第二章 中編 「激闘」
廃村までの道のりは約半日。
道中、しばしば雑談を挟みながらも、冒険者各位は警戒した様子で行軍した。
いかに相手が弱小なゴブリンといえど、その数が200もいるとなれば話は別だ。こちらはその10分の1程度の人数しかいない。いつもの気軽な害獣駆除とは訳が違った。
「よし、ここで野営しよう。明朝、作戦開始とする」
やや開けた場所に来た時、装飾のある金属鎧を着た若い男性が言った。冒険者たちのお目付役として同行した、ラングナー卿配下の騎士だ。マークは記憶を辿り、確か名前はオットーだったと思い出した。
「ゴブリンは夜行性だから、朝日が昇る頃合いに寝る...そこを急襲するって感じだったか」
「まぁ、やり方自体はいつもの駆除と変わらないな」
隣を歩いていたセイザンに、作戦の内容を確認する。以前も小規模なゴブリンの群れを駆除したことがあるが、その時も朝方を狙った。
「マーク、お前さん朝に弱いんだから、早めに寝ておけよ」
「う、うるせぇ...」
ケーベストに指摘され、マークは言い返す言葉も見つからずに悪態をつくばかりだった。昔から早起きは苦手なのである。
「ねぇ、レイナ、あの人まだあなたを見てるよ」
「えっ...」
アスリィから耳打ちをされ、レイナは少し驚いた様子で振り返る。
少し離れたところに、あの青髪の騎士が立っている。まるで感情というものが感じられない眼差しを、移動中もずっとレイナに向けていた。
「顔は良いんだけどさぁ、あそこまでじっと見てくるとさすがに怖いよね...」
「そう...だね...」
渋い顔をして言うと、エルフの少女は青髪の騎士に向けて舌を見せて煽った。やはりというか、彼女のことは全く眼中にないようで、何の反応も返ってこなかったが。
レイナはしかし、向けられる眼差しをそこまで不快には思っていなかった。下心のある視線とは、どうしても思えなかったからだ。感情こそ感じないが、何かを探るような意図が見え隠れしていた。
虫たちの声、そして焚き火の爆ぜる音だけが、その場に響いていた。
ゴブリンが根城にしているとされる廃村までの距離はそうない。あまり騒がしくするわけにもいかないため、冒険者たちは静かな夜を過ごしていた。小声で話す者こそいたが、戦いの前夜ということもあり、口数は少ない。食事の後、早々に眠りについた者も多かった。
マークたちも、激しい戦いになることを予想し、いつもより早く休むことにした。高揚して眠れないと言う親友を、セイザンが窘める場面もあったが。
仲間たちが寝息を立てる中、黄金色の髪の少女だけが、その目を閉じられずにいた。毛布にその身を預けてはいるが、眠れる気がしなかった。
ふと周囲を見渡す。いくつかの焚き火が見え、それぞれを他の冒険者たちが囲んでいる。眠っている者が大半だったが、中には武器の手入れをしている者や、素振りをしている者もいた。一応、見張りとしてオットーたち騎士が立っている。
「...あ」
小さく声が漏れる。少し離れたところ。木に背中を預けて座っている、あの青髪の騎士が見えた。さすがに今はレイナに視線を向けていなかったが、眠りについている様子もなかった。ただ、竜の装飾が施された剣をじっと眺めているようだった。
「……」
気がつけば、レイナは音もなく立ち上がり、彼のもとへ近づいていた。自分に向けられる視線の意図も、もちろん気になっている。しかし、彼の持つ剣が目に入った瞬間、奇妙な感覚を覚えた。それが何かを確かめたいと思った時、自然と身体が動いていた。
「...あの」
五歩ほど離れたところから、レイナは小さな声で呼びかけた。騎士は動かない。ただ視線だけ、剣からレイナへと移した。
「あ、あなたは...どうして私を見ていたのですか...?」
意を決した問いかけ。レイナ自身、人見知りしない方ではない。初対面の相手にこうして話しかけるのは、それなりの勇気を要した。
