第二章 後編 「巨人」
「こ、こいつは...ゴーレム...なのか...?」
雰囲気だけだが、1ヶ月前の遺跡調査の際に遭遇したゴーレムに似ていると、マークはふと零した。色こそ異なるが、魔力の光を放つ目などはそっくりだ。しかし、その威容は比べ物にならない。
「ハハハァッ!古代ノ対魔族用ゴーレムダッ!」
巨人の足元に、あのシャーマンがいるのが見えた。勝ち誇ったような笑みを浮かべ、汚い歯を剥き出しにしている。
「...厄介なものを...」
小さく呟き、青髪の騎士がゴーレムの前に立つ。そして手にする剣を大きく振りかざした。
次の瞬間、竜が象られた剣は、その形を変えていた。
「なっ...?」
マークだけでなく、5人全員がその目を疑う。片手半剣と呼ばれるサイズだったはずのそれは、瞬きをする間に二回りは大きい大剣へと変わっていた。
伝説に聞く竜が象られた剣。ただの虚仮威しではないだろうとは思っていたが、形が変化するなど誰が予想したか。
「無駄ダ無駄ダ! ヤレェッ!」
シャーマンが手を掲げ命令を下す。見ればその手に、赤く輝く宝玉のようなものを持っている。それでゴーレムを操っているのか。
考える間もなく、ゴーレムはゆっくりと動き出す。一歩ずつ、その巨大な足が地面を踏みしめ、大きな足跡を刻む。次いで、胸部に描かれた紋様のようなものが赤く輝き始めた。
「な、なんか分からないが、一旦離れろ!」
セイザンの叫びと共に、マークらはゴーレムから一斉に距離を取った。しかし、青髪の騎士はその場から動かない。
「ダメ、逃げてっ!」
レイナが叫んだ。
そして、ゴーレムの胸部から真っ赤な閃光が迸る。
「ギャアァァァッ!」
わけも分からずその場に留まっていたオーガが、悲痛な声を挙げながら燃え上がる。ゴーレムから放たれた光。それは凄まじい熱量を持つ、熱線とも言うべきものだった。
青髪の騎士も、その赤い奔流に巻き込まれる。
「あ、あれは...!?」
熱気に顔を焼かれそうになりながらも、マークは見た。騎士が持つあの剣が、赤い光をその刀身に吸い上げていくのを。
「す、凄すぎるぜ...」
「何なの、あの人...」
セイザンとアスリィが呆然と呟く。まるで次元の違う戦いを見ているかのようだった。
光が収まる。周囲の廃墟はところどころが熱線によって燃え上がっていたが、青髪の騎士の周囲だけは全くの無傷。彼は大剣を腰だめに構え、ゴーレムへと突撃した。
ガギィィンッ!
耳が痛くなりそうな金属音。
ゴーレムの前腕から斧のような刃が伸び、大剣を受け止めていた。
そこから、1人と1体は幾度となく打ち合う。その度に甲高い音が響き、レイナは自分の耳を押さえた。それでも、青髪の騎士から目を離すことはできなかった。
「あの人...また...」
表情を動かすことなく、青髪の騎士はゴーレムと剣戟を繰り返している。しかし、その顔にはどこか、やはり恐怖の色が見え隠れしているように、レイナには思えた。まるで何かに怯え、必死にそれを誤魔化しているような...。
「...オレたちも加勢するぞ」
ふと、マークが一歩前に出た。先程の熱線の影響で少し煤けた顔を拭い、彼はゆっくりと騎士と巨人のもとへと近づく。
「お、おい、アレに加勢って...足手まといにしかならないんじゃないか...?」
セイザンが冷や汗を流しながらも、マークの後ろに続いた。言いながら彼も感じていたのだ。騎士と巨人の戦いは拮抗している。しかし、相手はゴーレムだ。恐らくは無尽蔵に戦い続けることができる。いずれは青髪の騎士の体力も尽きてしまうだろう。そうなれば、どちらにせよこの場にいる者はゴーレムによって蹂躙される。
「隙を見てヤツの「目」を狙うんだ。きっと、ヤツの弱点はそこだろう」
1ヶ月前に戦ったゴーレムとの類似点を思い出し、マークは剣を握る手に力を込める。そして呼吸を整え、身体能力強化の術を使った。
「...しょうがない、付き合うよ、親友」
やれやれと肩をすくめ、セイザンも剣に雷の力を宿らせた。
「アスリィ、何かあったらすぐ回復頼む」
「...わかった」
セイザンの言葉に、アスリィも覚悟を決めた表情で、一言だけ返す。
「レイナは...」
「分かってる、「魔力付与」するよ」
マークの声を遮り、レイナの魔術が発動。2本の剣に青白い光が宿った。
「じゃ、俺はアイツの背後に回ってみるぜ」
ニヤリと笑顔を見せ、ケーベストは音も立てずに物陰に身を隠した。
そして、マークは決意を秘めた目を、巨人へと向けて叫ぶ。
「行くぞ!」
実際のところ、青髪の騎士と巨人の戦いは一触即発だった。巨人の力は見た目の通りオーガと比べても桁違い。もしその腕を叩きつけられれば、纏っているプレートアーマーなど意味をなさず、肉体は砕け散ることだろう。前腕から伸びる斧も、当たれば容易く胴体を真っ二つにされる。騎士は大剣を巧みに使いこなし、それらの攻撃を受け流していた。
しかし、逆に騎士の攻撃はどれも効果が薄い。渾身の力を込めれば、巨人の身体に傷をつけることも可能だと思われたが、その猛攻の前に隙はなく、牽制のような斬撃を振ることしかできない。
戦いが長引くのであれば、圧倒的に不利な状況と言えた。
それでも、彼は退かない。否、《《退くことができなかった》》。
(あなたは、何をそんなに怖がってるんですか...?)
