閑話⑪ 「大人たちのバンケット」
第三章終了後の時系列
再会を喜ぶケーベストとアルバのささやかな酒宴を描くエピソードです
「まさか、お前とこうしてまた会えるとはな」
「…俺の台詞だ」
2人の青年が、エール酒の入った大きなジョッキを合わせる。
片やバンダナを巻いた浅黒い肌を持つ長身の男──ケーベスト。
もう1人は、額に小さな角を生やした色白の男──アルバ。
見た目は対照的な2人だが、穏やかな表情で笑顔を見せ合う様子から、その親密さが窺えた。
王都の下町。その路地裏にある小さな酒場。
ケーベストの馴染みのその店は、角が生えてる程度の客を追い出すような真似はしない、大らかさを持っていた。
そもそも、2人の他に客などいなかったが。
「3年ぶりくらいになるか?」
「…4年ぶり、だな」
ジョッキを煽り、ほとんど一気に飲み干してしまうケーベスト。対して、アルバは少しずつ口に運んでいた。飲み方も対照的である。
「今まで何やってたんだ?」
「…色々と、な」
ケーベストがおかわりを頼みながら尋ねたことに、アルバは静かに返す。ため息混じりのその言葉から、この数年間があまり良いものではなかったと察せられた。
実際、アルバのような角を持つ種族──通称「半魔」は、国中探してもほとんど見ない。
角の生えた不気味な人間に、仕事を斡旋するような人は稀である。
おそらくは、あまり他人に言えないような仕事をしながら、細々と生きてきたのだろう。
彼自身は、ごく普通の人間の両親から生まれた。しかし、その角のせいで忌子として捨てられ、幼少期は孤独に過ごしていた。
その後、たまたま半魔という存在を知っていたとある魔術師に、物珍しさから拾われた。
そして言語魔術を教わりながら、ある程度人間らしい暮らしを経験できたのは、彼にとっての数少ない幸運だったのかもしれない。
半魔は肉体的にも強靭。アルバは魔術よりも格闘術に興味を持ち、独学で技を磨いていった。
彼が成人する頃、魔術師が亡くなった。魔術の実験中の事故によるものだ。
悲しみは特に湧かなかった。自分のことを実験体程度にしか思っていなかった相手だから、それも当然である。
自由となり、外の世界に出たアルバだが、結局は厳しい現実を突きつけられることになった。
角がある、病的に色白な男を、人間扱いしてくれるような者などいない。
裏路地でストリートファイトをして、なんとか日銭を稼ぐ日々。
そこに希望などあるはずもなく、元から錆びついていたアルバの心は、日に日にすり減っていった。
そんな時に、彼と出会ったのだ。
「アンタ、結構強いんだってな」
そんな第一声だったと記憶している。
ゴミ捨て場の脇で、生気のない目をしながら座り込んでいたアルバに、バンダナを巻いた青年が声をかけてきた。
タバコを咥え、ニヤついた表情を浮かべる怪しい人物。そんな第一印象だった。
ケーベストと名乗った男は、フリーの斥候として活動している冒険者崩れだと自己紹介した。ペラペラとしゃべる姿を、その時は少し鬱陶しいと思ったものだ。
彼は街の郊外にある古びた井戸の中に、100年ほど前の貴族が隠した財宝が眠ってるという情報を得ていた。
しかし、それをただの法螺話だとして、信じてくれる者はいなかった。
できれば前衛ができる人員が欲しいと思っていたケーベストは、街で噂になっていた、「やたらと強い喧嘩屋」を訪ねることにしたのである。
貴族の財宝などに興味のなかったアルバは、その誘いを断るつもりだった。
しかし、ケーベストはしつこく勧誘を続けてきた。
いい加減にしろと、アルバはフードで隠していた角を見せて脅したが、何の効果もなかった。
「へぇ、凄いなその角!」
そこには何の偏見もない、澱みのない視線があった。こんな反応をしてくる人間など、アルバは知らない。それに困惑している間に、共に古井戸の底に行くことになってしまった。
「あの時のお前…本当に強引だったな」
「ナンパは押しが肝心って言うだろう?」
3杯目のジョッキを空にしたケーベストが、悪びれもせずに笑う。なお、アルバはようやく1杯目を飲み干したところだ。
ちなみに、その古井戸の底には野生のジャイアントリザードが住み着いていただけで、噂の貴族の財宝などは影も形もなかった。
ただ、それ以降、何かとケーベストはアルバのもとを訪ね、共に冒険者紛いの仕事に付き合わせるようになった。
はじめは暇つぶし感覚だったが、アルバは徐々に、それが楽しいと感じるようになっていった。
「おかげで酷い目に遭った…」
「まぁまぁ、今となっては笑い話だろ」
気がつけば、コンビで様々な仕事をこなし、数年の月日が流れていた。
「何度、お前の尻拭いをさせられたか…」
「それは…いずれ返すって…」
酒好き、煙草好き、そして女好きのケーベストは、訪れる街でたびたび女性関係のトラブルを起こしていた。
それをどうにかこうにか《《穏便に》》解決できたのは、アルバの尽力のおかげであった。
溜まりに溜まったそのツケは、今では大きな1つの「貸し」として、アルバの帳簿にしっかりと記録されている。
「当然だ…だから付いていくと決めた」
アルバは小さく笑みを浮かべ、2杯目のジョッキを静かに煽る。
あの貴族の屋敷で戦った黒髪の少年。あれほどの使い手は初めてだった。
まさか、ケーベストが冒険者パーティを組んでいて、そのリーダー格があの少年だったとは、全く想像の範囲外であった。
「面白い連中だろう?」
「ふっ…」
ニヤリとするケーベストの問いに、アルバは小さく鼻で笑って肯定の意を伝える。
どうせ、女性陣のどちらかに手を出そうとしたのがきっかけで仲間入りしたとか、そういう話だろうと、アルバは内心で推測していた。大当たりだ。
「今度は、他人を巻き込むような騒ぎは起こすなよ…?」
「お、おぉ…気をつけるぜ…」
数年前、ケーベストがある美女に声をかけ、一夜を共にした。
しかし不幸なことに、その美女はお忍びで街に繰り出していた、とある貴族の令嬢だった。怒り狂った貴族に多数の私兵を差し向けられ、アルバも巻き込まれる形で追い立てられることになった。
結局、追っ手を撒くために2人は別行動をとることにしたが、そのまま合流できずにはぐれてしまったのだ。
それが先日、まさかの再会となったわけである。
「何はともあれ、俺たちの再会を祝して、もう一度…」
「…あぁ、乾杯」
ジョッキが打ち合い、小気味の良い音が響く。
2人は昔話に花を咲かせ、そのまま朝まで飲み明かした。
なお、飲み代はアルバが奢ったのだった。




