↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
雪の魔女は二度恋をする  作者: 冬灯
第6章 広がる世界
103/128

第103話 またラーデンで


 ギルドの前へ戻ると、荷馬車のそばでフィンが手を上げた。


「おかえり」


「お待たせしました」


「こっちも、さっき戻ったとこだよ」


 ニーナが、小さな袋を持ち上げてみせた。昼に話していた店で、気になるものを買えたらしい。


 グレンとバルドも、中から出てきた。


「話は済んだか」


「ああ」


 ルークが答えた。


「あとで、少し話すよ」


 グレンは頷き、馬車へ目を向けた。


「じゃあ、先に宿を決めよう。馬も休ませたい」


 馬車を預けられる宿を探し、六人で部屋を取った。


 荷を下ろしてから、グレンたちの部屋へ集まる。最後に入ったフィンが扉を閉めるのを待ち、エルナは口を開いた。


「ラーデンで火を消したのは、私かと聞かれました」


 ニーナが、手にしていた袋を机へ置いた。


「ルークが今回の仕事に加わっていることも、知っていて。それで、私のことも確かめたかったそうです」


「答えたのか」


 グレンに聞かれ、頷く。


「はい。その時に力を使ったのは、私だと」


 口にする前には、ずいぶん迷った。


 今も、髪は布の中に収めている。腕輪もつけたままだ。それでも、話したことまで隠し直せるわけではなかった。


「それで、何の話だったんだ?」


 フィンが尋ねた。


「王宮で、保護したいと言われました。住むところや、暮らしに必要なものを用意すると」


「王宮に?」


 ニーナの声が、少し上がった。


「はい。王宮の外の家でもいいと。薬草の仕事を続けられるようにすることや、ルークも一緒に来ていいというお話もありました」


 隣で、ルークが頷く。


「でも、移って暮らすつもりはないと、お伝えしました」


「断ったら、どうだった?」


 グレンは、エルナの顔を見ていた。


「わかりました、と言ってくださいました。住まいの話は、そこで終わりになっています」


「そうか」


 グレンが短く息を吐いた。


 エルナは机へ目を落とす。ニーナの買ってきた袋の口から、小さな金具が覗いていた。


「そのあと、村のことを聞かせてもらいました。王女様も、井戸の水が減った村を見て回っていたそうなので」


 水を運ぶ荷車と、食料を運ぶ便の話。


 道中で見た葉や豆の莢について話したことも、簡単に伝えた。


「また、お話を聞かせてもらう約束をしました」


 ニーナが頷いた。


「研究所の方も、これからなのよね」


「はい。どこにどんな記録があるか、確かめてから連絡してくださるそうです」


 グレンが、机のそばの椅子へ腰を下ろした。


「帰りは、明日の朝に出ようと思ってる。荷も渡せたし、借りた馬車も返さないとな」


「明日の朝、ですか」


 エルナは、四人の顔を見た。


 帰りも皆と馬車に乗り、あの宿へ寄るところを思い浮かべていた。ニーナと、また髪を洗い合う話もした。


 けれど、研究所で聞きたかった話は、まだ聞けていない。


 あの魔獣が出た土地でも、水が減っていたのか。草木には何が起きていたのか。報告にどんなことが書かれているか聞ければ、その場でもう少し尋ねられるかもしれない。


 連絡が来るのはいつになるのか、まだわからなかった。明日の朝までに、とは頼めない。


 エルナはグレンへ顔を上げた。


「私、研究所からの連絡を待って、お話を聞いてから帰りたいです」


 そう伝えてから、隣のルークへ向き直った。


「ルークは、どうしたいですか」


「俺も、話を聞いてから戻りたい。ほかの土地で起きてることも、気になるし」


「じゃあ、二人で待っていきましょうか」


「うん」


 ルークが頷いた。


「わかった。なら、俺たちは先に戻るよ」


 グレンが言った。


「帰りの便は、ギルドで確かめておく」


 ルークが答えた。


 今度は、自分たちの帰る日を決め、自分たちで足を探すことになる。


「何かわかったら、私にも聞かせてね」


 ニーナが言った。


「葉のことも、あの魔獣のことも」


「はい。聞いてもらいたいです」


 フィンが窓の外へ目を向けた。


 エルナも、そちらを見る。裏の囲いに、馬の背が少しだけ見えた。


 明日、あの馬車には乗らない。


「それ、何を買ったんですか」


 机へ視線を戻し、ニーナへ尋ねた。


「金具よ。見せましょうか」


 彼女は袋を開け、小さな輪と、細い板を取り出した。


「これが使えれば、点検具を少し小さくできそうなの。持ち歩く時に、もう少し収まりがよくならないかと思っていたから」


 ニーナの指が、輪の端をつまんだ。


 細かな作りだった。エルナには、これをどこへ使うのかまではわからない。それでも、彼女が指先で向きを変えながら眺める顔を見ていると、帰って試すのを楽しみにしているのだとわかった。


