閑話⑤ 「早朝のグリーンアイズ」
第一章終了後の時系列
早朝の市場の、セイザンのアスリィのエルフコンビによるエピソードです
朝一の市場は、どの街でも同じような光景だと思えた。騒がしく客寄せする露店の主。それに誘われてやってくる客。逆にうるさいと悪態をつく者。つまらないことで喧嘩を始める輩。程度の違いこそあれ、人の雰囲気はほぼ見慣れたものだった。
「何か掘り出し物があるといいな」
「そうそう見つからないでしょうけどねー」
朝も早い時間だというのに、かなりの人混みができている。しかし、その合間をスルスルとすり抜ける2つの人影。それは赤毛の少年と、耳の長い少女だった。
セイザンとアスリィ。冒険者パーティの一員として旅をする仲間である。2人とも共通して、緑の鮮やかな瞳を持っていた。森の民と呼ばれるエルフ族の血が入っている証である。ただし、アスリィは純粋なエルフだが、セイザンは先祖にエルフがいただけの、所謂先祖返りだ。
2人は他の仲間と手分けをして、消耗品の補充のために市場にやってきていた。1つの街を拠点にする冒険者も多いが、街から街へ転々とする者もいる。彼らは後者だった。そのような冒険者はとにかく、毎日様々な物を消費していく。そのため、市場に出向く機会は自然と多くなるのだ。
「とりあえずここだな」
2人が立ち寄ったのは、冒険者だけでなく様々な人が足を運ぶ薬屋だ。包帯や傷に効く軟膏の他、解毒や疲労回復効果のある薬草、さらには魔力回復に役立つ水薬も取り揃えている。
2人はそれぞれ、精霊魔術を使う魔法剣士と、神聖魔術を使う神官だ。さらにパーティにはもう1人、黄金色の髪を持つ言語魔術師がいる。魔術を行使する者が3人もいるため、どうしても水薬は必要になる場面が多い。しかし、さすがに効果が強力で、しかも精製にはかなりの労力が掛かることもあり、その価格は1本で平均的な労働者の数日分の給金に相当した。
だから、それを買いに行く担当は《《この2人》》なのである。
「おっちゃん、この水薬、入れ物に傷がついてない? 持ち運ぶ時に割れたら困るんだけど?」
1本手に取った水薬の入れ物。半透明なガラスのそれをじっくり眺めた後、セイザンは店の主人を軽く睨む。
「あーん? そんな傷一つで割れるくらい、うちの商品はヤワじゃないよ。文句があるなら余所行きな。」
店の主人である壮年の男性が答える。見事に禿げ上がった頭を持つ肥満体の男だったが、こんな見た目でも水薬を精製できる魔術師なのである。
「ちょっと、もしもって考えたことある?」
セイザンはきっかけ。今度はアスリィが詰め寄る。
「この水薬1つが割れてしまったせいで、回復魔術が使えずに命を落とす冒険者もいるかもしれないのよ?」
小柄ながら、その気の強さは人一倍だ。見上げられる形になっているが、主人は少し後ずさりしてしまう。
「もしそうなったとして、責任取れるっていうの?」
「そうだそうだ、取れるのか?」
4つの緑の瞳に睨まれ、主人もさすがに口ごもる。実際、冒険者とは常に命懸けの仕事と言っても過言ではない。ほんのわずかな他愛もない事故で、パーティが全滅したなどという話は挙げればキリがない。
「わ、わかったわかった! 不良品ってことで少し安くしてやるよ、まったく...」
勢いに負け、主人は盛大なため息をつく。セイザンとアスリィはその返事を聞き、一転して笑顔を浮かべた。
「ありがとな、おっちゃん! その分、こっちの薬草もまとめて買ってやるから」
「あ、でもまとめ買いするから少し安くしてくれない?」
一度値引きに成功したら後は押しまくるのみ。2人は様々な品をまとめ買いという名目で、かなり安く購入してしまった。
その夜、店の主人が枕を濡らしたのは言うまでもない。
両手いっぱいに荷物を持ち、2人は上機嫌で宿への帰路についた。
「今日もかなりお得にゲットできたな!」
「もう一押しして、もっと安くしても良かったんじゃない?」
「いやいや、あまり攻めるのも良くないって。値切りは長期的に、次の機会を見越してやらないと」
などと軽く言い合いながら歩く。
そう言えば、初めて会った場所も市場だったし、こうして言い合いながら歩いたなと、アスリィは思い出していた。
神殿での修行を終え、街に繰り出した矢先のことだった。先程のように、市場で店主と揉めるセイザンを見かけた。
緑の瞳に、少し尖った耳。エルフに縁のある者だと、すぐに分かった。顔立ちもそこそこ端正な男が、値引き交渉に精を出している姿は、少し可笑しかった。
しかし、アスリィ自身、金銭にはうるさい性格だ。きっかけは忘れたが、エルフでは珍しく街で育った彼女は、昔からお金にはうるさかった。
だから、自分と同じ瞳を持ち、同じ感性をしていそうな彼には、一目で興味を持ってしまった。
気がつけば、その交渉に割って入って、それが原因で口論に発展。そのまま彼の泊まる宿までついて行き、気が済むまで議論を交わしてしまった。
神官らしからぬ行為。しかし、今にして思えば、それは正しかったと思う。こうしてウマが合う相棒のような存在ができたのだから。
エルフ、しかも金銭にうるさい彼女と、ここまで本音で語り合える相手は、これまでいなかった。
「お、アスリィちゃんとセイザン、いま帰りかい?」
不意に後ろから声が掛けられた。見ればパーティメンバーの1人、軽薄そうな長身の斥候がタバコを吹かしながら歩いていた。
「オッサン、あんたの買い物は終わったのか?」
「あぁ、滞りなくな。あとオッサンじゃない」
2人は煙の匂いに顔をしかめつつ、相手の荷物を見る。確かに、頼んでいた品はしっかり買っているようだ。
しかし、アスリィの目は彼の胸ポケットの膨らみを見逃さなかった。
「オッサン、またタバコ買い足したでしょ!?」
アスリィは胸ポケットから素早く、新品のタバコの箱を抜き取ってみせた。この手の嗜好品はかなり高い。最近パーティの金がやたら減ってる気がするのは、明らかに《《コレ》》のせいであった。
「い、いやぁ、ほら、俺の精神安定剤だから...必要経費ってやつよ...」
『不必要経費だ!』
目を泳がせる青年に対し、2人は全くの同タイミングで怒鳴り散らかす。
「おぉ、相変わらず息ぴったりだこと。仲の良いカップルみたいだなぁ」
『誤魔化すな!』
茶化して誤魔化すつもりが、火に油を注ぐ結果になった。宿に戻るまでの間、2人からの説教を受けて、青年はすっかり大人しくなってしまった。
緑の瞳を持つ男女。2人が《《そのような感情》》を持つのは、まだまだ先の話である。




