第三章 前編 「王都」
「封印が弱まってきている」
月明かりが照らす夜。
切り立った崖の上に立つ古城。高くそびえ立つその主塔のバルコニーに、1つの人影が立っていた。
黄金の錫杖を手にした、白髪の男性。しかし外見は若い。せいぜい30代といったところか。
「魔族たちはさらに活性化するだろう」
白髪の男性は眼下に広がる海原を見ている。波がうねりを上げ、岩盤を激しく叩き削っていく。
長い長い年月をかけ、ほんの少しずつ侵食されていく岩肌。それはまるで、竜たちによって施された封印が、徐々に弱まっていく様子を表しているようだった。
「封印を解く鍵...「聖女」を探せ」
その声は男性から発せられたものではない。そして近くに、他の人物の姿もなかった。
何処からか囁くその声に、男性はじっと耳を傾けている。
「全てはお前の「望み」を叶えるため...」
「私の、願い...」
小さく、男性が呟く。表情のなかったその目に、少しずつ感情の光が灯る。
ただしそれは、深い憎悪に満ちた、黒い光とも言うべきものだ。
『人間を、抹殺する...!』
男性の声と、謎の声。2つが重なり、同じ言葉を放つ。
『探せ、捕らえるのだ...「聖女」を...!』
その声に応えるように、1匹の蝙蝠が月夜の空を舞っていった。
あのゴブリン掃討作戦から、半年の月日が流れていた。
マークたち一行は、「巨人討伐者」としてそれなりに名が知られるようになり、様々な依頼をこなしていった。
ある時は、森に住み着いた凶悪な魔獣を討伐。
またある時は、夜の街を騒がせる連続殺人犯を捕縛。
さらにある時は、古代文明の遺跡にて、物珍しい品を多数発見。
それらを通して、マークたちは自らの成長を確かに感じていた。新たな装備を購入・入手したのもあるが、より肉体や精神が研ぎ澄まされていった自覚があった。
セイザンは風の精霊魔術を習得し、足音を消したり、わずかだが飛行する術を覚えた。
アスリィは治癒の効果をより高め、弓の腕前も向上した。
ケーベストも斥候としての技量にさらに磨きをかけ、何度もパーティを危機から救った。
レイナは詠唱の高速化や、魔力効率の良い術式の組み立てを研究し、仲間を支えた。
そしてマークは、より洗練された剣術を練り上げ、小規模ながら、とある街で開かれた剣術大会で、見事に優勝するという活躍を見せた。
全ては、半年前に見た涙を、もう2度と見たくなかったから。
強くなり、守りたいと思うものを守り抜く。
それこそが、彼が目指す「世界一の剣士」の在るべき姿だと、信じて疑わなかった。
大陸の北部に位置する王国。
東西に広い国土を持ち、豊かな自然と肥沃な大地を持つ平和な国だ。
南部に隣接する、大陸屈指の軍事国である帝国からの侵略を受けたのも、すでに過去の話。
戦火の爪痕こそまだ残るものの、民の表情は明るく活気に満ちている。
現在王国を治めている女王シャウナは、剣技に優れた女傑であり、当時王女だった戦時中、自ら前線に立って戦ったとされる人物だ。故に英雄王とも称されている。
齢30に届く頃合いだが、いまだ独り身なのは、彼女の傑物さに釣り合う相手が見つからないから、などど実しやかに囁かれていた。
「ここが王都かぁ」
マークはその活気に目を奪われていた。
これまでのどの街よりも多くの人。中にはドワーフやエルフ、さらに珍しい、獣の耳と尻尾を持つ獣人族まで見られた。
5人でのパーティを組んで7ヶ月ほど。一行は王国の都に足を踏み入れていた。
様々な依頼をこなし、経験や名声を重ねてきたこともあり、そろそろ王都に入ってみても良いのではないかという、ケーベストの提案だった。
「東の街も相当だったが、さすが都は格が違うな」
比較的街には慣れているはずのセイザンやアスリィですら、都の雰囲気に圧倒されていた。人だけでなく、建築物の数やその美しさも、他の街とは一味も二味も違う。
「ま、迷子になったら大変そうだね…」
大通りを歩いているならともかく、少しでも裏路地に入れば、慣れてない者にとってはまさに迷宮。レイナは街の様子に興奮しながらも、不安な声を上げた。