その脳裏に、黄金色の髪の少女が浮かぶ。そして、さらに別の女性の姿が...。
「よう、手を貸すぜ」
不意に隣から、赤いマントの少年が現れる。2本の剣を構え、巨人と真正面から対峙した。さらにその背後には、赤毛の少年の姿もあった。
「...何をしに来た」
「アイツの弱点はたぶん、目の部分だ」
質問には答えず、マークは必要なことだけを簡潔に伝えた。騎士はそれに対して、眉をほんの少しだけ釣り上げた。
「足手まといなんて思うなよ...これでも魔族を倒したこともあるんだぜ...」
それは事実ではあったが、精一杯の虚勢でもあった。目前の巨人は、あの時倒した魔族をも上回る存在だと感じていた。シャーマンの言う通り、対魔族用に作られたゴーレムであるなら、それも当然か。
マーク、セイザン、そして青髪の騎士の3人は、手にした剣を構え、巨人の動きを待つ。
果たして、大振りに叩きつけられたその腕が空を斬る。3人はそれを躱し、巨人へと肉薄した。
「このっ!」
セイザンが雷を宿した剣を叩き込む。しかし、やはりというか効果は薄い。鋼鉄を超える強度を持つ何かで作られた巨人相手に、彼の剣では力不足だった。
マークの2本の剣も同様だ。魔力で強化されている上、身体能力も底上げしているが、全く歯が立たない。やはり弱点である目を狙うしかないと思えた。
青髪の騎士が再び巨人と打ち合う。マークとセイザンはそれを尻目に1歩引いて体勢を整えた。
「くそっ、やっぱり硬すぎるな...」
痺れた手を押さえ、セイザンが悪態をつく。見れば手にした長剣も、かなりの刃こぼれを起こしていた。多くのゴブリンを相手にし、しかも硬質な巨人に叩きつけたのだ。すでに武器も限界だった。
「っ! マズい、よけろ!」
巨人がその両腕を2人に向けた。それを見て、マークは咄嗟に身を翻す。刀身の破損に目を奪われていたセイザンは、反応が遅れた。
次の瞬間、巨人の前腕が飛んだ。肘の部分から先が、高速で射出されたのだ。硬質、そして超質量のそれを避けきれず、セイザンは声も上げる間もなく大きく跳ね飛ばされた。
「セイザン!」
アスリィたちのもとまで吹き飛ばされた彼は、意識を完全に失っていた。剣も半ばから砕かれ、戦闘不能なのは一目瞭然だった。
「アスリィ! 早く回復してやってくれ!」
「分かってる!」
慌てて、マークも親友のもとに駆けつける。幸いと言うべきか、倒れた赤毛の少年の胸はわずかに上下していた。
「せ、セイザン...」
倒れた幼馴染の姿に、レイナは顔を蒼白にさせている。マークはそれを見て、奥歯をきつく噛み締めていた。
自分はなんて無力なのだ。何が世界一の剣士だ。誰も守れないまま、巨人に殺されるしかないのかと。
青髪の騎士に目を向ける。巨人と互角に渡り合うその姿に、羨望の念を抱いてしまう。あの高みに、自分も辿り着ければ...。
その時、ふとレイナの持つ杖が目に入る。そして、彼女の祖母である魔術師が、かつて語っていた話を思い出した。
「...まだ、手はある...!」
「マーク...?」
再びその目に闘志を燃やした幼馴染の姿に、レイナはうっすらと涙が浮かぶ目を向けていた。彼女にこんな顔をさせてしまった自分の弱さを恥じる。だが、それを忍んででも、やれることがあった。
「レイナ、頼みがある...」
レイナの祖母アルテがかつて語っていた話。
それは、確か数年前のことだったか。祖母から魔術を教わるレイナを見て、マークは疑問を投げかけたことがあった。
「ばあさん、レイナに教えてる...言語魔術だっけ? あれって、どういう魔法なんだ?」
なんてことは無い、単なる好奇心。そんな疑問に、アルテは丁寧に答えてくれた。無論、魔術に関してはからっきしなマークには、ほとんど理解など出来なかったが。
記憶を掘り起こし、その内容を思い出す。確か、かつて竜と魔王の戦いの際に作られた魔術で、自らの意志の力、すなわち魔力を、力ある言語とされる「呪文」を介して解き放ち、現実を思いのまま改変する...そのような感じだったはずだ。つまり、理論上は想像さえできれば、どんなことでも可能とする。精霊魔術や神聖魔術と比較して、高い自由度を持つ魔術なのだ。