「出来たら、見せてもらえますか」


「もちろん。うまくいったら、次に会う時に持っていくわ」


「楽しみにしています」


 ニーナは笑い、金具を袋へ戻した。


 その晩は、宿の食堂で六人一緒に夕食を取った。


 帰りの道や、どこで休むかという話を聞きながら、皿を回す。フィンがニーナの買い物の話を持ち出し、バルドは、あの小さな袋にいくら使ったのかと聞いていた。


 部屋へ戻り、寝台に入る頃にも、廊下から皆の声が聞こえた。


     *


 翌朝、食事を済ませて裏へ回ると、バルドが保存筒のケースを荷台へ載せていた。


 ニーナが置き場所を示し、ルークも反対側へ手を添える。


「もう少し、奥へ」


「ここ?」


「ええ。ありがとう」


 三本とも空になって戻ってきた筒だった。ニーナは蓋の留め金を確かめ、ケースへ掛けた布を直した。


 エルナも、ニーナから預かった敷布の束を荷台へ渡す。


 自分とルークの荷は、部屋に置いたままだった。


 昨日まで座っていた荷台の端に、まだ隙間がある。エルナは縁についた手を離し、次の荷へ向き直った。


「それも、こっちへ頼む」


 グレンが、自分の足元にある荷袋へ目を向けた。右手を伸ばす前に、エルナはそちらへ寄る。


「持ちますね」


「ああ、ありがとう」


 両手で持ち上げ、バルドへ渡した。


 振り返ると、グレンが左の袖口を直していた。


「腕、まだ痛みますか」


「重いものを持とうとすると、少しな。帰りも荷は任せるよ」


「おう。今日は、あの牙が入ってねえからな」


 バルドが荷台から言った。


 ニーナが、その足元へ顔を向ける。


「筒はあるから、足で押さないでね」


「わかってる」


 バルドは足をずらし、荷袋を引き寄せた。


 エルナも最後の包みを渡してから、グレンへ目を戻す。


「帰りも、気をつけてくださいね」


「ああ。そっちも、何かわかったら聞かせてくれ」


「はい。ラーデンへ戻ったら、お話ししたいです」


「ギルドへ顔を出してくれれば、誰かしらいるよ」


 グレンが笑った。


 使わずに済む方法も、一緒に考えよう。


 魔女だと打ち明けた夜、そう言ってくれた声を思い出した。力を使うかどうか迷った時には、この人にも相談していいのだと思えた。


 今も、また会うことを当たり前のように話してくれる。


「はい。また、顔を出しますね」


 エルナも笑って頷いた。


 馬のそばでは、フィンが革帯を確かめていた。ルークも荷台へ回り、縄の端を引いている。


「昼には、あの宿の辺りか」


 フィンが顔を上げた。


「ああ。昼の休憩には、ちょうどいいだろう」


「湯の時間が合うといいわね」


 ニーナが言った。


 エルナは彼女へ向き直る。


「寄ってみるんですね」


「ええ。空いていたら、使わせてもらおうと思って。せっかく、通るんだもの」


「俺も入りてえな」


 バルドが言い添えた。


「まずは行ってからだ」


 グレンはそう返したが、口元は少し緩んでいた。


 エルナも笑った。


 狭かったと話していたフィンたちの顔が浮かぶ。ルークのいない帰りは、少し広く使えるのだろうか。


 隣に座っていたニーナの顔も浮かんだ。


 まだ上がりたくないと言って、二人でもう少しだけ浸かった。髪を洗ってもらい、自分も彼女の髪へ湯をかけた。


 その帰り道には、一緒にいない。


「……また、ニーナと入りたいです」


 言うと、彼女がこちらを見た。


「ええ。私も」


 ニーナは、エルナの手へ軽く触れた。


「次も、洗ってもらおうかしら」


「はい。私も、お願いします」


「もちろんよ」


 重なった手を、エルナも少し握り返した。


 次がいつになるのかは、まだわからない。それでも、また一緒に入る話が出来たことが嬉しかった。


 ニーナが荷台へ鞄を渡し、エルナもその隣にあった包みを持ち上げる。


 バルドが、片手で受け取ってくれた。


「バルドさんは、帰ったらハンスのところへ行くんですか」


「おう。パンを捏ねるところ、見せてもらえねえか聞いてみる」


 やはり、覚えていたらしい。


 エルナの口元が緩む。


「毎日やるなら、あれも相当、腕を使うはずだからな」


「パンも買ってやってくれよ」


 ルークが、縄から手を離して言った。


「買うぞ。食える分はな」


「それなら、ハンスも喜ぶよ」


 ルークが笑う。バルドも笑って、荷袋の口を結び直した。


 帰ったあとにも、皆にしたいことがある。


 ニーナは金具を試すのだろう。バルドは、パン屋の奥を覗いてみたいのかもしれない。


 今まで聞いていたラーデンでの話が、四人の帰っていく先になっていた。


「ルークも、戻ったら飲もうぜ」


 フィンの声がした。


「ああ。今度は、もう少し早く切り上げる時にな」


「お前、そういう時だけ付き合い悪いよな」


「帰るって言ってから長いんだよ」


 ニーナが小さく笑った。エルナも、荷台のそばで二人の声を聞いていた。


「今度は、お前が酒場を探せよ。俺が誘う方ばっかりだったろ」


「自分が行きたいところへ、俺を連れてってただけだろ」