「そうならないためにも、まずは拠点となる宿を探そうじゃないか」
唯一、王都に来たことがあるというケーベストだけは活き活きとしている。土地勘のある彼がいてくれることが、マークたちにとっては何よりも頼もしかった。
「オッサン、あんまり高い宿じゃなくていいんだからな!」
「そうそう、節約は大事よ!」
守銭奴コンビの言葉はいつもと変わらない。ある程度の名声を得て、懐具合もかなり良くなった一行ではあるが、この2人の節約思考のおかげで散財することもなく、良好な経済状況となっている。
「分かってるって。あとオッサンじゃない」
このやり取りもすっかり定番だ。
5人は遠くに見える王城を眺めながら、大通り沿いの宿を吟味していた。
道中、商店に並ぶ品や、露店の甘味などに目を奪われつつも、まずまずの雰囲気の宿を見つけ、そこを拠点とすることにした。
「…あ、悪い、先に行っててくれ」
「どうした、ケーベスト?」
1階は食堂になっている、オーソドックスな造りの宿。
2階の部屋を取り、階段を上がろうとした時、長身の斥候の言葉でマークは怪訝な表情をした。
「ちょっとモクモクタイムってやつよ」
「あぁ…わかったわかった」
指でタバコを吸う仕草をする相手に、マークはやれやれと肩をすくめる。
他の4人も同様で、もう慣れたとばかりにさっさと2階に上がっていった。
「…さて…と…」
仲間たちの姿が見えなくなったのを見て、ケーベストは食堂の一角、旅装束をした中年男性2人が座る席に足を向ける。
「で、あんたらまだ付いてくるわけ?」
テーブルに両手を置き、ニヤリとした笑顔を浮かべる。
男2人は、明らかに不機嫌そうな表情をするものの、何も言わずに手にしていた茶を飲むばかりだ。
半年ほど前、つまりあの巨大ゴーレムとの戦いの後、しばらくしてからこの2人が尾行しているのを、ケーベストは察していた。最初は敢えて知らないフリをしていたが、最近はこうして度々《たびたび》ちょっかいをかけている。
「単なるストーカーってわけでもない…明らかに何かの目的があるよな?」
特に何かをされているわけではない。ただ、遠くから見てくるだけ。それがひたすら不気味だった。
マークたちは気づいていない。いらぬ不安を抱かせたくないと思い、ケーベストも敢えて話していなかった。
「まぁ、俺は別にいいんだけどさ…」
何も言わない2人に構わず、ケーベストは言葉を続ける。
バンダナを巻いた頭をボリボリと掻き、わざとらしくため息をついた。
と、いつ抜いたのか、その手にはダガーがあり、中年男性の片割れの首元に向けられていた。
「あいつらに何かしようってことなら、容赦はしないぞ」
鋭い、そのダガーの切先のような殺意を剥き出しにした目。仲間たちの誰にも見せたことのない表情で、ケーベストは2人を睨みつけていた。
「…っ」
そそくさと、2人が食堂を後にしていく。それを見送り、ケーベストをダガーをそっと懐にしまいこむ。
どうせ、また明日にでもなれば遠くから監視してくる。こんなやり取りが何度も続いていた。
「…ったく、何なんだよ…」
いつもの調子に戻ると、ケーベストは階段へと足を運んでいった。
翌日。
一行の姿は、まさかの貴族の邸宅の中にあった。
応接間というやつだろうか。マークはソワソワとした様子でソファに腰掛け、周囲を見回す。仲間たちも、似たような不安の色をした表情だった。ケーベストだけは、欠伸をするくらいの余裕があるようだが。
様々な調度品が並べられた棚。細やかな刺繍が施された絨毯。壁に掛けられた剣は、飾りとはいえ見事な美しさを持っていて、マークはつい目を奪われた。
「…なんでこんなことになったんだっけ?」
小声で、隣に座る親友に耳打ちする。
「俺が知るかよ…」
落ち着かない様子で、セイザンは腕組みをしていた。
宿に一泊した翌朝、朝食を終えた一行は、いよいよ王都を散策してみるかと準備をしていた。特に女性陣2人のテンションは高く、ゆっくりとウィンドウショッピングを堪能するつもりだったらしい。