だから、マークはある魔術を自分にかけるよう、レイナに頼んだ。
「そんな...無茶だよ!」
それを聞き、レイナは瞳を揺らめかせる。今にも頬に零れそうな涙。しかし、マークの決意は揺るがない。
「無理じゃなくて無茶...じゃあ、できるんだな?」
「で、できる...けど...でも!」
「これしかないんだ!」
躊躇するレイナに、マークは悲痛な表情で口調を強めた。自分の力だけでは、この状況を打開することはできない。守るべきはずの想い人の力を借りなければならないことに、マークは深い悔しさを覚えていた。
「頼む...レイナ!」
一度決めたら、彼はその考えを曲げることはない。小さい頃からの付き合いになる幼馴染だ。それは分かりきっていた。
「...わかった」
ついにレイナも覚悟を決め、マークの背後に立つ。そして、静かに、しかしはっきりとした口調で詠唱を始めた。
青白い魔力の光。それが1つの文字の形を作る。身体強化の魔術式を表す「呪文」だ。その周囲に、具体的な強化対象、強化項目を表す「呪文」が浮かび上がり、1つの魔方陣を組み上げていく。
レイナの詠唱に合わせ、その魔方陣が2つ、3つと増えていった。
「レイナ、まだか...?」
「もう少し待って...術式が複雑...」
改変する現実が複雑であるほど、必要な「呪文」が増え、それに乗せるための意志力、つまり魔力の量も必要となる。魔方陣が増えるほどに、レイナの額に玉のような汗が滲んでいった。
青髪の騎士は、いまだ巨人と激しい戦いを演じている。しかし、着実に押されているのが見て取れた。あれほどの巨体から放たれる力を受け流しているのだ、体力の消耗も相当のはず。
4つ目の魔方陣が組み上がる。レイナの体力もまた限界に近い。息を荒らげながらも、必死に詠唱を続けている。傍らには、セイザンの回復を終え、心配そうに見つめるアスリィがいた。
「だ、大丈夫なの?」
「あぁ...きっと...な」
5つ目の魔方陣が完成した。同時に、全ての魔方陣がマークの周囲を取り囲んだ。そして彼の身体に重なり、1つの光となった。
光は大きく弾け、マークの身体に吸収されていった。
「マーク...できた...よ!」
「あぁ...行ってくる!」
赤いマントが翻り、一筋の閃光となって飛んだ。
5つの魔方陣。それぞれが筋力、敏捷力、動体視力、判断力、そして精神力の強化を示す呪文で作られていた。
身体能力の全てを限界にまで強化されたマークは、今までとは異なる世界に、興奮を隠せなかった。
見るもの全てがゆっくり、そしてはっきりと見える。身体が軽い。手にした剣も、自分の身体の一部になったように重さを感じない。
今ならば、何もかも自分の思う通りになる気さえした。この景色が、自分が目指していた「高み」なのか。
1度の跳躍で、その身体は巨人のもとへ肉迫した。
「あぁぁぁっ!」
雄叫びを上げ、マークは巨人の膝を蹴り上げた。何十倍、いや何百倍もの重量があるはずのその巨体が、大きくバランスを崩す。
「...お前...」
「とっととケリをつけるぞ!」
時間は限られている。マークは青髪の騎士の隣に並び立ち、そびえ立つ巨人を見上げた。
「うぉぉぉっ!」
一足で巨人の頭部まで飛んだ。驚異的な身体能力。常人のそれを遥かに超えた動きだった。
巨人が腕を振り払う。巨大な石柱のようなそれに当たれば、ひとたまりもない。
しかしマークはその腕を、2本の剣を交差させて受ける。たちまち刀身にヒビが入った。しかし同時に、その腕を蹴り上げ、反動でさらに上へと跳んだ。
「こ...ここ...だぁっ!」
巨人の頭上。一瞬、まるで鳥になったかのように、マークは空中の世界を味わう。
直後、2本の剣を深々と、見上げる巨人の両目に突き立てた。
赤い魔力の光が漏れ出す。巨人は1ヶ月前のゴーレムのように周囲を感知できなくなり、その動きを鈍らせる。
「今だっ!」
「むぅ...っ!」
マークの叫びに呼応し、青髪の騎士が大剣をふりかぶる。
渾身の力が込められた刀身が、巨人の胴体を真っ二つに斬り裂いた。
巨人がゆっくりと、その身体を横たえる。それを、シャーマンは信じられないといった様子で後ずさる。手にしていた宝玉も、音を立てて崩れ去った。