果たして、その勇気が実を結ぶことはなかった。
「...答える気はない」
ただそれだけ。感情こそ感じられないが、明らかな拒絶の意志が込められた言葉だった。マークだったら、きっと今ごろ怒っているだろうと、レイナは内心で想像してしまった。
しかし、彼女はこの程度で引き下がるような人ではない。
「じゃあ、質問を変えます...」
昼間からずっと、ほんの僅かに感じていた違和感。それを確かめるのは今しかないと、レイナを意を決して言葉を続ける。
「あなたは、何をそんなに怖がってるんですか...?」
「...!」
初めて、彼から明確な感情のようなものが窺えた。本当に少しだけ、その目が開かれたのを、レイナは見逃さなかった。
昼に初めて見た時から、青髪の騎士の氷のような表情の中に、怯えのような色が見えた気がした。初めは気のせいかとも思ったが、野営前に見た時も、変わらずその色が窺えた。そして今。剣を見つめる彼から、レイナは確実に「怖れ」の感情を感じ取ったのだ。
「...お前には、関係のないことだ」
髪と同じ黄金色の瞳を真正面に受けて、青髪の騎士は目を逸らした。そしてそのまま、話は終わりだと言わんばかりに、青いマントに身を包んで目を閉じてしまった。
「...そう...ですか...」
これ以上は踏み込んではいけない。そう感じたレイナは、ゆっくりと背を向け、その場を離れる。気にはなるが、自分も明日に備えて早く休まねばならない。青髪の騎士が「何か」を怖れている。それが知れただけでも、収穫だと思うことにした。
「...?」
ふと、視線を感じて振り返る。しかし、騎士は変わらない姿勢で目を固く閉じていた。気のせいかと、レイナは小走りで仲間のもとへ戻っていった。
騎士は確かに目を閉じている。代わりに、彼の持つ剣。その鍔に造形された竜の双眸が、黄金色の少女に向けられていた。
一閃。
赤いマントが翻り、醜悪な緑の人影が倒れる。すぐさま、二刀流の剣士は次の相手に向けて疾走した。
夜がうっすらと明けかけた頃合い。冒険者たちはゴブリンの群れを討伐すべく、住処となった廃村に強襲をかけた。
地面に大の字になって寝ていたゴブリンに、アスリィの放った矢が命中。それが合図となり、20人以上の戦士たちが一斉に仕掛けた。
最初の数体こそ、物音を立てず討つことができたものの、ゴブリンたちとて無警戒ではない。すぐに非常事態と気づき、大声を挙げる者が現れた。
半壊した家々から、続々と緑の人影が飛び出してくる。体格はせいぜい人間の子供ほど。力も弱く、個々の脅威度は高くない。しかし、とにかく数が多かった。
「おいおい、多すぎだろ!」
「200どころか300いるんじゃないの!」
小綺麗な金属鎧を纏ったドワーフが叫び、その仲間である魔術師の女性が続く。聞いていた話より、明らかにゴブリンたちの数は多かった。
「これだけの数...ただ集まったんじゃないな...」
炎を纏った剣でゴブリンの1体を屠り、セイザンは冷静に状況を見ていた。
ゴブリンたちの知能は決して高くない。しかし、その動きには統制のようなものが感じられた。襲撃に気づいて、すぐに警戒を呼びかける早さ。混乱せずに対処する柔軟さ。そして1人に対して必ず複数で襲いかかる戦法。どれも拙いながら、それなりに訓練されたような動きだった。
「オッサン、多分だが、コイツらには親玉がいる」
「あぁ、そうっぽいな...よし、任せろ!」
セイザンの呼び掛けに、ケーベストはすぐに行動を起こす。自らの役割はあくまで斥候。乱戦を掻い潜り、周囲を見渡せる場所を探しに走った。
「マーク!」
「分かってる! ケーベストの合図が来るまで、なんとか耐えるぞ!」
親友の考えなど言わずとも分かる。マークは両手の長剣を振るい、ゴブリンたちを薙ぎ払う。
「魔力矢!」
