閑話⑦ 「交わるシークレットフィーリング」
第二章終了後の時系列
激しい戦いの「反動」を受けたマークを、レイナが看病するエピソードです
「痛だだだっ!」
朝からそんな絶叫が宿に響く。
あの廃村でのゴブリン掃討作戦の翌日。古代文明が対魔族用に作り上げた巨大ゴーレムを倒した功労者は、情けない悲鳴と共に朝を迎えた。
「だから無茶って言ったのに...」
全身の《《筋肉痛》》に苦しむ幼馴染の姿に、黄金色の髪を持つ少女──レイナはため息を漏らすばかりだ。
とはいえ、あの時はあのような無茶をしなければ、どのような惨事になっていたか...。それを思うと、何も非難はできなかった。
「し、しっぺ返しがないなんて...そんな美味い話はないか...はは...」
ベッドに横たわる黒髪の少年──マークは、全身を走り抜ける痛みに耐えながら、精一杯の強がりで笑顔を見せる。それは非常に引きつった表情で、人によっては恐くも見えた。
ゴーレムを倒すため、マークはレイナに頼んで身体強化魔術を複数施してもらった。それは人間のもつ身体のリミッターを外し、規格外の身体能力を発揮して、見事にゴーレム打倒を果たした。
当然、そんなことをすれば身体にしっかりと跳ね返ってくる。1日遅れで、マークの全身は悲鳴を上げることになった。
「ま、責任取るってことで、しっかり看病してやりなさいね」
そう言って、2人を部屋に閉じ込めるような形にしたのは、エルフの神官アスリィだ。
マークがレイナに好意を抱いているというのは、まだ付き合いの浅い彼女にもバレバレだ。気を利かせたつもりなのかもしれないが、その表情はニヤついていた。
「そんな身体じゃ何もできないだろうが...まぁ、とりあえず頑張れ」
「何をだよ...痛て...」
赤毛の親友──セイザンの言葉に赤面しかけるも、痛みでそれどころではない。マークは力なく、ベッドに身体を預けるしかなかった。
ちなみに、もう1人の仲間──ケーベストは昨夜から帰っていない。どうせ遊び歩いてるんだろうと、誰も心配していなかったが。
無言。
外から通りを走る子供達の明るい声が聞こえてくるばかり。昔は自分たちもあんな風に遊んでいたのが懐かしい。こうして改めて2人きりになると、途端に声が出なくなった。
「…えっと…」
先に口を開いたのはレイナだ。特に何をするわけでもなく、ベッド脇に置いた椅子に腰掛けて俯いていたが、さすがに沈黙に耐えられなくなったらしい。
「の、喉渇いてない? それとも、お腹空いた?」
こんな状況に、彼女も慣れてはいない。しどろもどろに話すその可愛らしい姿に、マークの緊張は幾分か薄れた。
「あぁ…大丈夫だ」
少し声を張るだけでも痛みが伴う。マークは小さな声でそう答えると、一つ深呼吸をした。
「…レイナ、ありがとう…」
「い、いいんだよ、私の魔術のせいでもあるんだし、これくらい…」
術式をより正確に整えていたら、反動はもっと最小限に抑えられたかもしれない。レイナは自らの未熟さを悔いた。
だが、マークの礼の言葉は、こうして一緒にいてくれることに対してではなかった。
「お前がいなかったら、オレたちはみんな…たぶん死んでたと思う」
彼の声は穏やかだったが、天井を見つめるその眼差しは険しく、そして厳しい。
「それに、あの魔術のおかげで、何というか…自分の目指すべき道が見えた気がしたんだ」
魔術によって強化され、これまでとは全く異なる世界を見たマーク。それは自らが求める「世界一の剣士」の境地への、かすかな道標に思えた。
「だから、ありがとう」
マークはその視線をレイナに移し、今度は声色によく似合う穏やかな笑みを浮かべた。幼馴染の黄金色の髪は、窓から差し込む日差しを浴びて、本物の黄金のように輝いている。
