閑話⑩ 「磨くボーイズハート」
第三章以前の時系列
マークが優勝した剣術大会でのセイザンとの戦いを描くエピソードです
剣が交差する。
硬い金属がぶつかり合う、甲高い音。次いで、鍔迫り合いによる擦れ合う音が静かに響く。
緊迫した空気。しかしそこに、殺意のようなものは感じられない。
剣を握る2人の少年の表情は、実に朗らかであった。
王国の南東部に位置する小さな街。西には王都があり、そこに向かう旅人が途中で立ち寄る、宿場から発展したような街だ。
しかし、その街に今は大勢の人々が集まっていた。
街興しの一環として開かれた、小さな剣術大会。たまたま訪れていた冒険者の多くが、ちょっとした腕試しにと、その大会に参加していた。
マークたち一行がやってきたのも、ちょうどそんな時だった。
参加者は30名ほど。ほとんどが冒険者だ。街の領主の予想より、少しばかり多く集まったが、運営には支障はなかった。
ルールはいたってシンプルで、刃をつぶした剣を用いての打ち合い。気絶するか、降参した方が負けである。当然、相手を殺すことは禁止だ。
「面白そうだな、参加しようぜ!」
「世界一の剣士」を目指すマークにとって、多種多様な相手との打ち合いは願ってもないことだ。参加者募集の看板を一目見て、参加を決めてしまった。
親友のセイザンもそれに付き合うことに。
「本当、お前はこういうのが好きだね」
やれやれと肩をすくめ、興味がない様子だったセイザンだが、優勝者に送られる賞金の額を見てすぐに態度を改めた。
自分かマークのどちらかが優勝すれば、賞金が貰える。ならば確率を上げるためにも参加するべきだと。
「ブレないね、2人とも…」
意気揚々と参加を決めた2人の幼馴染に、レイナは苦笑いを浮かべていた。
彼女と、エルフの神官アスリィ、として斥候のケーベストの3人は、観客席にて試合を眺めていた。女性陣2人に囲まれて、長身の青年はニヤけた表情をしていたが、アスリィの肘鉄でそれが苦悶の表情になったのは、また別の話だ。
「どっちかが優勝して、賞金をしっかりいただいてほしいところね」
レイナは横に立つエルフの少女の目が、ギラギラと輝いてるのを見た。あなたもブレないねと、内心で思ったのは言うまでもない。
試合は予選から始まり、参加者は8人に絞られた。
マークもセイザンも順調に勝ち上がっていたが、準決勝にて、とうとう2人がぶつかり合うことになってしまった。
「で、レイナはどっちを応援するの?」
「えっ?」
特に含みのない質問だったが、レイナはふと考え込んでしまう。
マークとセイザン。村にいた頃、師匠のハミルの元で修業に励んでいた2人の剣は、ほとんど互角だったと記憶している。
どちらも、レイナにとっては大切な友人。片方を選んで応援するなど、彼女にはできなかった。
「ど、どっちも…かな」
「ふーん…アタシはセイザンに勝って欲しいかな!」
「魔術は禁止だし、さすがにマークが勝つんじゃないかぁ?」
言葉を濁すレイナをそっちのけにして、アスリィとケーベストはどちらが勝つかで議論を始めてしまった。
怪我さえしないでくれればいい。黄金色の髪の少女は、それだけを願っていた。
「こうやってやり合うのは久しぶりだな」
「あぁ、もちろん手加減はなしだぞ」
試合開始と共に、2人は互いの全力を持って剣を振るう。マークは2本の剣、セイザンは剣と盾を持ち、一歩も引かない戦いを見せた。
単純な腕力や敏捷性では、マークにやや分がある。しかし、観察眼や洞察力など、セイザンが優れている部分も少なくない。そして、剣の腕はほぼ互角。
最後の決め手となるのは、もはや精神力だ。
マークの素早い2連撃を、セイザンは盾1つで器用に捌く。長年見てきた動きだ。見切るのはそう難しくない。
反撃にと、後ろ手に構えていた剣を叩きつける。しかしそれは、マークが素早く後退したことで、虚しく空を斬った。
そんなやり取りが何度も行われ、その度に観客からの大きな歓声が湧き上がる。
実力伯仲の者同士による勝負。これに盛り上がらないものはいないだろう。
試合が動いたのは、マークが得意の蹴りによる攻撃を絡め始めたからだ。魔術の使用は禁止されていたが、体術はその限りではない。参加者の中には、形だけ短剣を持ちながら、ほとんど格闘術で戦っている者もいたくらいだ。
それまで敢えて封じていた蹴り。セイザンも予想はしていたが、実際に使われるとその厄介さを思い知らされた。
「本当、昔から足癖が悪いな、お前は!」
「金に汚いより何倍もマシだろ!」
などと悪態を吐きながらも、2人の表情は相変わらず明るい。試合ではありながら、そこには昔と変わらぬ、男児による遊戯のような空気があった。
ついに、マークの足払いがセイザンの動きを制した。体勢を崩した相手に、マークは左手の剣を振り下ろす。狙いは胴体。当たれば、まず間違いなくマークの勝利。
しかし、セイザンは崩れた体勢のまま、剣を地面に突き立てる。それを基点に、身体を回転させ、マークの攻撃をすんでのところで躱した。
「なに…!?」
「わざと…だよ!」
足払いを誘い、追撃を回避。逆に体勢の崩れたマークに、セイザンは盾の方を叩きつける。守るばかりが盾の役割ではない。振り回せば、立派な鈍器となる。
意表をついた攻撃。セイザンは自らの勝ちを確信した。
「う…おぉぉっ!」
だが、マークには執念があった。
「世界一の剣士」になる。そのためには、例え親友にだって負けるわけにはいかない。
その心が、彼の身体を突き動かした。
振り下ろした左手の剣を、腕の筋力を総動員して翻す。それが目前に迫っていた盾を見事に弾き返した。
「マジかよ…!」
「おりゃあっ!」
盾での一撃に懸けていたセイザンに、体勢を立て直す術はなかった。
マークが右手の剣を振り下ろす。その瞬間に、彼の意識は途絶えた。
「マーク、優勝おめでとう!」
「あぁ、ありがとう!」
黄金色の髪の少女に祝福され、マークは満面の笑みを浮かべた。
大会は、決勝戦にて大剣を持った戦士を破り、彼が優勝した。
アスリィの「覚醒」で目を覚ましたセイザンは、決勝戦の流れと、表彰される親友の姿を、涼しい顔で眺めていた。
「惜しかったわね」
「いや、魔術禁止の時点で、やっぱりアイツに分があったさ」
悔しくないと言えば嘘になる。しかしそれ以上に、マークの信念の強さを思い知らされ、不思議と心は澄んでいた。
セイザンが剣を覚えようと思ったのは、マークに誘われたからでしかない。彼のように、「世界一の剣士」といった夢があったわけでもない。ただ、彼と共に切磋琢磨することが楽しかった。
「俺も、何か目標があれば、アイツみたいになれるのかねぇ」
そうすれば、もっと親友のような真っ直ぐな目で剣と向き合うことができるかもしれない。セイザンは自らの手を眺めながら、ポツリと呟く。
「とりあえず、アイツに置いていかれるわけにはいかないな…」
いつまでも、少し後ろを歩いてるわけにはいかない。
そう心に決め、赤毛の少年は優勝した親友の肩を叩き、共に笑い合った。