レイナの放つ魔力の光が、ゴブリンの1体を貫く。さらにそこに、アスリィの矢も突き刺さった。
「ホント...キリがないわね...!」
矢筒の中身を確認しつつ、エルフの少女は悪態をつく。事前に多めに用意していたものの、この調子では遠くないうちに使い果たす。手近に倒れていたゴブリンから、使えそうな矢を引き抜いた。
「レイナ、アスリィ、大丈夫か?」
マークが2人の前に立つ。相当数のゴブリンを倒したが、彼自身も無傷ではない。胴体を守る軽装鎧には無数の傷が付き、額からは一筋の血が流れていた。
「マーク、怪我してる...!」
「すぐ「治癒」するよ!」
「まだだ、このくらいの傷なら問題ない。2人とも、魔力はまだ温存しておくんだ!」
言いながら、近づいてきたゴブリンに剣を叩きつける。
「オレが必ず...守ってみせる!」
自らの闘志を奮い立たせるように言うと、マークは再び突撃していった。その背中を見送ることしかできず、レイナは唇を軽く噛んだ。
「見つけたぞぉっ!」
その時、頭上から声が響く。
教会だったであろう建物。その屋根の上から、バンダナを巻いた青年が手を挙げていた。
廃村のもっとも奥。
もとは広場だったと思われるそこに、石造りの異質な建物があった。明らかに、人間の手で造られたものではない、粗末ながら歪で禍々しい雰囲気。
他の冒険者たちが戦う声を尻目に、マークたちはその建物へと走る。ケーベストが見つけたその建物の前には、3つの人影が見えた。
2つは、人間より遥かに巨大な筋骨隆々の体躯を持っていた。鋭い牙が、その口角の端からはみ出している。ゴブリンと同様、緑の肌を持ちながら、どう見ても格が違った。
オーガと呼ばれる存在だと、レイナが看破した。驚異的な怪力と生命力を持つ、ゴブリンの上位種である。
そしてもう1つの人影。体格はゴブリンとさほど変わらなかったが、石や骨で作ったと思しき様々な装飾を身につけていた。
「あれは、ゴブリンシャーマン!」
黄金色の髪の少女が叫ぶ。ゴブリンたちの中に稀に現れる、知能の高い上位種。精霊魔術を使いこなし、群れの統括者として君臨する者だ。
「あれが親玉ってわけか...」
マークが額の血を拭いながら、その口角を上げる。その視線はシャーマンよりも、明らかに戦闘力に秀でるオーガに向いていた。強敵との戦いを予感し、彼は高揚するのを感じていた。
「あれを倒せば、他のゴブリンの士気も落ちるはずだ」
セイザンが剣と盾を構える。他の冒険者たちも奮戦しているが、何人か負傷しているのを見かけた。このまま長引いては、恐らくジリ貧となるだろう。
「ここで仕留めてやる...ってね!」
先制攻撃。アスリィは素早く矢を番え、シャーマンの頭部に目掛けて放った。
「無駄ダァッ!」
しかし、その矢は目標の手前であっさりと落ちた。まるで、強烈な向かい風に煽られたように。
「精霊魔術...「風障壁」か!」
セイザンが苦々しい表情で言う。こんな醜いヤツが、自分と同じ...否、下手をすればより高度な術を使えると察して、複雑な心境だった。
「レイナ、防御魔法頼む!」
マークが2本の剣を振りかざし駈ける。セイザンもそれに続き、ケーベストはオーガの注意を逸らすべく、ダガーを投げて牽制した。
「障壁!」
青白い魔力の光が、マークとセイザンを包む。緑の巨人の力に対し、どれほどの効果かは分からない。それでも、魔術による支援があると思えば心強かった。
「でやぁっ!」
マークとセイザン、3本の剣がオーガの1体を捉える。分厚い胸板が切り裂かれ、紫色の体液が飛び散る。
しかし、巨人はその程度では止まらない。
「ぐぁ!」
巨人は、手にした丸太のような棍棒で赤毛の少年を襲う。セイザンは咄嗟に盾で防いだが、その膂力の前に、円形の盾は粉々に砕かれてしまった。
「セイザン!」
