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閑話⑫ 「囁くアルターエゴ」

第三章終了後の時系列


深層心理の中、謎の「聖女」の力と向き合うレイナを描くエピソードです

 自分の中に、自分ではない何かがいる。

 その感覚は、レイナにとって不安と恐怖でしかなかった。


 最初に感じたのは、あの遺跡調査の時の、魔族との戦い。

 仲間たちが傷付く姿を見たくないと、レイナは強く願った。

 その結果、言語魔術の「拘束バインド」とは異なる力によって、魔族は動きを封じられることになった。


 そして、あの貴族の屋敷で出会った魔族。

 あれを見た途端、自分の中に何かが湧き出す感覚があった。胸の奥から溢れ出す、熱い何か。

 気がつけば、それは身体から金色の光となって放出され、レイナの身体を包み込んでいた。


『邪悪なる者は、全て封じよ』


 そんな声が、ずっと頭の中に響いていた。

 自らの意志に反して身体は動き、圧倒的な力で魔族をその場から消してしまった。


 直後、彼女の意識は暗闇の中に落ちた。


「あの声は何?」

「あの力は何?」

「分からない」

「怖い」

「私は何者なの?」


 真っ暗な空間の中で、そんな自問を続ける。答えなど出ない。

 しかし、自問を止めれば、「あの声の主」に支配されてしまう。そんな気がしてならなかった。


「旅の中で、いつかお前は大きな苦難に直面すると思うわ。でも、絶対に諦めてはいけないからね...」


 ふと、故郷を旅立つ際の、祖母アルテの言葉を思い出した。

 あの言葉は、自分のこの状況を予見してのものだったのだろうか。


 《《アルテは、何かを知っていたのだろうか》》。


 その答えもまた、彼女の中から出るものではない。


『邪悪なる者...魔族を封じよ』


 またあの声が頭に響き渡る。

 レイナは、不安と恐怖で押し潰されそうだった。


「貴方は...一体何なの?」


 とうとう、自らの中にいる「何か」に、直接問い質してしまう。

 果たして、答えは返ってきた。


『聖女...竜の封印を司る者...』

「竜の...封印...?」


 よもや自分の中から返答があるなどと思わず、レイナはその答えの意味が一瞬分からなくなった。

 しかし、すぐに思い当たる。1000年前、竜が魔王を封じたとされる伝説に。


「その封印の力が...私に...?」

『《《今は》》、そなたのもの』


 今は、とはどういう意味なのか。疑問を投げかければ、また別の謎が現れる。

 それでも、1つずつ解いていくしかない。


「ま、魔族が私を狙うのは...その力のせい...?」

『聖女の力で、魔王の封印を解くこと』


 少しずつだが、話が見えてきた。

「聖女」という力は、魔族を封印するだけではなく、封印そのものを制御できるということか。

 この力を使って、魔族たちは伝説の魔王を復活させようとしている。レイナはそう考えた。


「も、もし、魔王が復活したら...どうなるの...?」


 その答えは恐ろしいものになる。そう予想できたが、聞かざるを得なかった。

 そして、その予想は的中する。


『人間は全て滅び、地上は魔族が支配する』


 これまで2度出会った怪物。あんなものに支配された世界など、想像もしたくなかった。


『だから、魔族は全て封じる』

「私が…魔族を…」


 レイナは争いは好まない。できることなら、なるべく血を見るようなことはしたくなかった。しかし、そこから逃げるつもりもない。


 望まぬとも戦わなければならない時は、えてして訪れるものだ。その時、現実から目を背けるようなことを、彼女はしたくなかった。


 だから、仲間たちが傷付くのをただ見てるだけの存在には、なりたくなかった。


「オレは、お前を絶対に守ってみせる」


 黒髪の幼馴染の言葉が頭をよぎる。


 その気持ちは素直に嬉しい。彼はいつも、レイナを第一に考え、そして大切に想ってくれている。真っ直ぐで、明るくて、そして危うい。


 ただ、自分のために彼が無理をして、そして傷付くのは、レイナにはどうしても耐え難いことだった。


 周りの人が傷付くのは見たくない。


 だから──


 守られるだけの存在では、いたくない。


 レイナは、自らの内に秘めていた想いを、ようやく形にすることができた気がした。


 自分の中に、その「聖女」の力があるのであれば、それでみんなを守れるのかもしれない。


「…私は、貴方を受け入れる…!」


 その意志を口にしたと同時に、頭に響いていた声は嘘のように消えた。

 そして、白い光が広がっていくのが見えた。



 不規則な木目が描かれた天井が見える。

 さえずる鳥たちの声が聴こえる。


 レイナは、自分がベッドの上に横たわっていることに気がついた。

 視線だけ移すと、窓からは日の光が柔らかく差し込んでいた。おそらく朝日だろう。


 ゆっくりと、身体を起こす。

 それで、ベッドの縁に身体を預けて寝ている、エルフの少女の存在に気がついた。


「アスリィ…」

「…えっ…あ…れ、レイナ!?」


 声を掛けられ、紫色の髪をしたエルフが飛び起きる。その耳がピクピクと動いて、少し滑稽だった。


「気がついたのね!」


 今にも泣きそうな表情で、アスリィはレイナの手を取り、笑顔を浮かべた。


 自分はどれだけの時間、眠っていたのだろう。

 みんなはどうなったのだろう。


 聞きたいことはたくさんあった。

 そして多分、仲間たちも自分に聞きたいことがたくさんあるだろう。

 夢の中で、何かと会話をした記憶はある。しかし、具体的な内容までは思い出せなかった。


 ただ、1つだけ…


 これまでのような「弱い自分」のままではいられない。

 そんな、漠然とした決意だけが、彼女の胸の中に確かにあった。


「待ってて、みんなを呼んでくるから!」


 アスリィが急いで部屋から出ていく。それを見送り、レイナは大きく息をついた。


「「聖女」…か…」


 その言葉が、どれほどの重みを持つか、まだ彼女は知らない。


 仲間たちがドタドタと走ってくる音が、扉の外から聴こえてきた。

 最初に飛び込んでくるのは、きっとあの黒髪の少年だろう。


 彼女のその予想は、見事に的中した。

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