「はい、お疲れさん...と」
背後から声。シャーマンが振り返ろうとするが、それは首に突き立てられた短剣に阻まれる。シャーマンの意識はそこで途絶えることとなった。
バンダナを巻いた斥候──ケーベストは、ようやくひと仕事を終えたことを感じて、一息ついた。
首魁であるシャーマンが倒され、さらに切り札であるゴーレムも失ったことが決定打となり、ゴブリンたちは蜘蛛の子を散らすように逃げていった。掃討する予定ではあったが、脅威を退けたということで、作戦は成功とされた。
何より、超巨大ゴーレムを倒したという事実により、マークたちは最大の功労者と賞賛された。
「素晴らしい働きだった。ラングナー卿にも、しかと報告させてもらうぞ」
お目付け役のはずが、結局戦いに巻き込まれてしまったオットーたち。
「すげぇじゃないか! あんなデカブツ、どうやって倒したんだよ!」
負傷しながらも、最後まで戦い抜いたドワーフの若者。自慢の鎧も斧も、歴戦のようにボロボロだ。
多くの歓声を浴び、マークたちは笑顔でそれに応えた。
しかし、黒髪の少年の心は晴れなかった。仲間と共に勝ち取った勝利。それは確かに素晴らしいものだろう。しかし、彼の目指すべき道は違う。何者にも負けず、恐れず、退かずに戦い、そして勝利する。その境地が、まだ遥か先にあることを、この戦いで痛感させられることになった。
黄金色の髪の少女。彼女の涙は、もう見たくなかった。
「なぁ、あんたの名前は?」
その日の夜。街に戻り、ラングナー邸にて作戦成功の酒宴が開かれた。冒険者たちはタダ酒にありつけることをいいことに、飲めや歌えやの大騒ぎだった。
その酒宴から、1人立ち去ろうとする人影。マークはそれを見逃さなかった。
「......」
青髪の騎士は、不意に背後からかけられた声に足を止める。少なくとも、以前のように無視されることはなかった。
「オレはマークだ。オレは...必ずあんたを超えてみせる」
あの時感じた、「高みの世界」。それにもっとも近いのは、マークの知る限り、師を除けばこの男だけだと思えた。ならば、それを超えることが、マークの夢へと近づく道標となるだろう。
しばしの沈黙。それから、騎士は小さく口を開いた。
「...ロア」
それだけ告げ、彼は振り返ることなく去っていく。
マークはその背が見えなくなるまで、じっと見つめていた。
そして、彼のさらに後方の物陰。
黄金色の瞳が、2人の剣士の姿を映し、微かに揺らめいていた。
数日後。
「塔」の一室。あの応接間のような部屋で、屈強な壮年の男──アルベルトはロアからの報告を受けていた。以前、「聖女」捜索の任を下した時と、全く同じ光景。
「接触は避けろと言ったのに...お前ときたら...」
呆れたような物言いをしつつ、アルベルトの顔はやや朗らかだ。他人に興味を示さない目の前の男が、他者と関わりを持ったことが少し面白かったからだ。
「で、どうだった?」
一転、アルベルトはその表情を固くする。ロアのわずかな変化にも興味があったが、それ以上に気がかりなのは「聖女」だ。
「...彼女で間違いないだろう」
ロアは腰に帯びた剣にを手をかけながら答える。あの夜、黄金色の髪の少女に《《この剣が反応していた》》。彼女こそが「聖女」だと、ロアは確信していた。
「...そうか」
しばらく、アルベルトは険しい表情を浮かべ押し黙る。そこに秘められた感情を、ロアは推し測ることはできなかった。
「わかった、しばらくは監視の者をつけよう」
「...確保するのではないのか?」
告げられた言葉に、ロアは疑問を投げかけた。「聖女」の身柄確保は最優先だったのではないかと。
「...まぁ、色々と事情があるんだよ」
複雑な表情でアルベルトははぐらかす。ロアはそれを深く追及せず、部屋から立ち去ることにした。
その背を見送り、部屋に1人になったアルベルトは、大袈裟なくらい深く息を吐いた。
「見つけた...見つけてしまった...か...」
レイナという名の少女。
その運命を思い、アルベルトは心が酷く痛むのを感じていた。