レイナたちのところまで吹き飛ばされる。すぐにアスリィが「治癒」をかけて回復させ、なんとか事なきを得た。
「これは...厳しいか...!」
身を屈め、ケーベストが巨人の一撃を躱す。彼の持つ短剣では、相手の薄皮1枚傷付けることも困難だろう。
2体のオーガを相手にマークたちは苦戦を強いられた。シャーマンはその様子を、卑劣な笑みを浮かべ眺めている。
そこへ、青い風が吹いた。
「っ!?」
マークは見た。あの青い髪の騎士が、凄まじい速さで跳躍してくるのを。
マークは見た。騎士が持つ、竜が造形された剣が、オーガの大木のような腕を両断したのを。
その場にいた誰もが、その速さと強さに、一瞬とはいえ目を奪われてしまった。
「...逝け」
抑揚のない声。それだけを発すると、青の騎士はさらに剣を一閃した。
オーガの1体が、その場に膝から崩れ落ちた。
「あ、アイツ...あんなに強かったのか...」
アスリィの魔術で回復したセイザンがゆっくり立ち上がる。その目は、青の騎士の動きから離せなかった。
マークも同様だ。その太刀筋の速さと正確さ。そして何より、迷いのなさ。それら全てが、《《彼にとって理想的なもの》》に思えた。
「...くそっ」
とにかく気に食わない嫌な奴。そんな印象しか抱いていなかった相手の剣技を、マークは認めざるを得なかった。その事実に、やり場のない悔しさを抱いた。
「オ、オノレェ...!」
取り巻きのオーガが1体倒され、シャーマンの余裕は一気に吹き飛んだ。そこに、青い騎士が剣を振りかぶり突撃した。
「カァッ!」
眩い光がその場を包み込む。
シャーマンは振り上げた手から、精霊魔術の「閃光」を放ったのだ。マークたち、そして青の騎士も、突然の強烈な光に視力を奪われる。
「アイツ...俺の十八番を...!」
セイザンが悪態をつく中、マークは焦った。このままでは、オーガの怪力で挽肉にされてしまう。
しかし、来るはずの攻撃はなかった。どうやらオーガもまた目を焼かれていたらしい。さすがと言うべきか、シャーマンにオーガと連携して戦うという考えはなかったようだ。
離れていく足音だけが聴こえた。シャーマンは背後にそびえ立つ石造りの建物の中へ、その姿を消していった。
シャーマンにとって、それは全くの偶然だった。
元々はごく少数の群れを率いて、各地を転々としていた。いずれは大勢力を築き、人間たちの生活圏を脅かす存在になる。そんな野望を抱く、ごく普通のゴブリンシャーマンだった。
しかしある時、住処にちょうど良さそうな洞窟を見つけた時、彼の野望は現実へと変わった。
洞窟の最奥。そこに広がる広大な空間に眠る「それ」を見つけたからだ──。
ドォォォンッ!
閃光で焼かれた目が、ようやく回復してきた時、爆発のような凄まじい音が響いた。
「な、なんだ...?」
同時に地面が揺られ、マークたちは足を取られその場に屈むしかできない。見れば、オーガも同じような状態だった。
「お、おい、アレを見ろ!」
ケーベストが指した先で、石造りの建物がガラガラと音を立てて崩れていく。砂埃が巻き上がり、せっかく戻った視界を白く染めた。
「死ネェ、人間メェッ!」
シャーマンの声が聴こえた。そこからは無意識の反射で、マークはその場から飛び退く。一瞬の後、石畳が砕け散った。彼がいた場所に、巨大な何かが叩きつけられたからだ。
その衝撃により、砂埃が吹き飛ばされる。
「う、ウソだろ...」
セイザンが呆然とした声と共に、顔を大きく上に向けた。
マークも、自分が見ているものが信じられなかった。
そこにはオーガの数倍、教会の屋根にすら届きそうなほどの、巨大な「何か」が立っていた。
人の形はしている。しかし、異様に太い手足と、その体躯に不釣り合いなほど小さな頭部。そこから伸びる5本の角。そして赤く輝く目。全身から威圧感を放つ、まさしく「鉄の巨人」だった。