ところが、いざ宿から出ようとしたその時、黒い正装に身を包んだ者たちの訪問を受けることになった。ついでに、装飾の施された大きな馬車まで付いてきたものだから、全員が目を丸くしたものだ。
そこから、あれよあれよと馬車に乗せられ、気がつけば貴族の屋敷に連れてこられていたのである。
「確か、イズナー卿の屋敷って言ってたよね…?」
レイナが恐る恐る口を開く。屋敷内を案内された際に、そんな名前を聞いたなと、マークも思い出していた。
「王国じゃそこそこの名家だったはずだぜ」
そこは情報通のケーベストがしっかりと把握していた。
「そんな貴族が、何の用っていうのよ?」
調度品の煌びやかさに目を奪われることもなく、アスリィは不機嫌そうだった。王都の見物という楽しみを台無しにされたのだから、それも当然ではあるが。
と、そこで部屋の扉がゆっくりと開いた。全員の視線がそちらに集中する。
現れたのは、艶やかな黒髪をオールバックに整え、顎髭を上品に蓄えた壮年の男性だった。
「つまり、別な貴族の屋敷に潜入してこいって依頼なわけか?」
宿に戻ってきてから、マークは首を傾げながら、先刻聞かされた話を整理しようとしていた。今は5人全員が1つの部屋に集まっている。
一行の前に現れたのは、屋敷の主であるイズナー卿であった。開口一番、彼は有無を言わせずにマークたちを連れてきてしまったことを謝罪した。何か文句でも言ってやろうかと思っていたマークも、さすがに矛を収める他なかった。
「平たく言えばそういうことだな」
セイザンが軽い調子で答える。
イズナー卿は、あのゴブリン掃討作戦の時に知り合った貴族ラングナー卿の友人であった。かねてから連絡を取り合うほどの仲で、その中でマークたちの話を聞いていたそうだ。
そして、どうしても内密に済ませたい依頼があったことから、それなりに名の知れてきたマークたちのことを思い立ち、その直後に、一行がこの王都にやってきたという情報を得たため、すぐに招くことにしたらしい。
「なかなか強引なやり方だったな…」
マークがボヤく。その件に関しては深く謝罪されたため、その場では何も言わなかったが、モヤモヤした気持ちは残ったままだ。
イズナー卿の依頼自体は至極簡単なもので、郊外に住む弟の屋敷に潜入し、内部調査をして欲しいという内容だった。
詳しく聞くところによると、彼の10歳下の弟が、最近何やら怪しげな男と密談をしているという噂が、貴族の間で立っているのだという。
そしてさらに、その怪しげな男には《《大きな角が生えていた》》という噂もあるのだとか。
「大きな角…」
「まさか、また魔族…?」
レイナもアスリィも、あの遺跡調査の時に戦った巨大な魔族の姿を思い出していた。大きな角を持つ存在など、他に聞いたことがなかった。
「その謎の男の正体も含めて、弟の住む屋敷に潜入して調べて欲しいって話だったな」
ケーベストが締めて、そして全員が腕組みをして唸り声を上げた。
貴族からの、公にはできない依頼。もし本当に、イズナー卿の弟が魔族と繋がっているとしたら、それは家としてなんとしても内密に処理しなければならない問題だ。
下手に兵を動かせば他の貴族に知られることになる。だからこそ、何にも縛られない冒険者を頼る他ない。
当然、口止めも兼ねているため、報酬はかなり高額なものを提示された。
「厄介な話だが、とにもかくにも貴族にツテができるのは悪いことじゃないな」
「…どうする、マーク?」
幼馴染2人、そして長身の斥候とエルフの神官。4人の視線を受けて、黒髪の少年は自らの膝を叩いた。
「よし、やってやろうじゃないか!」
こういう時の最終的な決断は、いつもマークの役目だ。一度決めたことは必ずやり遂げる。そんな彼の性格だからこそ、4人も信頼して任せられる。
そうと決まればと、一行は潜入任務に向けての作戦会議と、事前の情報収集に向けて動き出す。
王都に来て早々の一仕事に、面倒だと思いながらも、マークは心が躍るのを感じていた。




