言い添えた。


 マリエラは少し笑った。


「通りを歩いていると、気になりますね」


「はい。二人で、見に行きました」


 エルナも笑ってから、彼女へ顔を向けた。


「どういうものがお好きなんですか」


「焼きたてのパンが好きです。特に、端のよく焼けたところが」


「固いところも、ですか」


「ええ。香ばしくて。端が多くなるので、小さなものを選ぶこともあります」


 エルナは、小さな丸いパンを思い浮かべた。


「私は、柔らかい中のところを、先に食べてしまいます」


「そうなのですか」


 マリエラがこちらを見る。


「俺も、外側が好きです」


 ルークが言った。


「大きいパンを分けるなら、好きなところを選べそうですね」


「では、ルークさんとわたくしが、端をいただくことになりますね」


 マリエラが答えた。


 エルナは二人の顔を見て、小さく笑った。


「私は、中をいただけますね」


 ルークも笑う。マリエラの口元も緩んでいた。


 門の手前で、店の人が盆を台へ出した。


 小さな焼き菓子が並んでいる。丸く厚みのあるものと、輪の形をしたもの。


 マリエラの視線が、少しそちらへ留まった。


 エルナも足を緩めた。


「……こちらも、少し見ていきませんか」


 声をかけると、彼女がこちらへ顔を向けた。


「ええ。ぜひ」


 ルークも頷き、三人で店先へ寄った。


 盆の上では、輪の菓子の端に、濃い焼き色がついていた。マリエラがそちらを見ていたので、エルナも目を向ける。


「よく、焼けていますね」


「はい。こちらを一つ、お願いします」


 マリエラは頷き、店の人へ輪の菓子を示した。


 エルナは、その隣の丸い菓子を示す。


「こっちは、中が柔らかいんですか」


「はい。外は少し固いですが、中は柔らかいですよ」


「じゃあ、これを一つ」


「俺も、輪のを一つください」


 ルークも言い添えた。


 店の人が紙を取り、それぞれの菓子を包んでくれた。


 代金を払い、エルナは自分の分を受け取る。隣でも、マリエラが小さな包みを手にしていた。


 彼女が包みの口を少しこちらへ向けた。輪の端が、こんがりと焼けている。


 エルナも、自分の選んだ丸い菓子を少し持ち上げた。


 目が合うと、マリエラが笑った。


 エルナも、その顔を見て笑い返した。




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