「ついてきたのは、お前だよ。初めて娼館に連れてった時だって――」


「フィン」


 ルークの声で、言葉が止まった。


 エルナは顔を上げる。


 ルークがこちらを見ていた。フィンもその視線を追い、目が合う。


「あ」


 短い声がした。


 娼館。


 先ほどまで聞いていた、パンや酒の話の中に、その言葉が残った。


 ニーナが鞄の紐を荷台へ押し込む。


「そろそろ乗るわよ、フィン」


「……おう」


 フィンはルークへもう一度目を向け、少し眉を下げて片手を上げた。


 ルークは、呆れたように小さく首を振った。


 フィンは御者席へ上がり、手綱を取った。


 グレンが忘れ物はないかと声をかける。バルドが一度荷台を見回し、ニーナも自分の鞄へ手を置いた。


 エルナは、彼女へ顔を向けた。


「皆さんと来られて、楽しかったです」


「私もよ」


 ニーナが答えた。


「次に会う時には、こっちで見たもの、聞かせてね」


「はい。ニーナのお話も、聞かせてください」


 ニーナが笑って頷く。


 グレンが御者席へ上がり、フィンの隣へ座った。


「じゃあ、二人とも。またな」


「またラーデンで」


 ルークが言った。


 エルナも頷く。


「はい。また、ラーデンで」


 フィンが片手を上げた。バルドは荷台の縁へ腰を落ち着け、こちらへ大きく頷く。


 馬が歩き始めた。


 車輪が回り、馬車が囲いを抜けていく。エルナとルークも、表の通りまでついていった。


「またね、エルナ」


 荷台から、ニーナが手を振っていた。


 エルナも手を上げる。


 道の凹凸を越え、荷台が少し揺れた。ニーナが縁へ手をつき直し、それでもこちらを見て、もう一度手を振った。


 エルナも、もう一度手を振った。


 馬車が通りの先へ進む。荷を積んだ別の車が目の前を横切り、それが過ぎると、四人の姿はさっきより遠くなっていた。


 角を曲がるまで見送り、エルナはようやく手を下ろした。


     *


 通りでは、店の戸を開ける音がしていた。


 荷を運ぶ人が、声を掛け合いながら二人の前を通る。エルナは道の端へ少し寄った。


 隣にいるのは、ルークだけだった。


 またな、と言ったグレンの声が、まだ耳に残っている。


 フィンとルークのやり取りを聞くのも、いつの間にか楽しみになっていた。バルドの大きな笑い声につられて、隣のニーナと顔を見合わせ、自分も笑った。


 今朝のやり取りを思い返すうちに、途中で止まったフィンの言葉まで浮かんできた。


「……ルーク」


「ん?」


 彼がこちらへ顔を向けた。


「さっきの、娼館の話なんですけど」


 ルークは、馬車が曲がった先へ一度目を向けた。それから、こちらへ視線を戻す。


「フィンと、行ったんですか」


「うん。行ったことはあるよ」


 はっきりと返ってきた。


 そうなのだろうとは、思っていた。


 それでも、本人から聞くと、少し違った。


「そうですか」


 エルナは、外套の端へ指を添えた。


 どういう場所かは、知っている。そこへ行ったルークを思い浮かべようとすると、知らない女性の姿まで、ぼんやりと浮かびかけた。


 顔も、声もわからない。


 自分がまだルークに会っていなかった頃のことだ。


「……そこで、その」


 言いかけて、口を閉じた。


 ルークは先を待っていたが、エルナが黙っていると、少し顔を近づけた。


「聞きたい?」


 エルナは彼を見て、それから首を横に振った。


「……やっぱり、いいです」


 詳しく聞けば、もっと想像してしまいそうだった。


 ルークが、何も言わずにこちらを見ている。


「昔のことだって、わかっています」


「うん」


「でも、今、少し面白くないです」


 言ってから、目を落とした。


 彼が悪いという話ではない。それでも、その気持ちまで、なかったことには出来なかった。


 ルークの手が、指先へ触れた。


 エルナはその手を見て、彼へ目を戻す。


 口元が少し緩んでいた。けれど、笑い声は上げなかった。


「俺、エルナが好きだよ」


「……それは、知っています」


「うん」


 彼の指が、こちらの指へ重なる。


 エルナはその手を取った。


 何度も握った手だった。剣を握るところも、荷を運ぶところも、食事の皿を渡してくれるところも知っている。


 今は、自分の手を握っていた。


「知っていますけど」


 小さく付け足すと、ルークは頷いた。


「うん」


 同じ返事だった。


 エルナは少しだけ彼の手を強く握り、隣へ寄った。


 通りを、別の馬車が通っていく。車輪の音を聞きながら、四人の帰り道を思った。


 昼には、あの宿へ着くのだろうか。


 また湯に入れたら、次に会う時、ニーナが話してくれるかもしれない。


「宿へ、戻りましょうか」


 ルークを見る。


「うん。戻ろう」


 繋いだ手が、少し持ち上がった。


 エルナも歩き出す。


 朝の通りを、二人で宿へ戻っていった。




評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。