閑話④ 「酒と煙草とマチュアパーソン」
本編第一章後の時系列
仲間になった斥候のケーベストが、その本音を少し漏らす回です
冷たい夜風が、開いた窓から流れ込んでくる。だがそれが、酒に火照った身体には心地よかった。
窓枠に寄りかかり、外を通る路地を眺めながら、咥えたタバコに火をつける。しばらくした後、吐き出した煙が人気のない通りを流れて行った。
額にバンダナを巻いた長身の青年──ケーベストは、つい今しがたまで続いていた酒宴の余韻に浸っていた。
「久しぶりに騒がしい飯だったぜ」
ここ数年、フリーの斥候として活動してきた彼にとって、今日の宴は実に騒がしく、そして賑やかなものだった。おかげで酒が進み、いつもより酔いが深い気がした。
「それにしても、まさか魔族に遭遇するとはなぁ...」
古代遺跡の事前調査。斥候仲間から賭博で巻き上げた依頼書だったが、現地にておとぎ話でしか聞いた事のなかった魔族に遭遇。これをなんとか撃破した。相当に危険な目にあったが、そのおかげで大量の報酬を得ることができた。今夜はその成功、そして新たなパーティ結成を祝した宴を開いたのだ。
「俺がこんな連中と組むことになるとはね...」
振り返り、冒険者として寝食を共にすることになった若者たちの様子を窺う。
黒髪の少年が、テーブルに突っ伏して寝ている。その顔は幸せそうで、口から涎が垂れていた。こんな有様でも勇猛果敢な剣士であり、少し無鉄砲なところはあるが、その真っ直ぐさは眩しくも見える。
その隣では、赤毛の少年と耳の長いエルフの少女が肩を合わせて寝ていた。現実主義で可愛げのない少年と、強気で口うるさい少女。宴会の席でも、最初は何かと口論していた様子だったが、気がつけば笑い合い、こうして寄り添って寝ている。よほど波長が合うのだろう。2人とも金にはうるさいが、有能な魔法剣士と神官だ。
「あ、ケーベスト...まだ起きてたの?」
ふと、頭上から声がかかった。食堂の2階には宿があり、先にその部屋で休んでいたはずの黄金色の髪の少女が、階段を降りてきたのだ。
穏やかな雰囲気に違わず、心優しい性格の魔術師。思えば彼女の不思議な魅力に惹かれたのが、このパーティに入ることになったきっかけだ。適当にぶらついていた市場で彼女を見かけた瞬間、その黄金色の髪と瞳から目が離せなかった。
「あぁ、一服したら寝るよ」
咥えていたタバコを指して、ケーベストは口角を上げてみせる。
「もう、みんなこんなところで寝て...」
上の部屋から持ってきたのだろう。テーブルで寝ている3人に、それぞれ毛布を掛けてやる少女。呆れた口調とは裏腹に、その顔には慈愛に満ちた笑顔が浮かんでいた。
「ホント、綺麗だな...」
それを見て、つい口から言葉が漏れた。
「えっ、何か言った?」
「いや、別に。それより、そいつらならそのうち起きて、それぞれ部屋に行くと思うよ」
ちょうど吸殻を窓の外に放り、ケーベストはバンダナを外して軽く背伸びした。まだまだ若いと思ってはいるが、何もしていないとすぐに身体が固まってしまう。
「それならいいけど...」
「レイナちゃんこそ疲れてるだろう? 今夜はもう寝ないと」
心配そうに、眠っている仲間たちを見る黄金色の髪の少女。ケーベストは白い寝間着姿の肩に手を置いて優しく語りかけた。
「それとも、俺と一緒に休むかい?」
「えっ...えと...それは...遠慮する...かな...」
苦笑いを浮かべ、レイナはゆっくりと距離をとる。それを追いかけることはなく、青年は肩をすくめてみせた。
「そりゃ残念。じゃあレイナちゃん、おやすみなさい」
「う、うん、おやすみなさい」
小走りで階段を登る少女の背中を見送り。ケーベスト小さく鼻で笑った。10歳以上も歳の離れた彼女に、本気で声を掛けることはない。それでも、つい軽口を叩いてしまう自分の性分を笑いたくなった。
休むとは言ったものの、2本目のタバコに火をつける。そして、カップに少しだけ残っていた酒を煽り、盛大なため息をつく。
「ま、面白くなってきたかもな」
自分から誘ったとはいえ、子供みたいに若い連中ばかりで、わずかながら不安もあった。しかし、1つの仕事をやり遂げた今なら分かる。我ながら人を見る目はあったということだ。
ふと、雲の隙間から月明かりが覗き、青年の顔を優しく照らした。
「《《お前も、いい仲間に巡り会えたか?》》」
その月を見上げながら、ケーベストは誰かに語りかけるように呟いた。
月はゆっくりと、その顔を再び雲の中に隠していった...。