「うん…でも、恐かった…」
真っ直ぐな視線を受け止め、レイナは少しはにかむ。しかし直後、昨日の戦いを思い出し、憂いを帯びた表情を浮かべてしまう。
「あんな思いは、もうしたくないな…」
巨人の攻撃で意識を失った赤毛の少年。そしてボロボロになりながら戦った目の前の少年。2人の幼馴染の姿は、レイナの心深くに大きな傷をつけていた。
だから、自分も2人のため、そして仲間たちのために、その支えになりたい。レイナはかねてから抱いていた想いを口にしようとした。
「分かってる」
しかし、それは苦い表情をしたマークの言葉で遮られた。
「もう、お前にあんな顔はさせない…」
涙に揺れる金色の瞳。昔から大切に想っていた人に、あんな苦しそうな、悲しそうな表情をさせてしまった自分を呪う。
もっと高みに、守りたいと思う人を守れる強さを手にしなければ。かつて師に言われた言葉を思い出しながら、マークは静かに目を閉じる。
しばらく後、目を開いて、再び想い人の目を真っ直ぐに見つめる。
「オレは、お前を絶対に守ってみせる」
「…っ」
レイナは小さく息を呑んだ。この黒髪の幼馴染は、自分のために、これからもっと無茶を重ねていく。そんな宣告を受けた気がした。
しかし、そこには一切の澱みがない。愚直なまでに真っ直ぐな、その眼差しと同じ想いを受けて、否定の言葉を口にするほどの心の強さは、彼女にはなかった。
「うん…ありがとう、マーク」
精一杯の笑顔を浮かべ、レイナはマークの手を握った。
せめて、彼がそんな無茶をする前に、自分がもっと強くならないといけない。彼女もまた、その決意を改めていた。
「あ、れ、レイナ…」
手の温もりを感じ、一気に赤面する少年。慌てて視線を逸らそうと首を急に動かしたせいで、胸から上に激痛が走った。
「いっ…てぇ…!」
痛みで体を強張らせると、また別な箇所が痛くなる。先ほどまでの真面目な表情は一転、苦悶のそれに置き換わり、少年は脂汗を浮かべた。
「ち、ちょっと、大丈夫!?」
慌てて、レイナは彼の肩に手をかける。自然と、2人の顔が近い位置になった。
「あ…」
「う…」
さっと、レイナが身体を離す。その顔は耳まで真っ赤だ。そして全く同じような色をした顔で、マークも俯いてしまった。
沈黙。外からまた、子供達の声が聞こえた。
その時、唐突に部屋の扉が開いた。
「やっほー、具合はどう?」
入ってきたのはアスリィだ。何やら楽しそうに顔を輝かせている。次いで、セイザンが呆れたような顔を出してきた。
「って、あれ、どうしたの2人とも? あ、もしかしてお邪魔だった?」
真っ赤な顔をするマークとレイナを交互に見て、エルフの少女は目をパチパチさせる。同時に長い耳もピクピク動いていた。
「ち、違う違う!なんでもないから!」
「そ、そう、なんでもなっ…痛た…」
慌てて何かを否定する2人。マークはそのせいでまたしても痛みを覚え悶絶した。
「バカ、いいから早く出るぞ」
この2人に限って、何かあるとは思ってない。昔からよく知るセイザンは、出歯亀根性丸出しの相棒の腕を引き、とっとと撤退することにした。
部屋の扉が再び閉まる。
乱入者のおかげで、その空気は多少は和らいだ気がした。
「…なんか、腹が減ってきたな…」
「そ、そうだね。私、食堂で何か買ってくるね」
そう言って、レイナはパタパタとした様子で部屋を後にしていった。
残されたマークは、窓から覗く空を見上げ、大きく息をつく。
「…必ず、守ってみせるさ」
どこかへ行ってしまったのか、外にいたはずの子供達の声は、いつの間にか聞こえなくなっていた。




