閑話⑧ 「異端のフォレストガール」
第二章終了後の時系列
レイナがアスリィの過去を知るエピソードです
黄金色の髪と、長く尖った耳が揺れる。
その日は珍しく、レイナとアスリィの2人での外出だった。男性陣3人は、宿屋内にいる冒険者たちの間で始まった「腕相撲大会」に参加していた。
「ホント、男ってバカよねー」
「あはは...」
わざとらしいほどに大きな声で、紫色の髪をしたエルフがぼやく。それに対しレイナは苦笑いを浮かべるばかりだ。
やたらと大盛り上がりな男どもの熱気から逃げるように、2人は街に出て散策することにした。この街に来て1週間ほどになるが、何かと依頼をこなしていて、ゆっくり見物する機会もなかった。
昼下がりの街は、飲食店を中心に活気に溢れていた。客引きの声が、通りの向こうからでも聞こえてくる。そこかしこの店から、香ばしい匂いが漂っていた。
「せっかくだし、どこかでお茶でもしようか?」
両手を合わせ、レイナはどんなスイーツを堪能しようかと思案し、目を輝かせている。
しかし、返ってきた言葉はその思いを容易く砕いてしまった。
「ダメよ、この時間の甘味処なんて、どれもこれも高いんだから」
昼食から少し経ったこの時間帯は、ちょうど彼女たちのようにスイーツを求める女性が増える。その足元を見たような価格で提供される品々に、アスリィは断固として拒否の意志を示した。
「だいたいね、ランチとさほど変わらない値段なのが許せないのよ」
いったい誰に怒っているのか、耳をピンと立てながら、彼女は苛立ちを隠さなかった。
確かに値は多少張るとは思ったが、なかなか同性同士でスイーツを楽しむ機会もなかったため、レイナは期待していた。それをあっさり否定され、がっくりと項垂れてしまった。
「アスリィはどうして、そんなにお金に厳しいの?」
結局、街の広場にある噴水の縁に座り、休憩がてら少し話すことにした。
真っ赤なローブを着た少女と、エルフの少女。少し目を引く組み合わせだったが、この街にも冒険者は多い。通行人からの奇異の視線は、それほどなかった。
「んー、あんまり厳しいつもりはないんだけど」
多分に偏見かもしれないが、エルフといえば森の奥に集落を作って住んでいる者が多い。人間やドワーフとの交流もあるが、あまり街にはいない印象だ。
街に出て神官をやっている。しかも金銭にうるさいエルフなど、レイナはこれまで聞いたこともなかった。
「あ、でもアタシの両親がさ、エルフの中では変わり者だったのよ」
肩をすくめながら、アスリィは困った顔で語り始めた。
アスリィの両親は、元から人間の文化に興味を持つ変わり者の夫婦だった。森を出て、王国の南部にある街に住み、そこで人間と変わらぬ生活をする中で、小さな商店まで営むようになっていった。
そんな2人の間に生まれたアスリィには、人間の中で暮らすのが当たり前でしかなかった。エルフの彼女は、周囲の子供達から珍しい目で見られたものの、持ち前の気の強さと明るさで、すぐに打ち解けていった。
しかし、彼女がまだ幼い頃に、王国の南方に隣接する帝国が、周辺国家へ侵略戦争を仕掛けてきた。当然、国境に程近い街に住んでいたアスリィたちは、戦火に巻き込まれることになった。
家を焼かれ、彼女は両親と共に一時的にエルフの集落がある森に避難し、そこで初めて森の民の文化を目の当たりにした。
「正直言って、退屈だなーって思ったわ」
街での暮らしと比較して、森の生活は彼女にとって刺激の少ないつまらないものでしかなかった。強いて言えば、そこで初めて会った祖父から、弓の使い方を習ったことだけは面白かったが。
数年後、戦争が終結したことを知り、家族は再び街へと移り住んだ。しかし、復興作業に追われる中での生活は、とにかく苦しいものだった。
「多分それで、お金って大事だなって思うようになったのよね」
同時に、森での暮らしで得た知識が大いに役立ったとも思った。特に薬草の知識は、復興作業中に怪我をした人たちの命を何度も救った。
さらに数年経ち、両親は再び小さな商店を構えるようになった。その頃には、アスリィはすっかり守銭奴で気の強い変わり者エルフとして、ちょっとした有名人になっていた。
「その頃かな、神官に興味を持ち始めたのって」
復興した街に、新たに神殿が建てられたのを見て、ふと思いついたアスリィはそこに通うようになっていた。神官たちの使う神聖魔術は、薬草よりも数多くの人を救う手段となると知り、興味を抱いたのだ。
戦火の中、そして復興作業の中で、多くの怪我人を見てきた彼女にとって、人を癒す魔術はとても眩しく見えた。
やがて、本格的に神殿で修業をするようになり、東の街の神殿を紹介された。数年後、晴れて神官として認められた彼女は、街に出て早々にセイザンと出会ったわけである。
「で、気がついたら今に至るって感じよ」
軽い調子で話すアスリィだったが、神官の修業というのはそう簡単なものではないはずである。自分より年下でありながら、一人前の神官として活動している彼女は、相当に努力してきたのだと、レイナは思った。
「そっか、あの戦争を経験していたんだね…」
レイナたちの暮らしていた辺境の村には、戦争の影響はほとんどなかった。どこか遠くで起きている出来事でしかないと思っていたが、ただ自分たちが恵まれていただけなのだと、少し恥ずかしくなる。
「色々大変だったけどさ、なんだかんだ、それも良い経験だったと思うわ」
よっと声を上げ、アスリィは噴水の縁から降りる。
戦火を経験したとは思えないほど、明るく振る舞うその姿に、彼女の強さの一端を見た気がした。自分にもそんな強さが欲しいと、レイナは密かに思いを巡らせていた。
気がつけば、思いのほか時間が経っていた。そろそろ、男性陣の腕相撲も終わってるころだろうか。
「おーい」
と、そこに聞きなれた声がした。見れば通りの向こうから、なぜかボロボロになっている男性陣が手を振っていた。
「...アンタたち、なんでそんなボロボロなのよ?」
怪訝な顔を向けるアスリィに、顔に擦り傷を作ったセイザンが答える。
「いやぁ、思ったより熱くなっちゃって...なぁ?」
「そうそう、それで乱闘騒ぎになっちまって」
頬を腫らした顔でマークが続ける。
「で、あまりに騒ぎになったから、宿のオヤジに叩き出されたってわけよ」
目の周りを青くしたケーベストがあっけらかんと締めくくる。そして男性陣は実に楽しそうに笑った。
「バッカじゃないの!」
あまりに脳天気な男どもに、アスリィが小さな身体でカンカンに怒り出す。その様子を1歩離れたところから見て、レイナはくすりと笑う。
騒がしい、でもそれが楽しい。村にいた頃とはまた違う雰囲気。
いつまでも、こんな景色を眺めていたいと、黄金色の髪の少女は心から思った。




