第2話 魔王、常連になる
魔王が来てから三日後。
俺、モリトモは重大な事実に気づいていた。
客が魔王しか来ない。
「経営としては偏りがすごいな……」
森のカフェ・ヒュッゲラボは、世界樹の根元でひっそり営業している。
木のカウンター三席。
丸太のテーブルひとつ。
メニューはまだ二種類。
* 自重ブレンド
* 月光ハーブティー
終わっている。
カフェとしてメニューが弱い。
「新作考えるか……」
そう呟いた瞬間。
ドン。
ドン。
ドン。
聞き慣れた地響き。
嫌な安心感がある。
「いらっしゃいませ」
森を割って現れたのは、やはり黒い鎧の巨体。
魔王ゼルガディアだった。
しかも今日は慣れた様子で席についた。
「いつものを」
常連か。
来店二回目で常連面する魔王、初めて見た。
「自重ブレンドですね」
「いや、今日は少し滅ぼしたい気分が強い」
物騒な体調報告やめてほしい。
俺はため息をついた。
「では、新作を試します」
《感情抽出を使用しますか?》
使用する。
魔王から漂う苛立ち、責任感、疲労を抽出。
そこへ、俺自身の「まあ落ち着け」の感情を少量ブレンドする。
湯気とともに金色の液体が現れた。
「これは?」
「停戦ラテです」
魔王は黙って飲んだ。
一口。
二口。
三口。
……なぜか泣き始めた。
「え?」
「部下が……誰も有給を取らんのだ……」
魔王軍ブラック企業問題だった。
「みんな忠誠心が高すぎて休まない。余は管理職としてつらい」
想像と違う悩み。
もっと侵略相談かと思った。
「休暇制度あります?」
「年二百日」
多い。
人間界よりホワイトだ。
「なら問題は文化ですね」
前世で染みついた役所モードが出てしまった。
「まず定期面談を――」
「ほう」
魔王が前のめりになる。
なぜ魔王の労務相談してるんだ俺。
その時だった。
ガサリ、と森が揺れた。
白銀の鎧を着た青年が現れた。
背に聖剣。
眩しい。
どう見ても勇者。
青年は剣を抜いた。
「魔王ゼルガディア!ここにいたか!」
「ぬう、勇者アレス」
いや待て。
店内でエンカウントするな。
俺は叫んだ。
「店内で戦闘禁止です!!」
二人が止まる。
「ここは中立喫茶です」
思わず口から出た。
中立喫茶って何だ。
勇者は怪訝そうに俺を見る。
「貴様は?」
「店主モリトモです」
「魔王に与する者か?」
「いや、ただのバリスタです」
沈黙。
魔王がぼそりと言った。
「この者のコーヒーは良い」
勇者が固まる。
魔王にコーヒーレビューされる主人公、珍しいと思う。
俺は勇者にも一杯差し出した。
「……飲みます?」
「毒ではないだろうな」
「喫茶店で毒は出しません」
《感情抽出》発動。
勇者の緊張、使命感、孤独。
それを優しく抽出する。
完成。
「和解ブレンドです」
勇者が飲む。
沈黙。
……目が潤んだ。
「師匠が厳しくてつらい」
お前もそっちか。
なぜ敵対勢力のトップ同士がメンタル相談になる。
魔王が腕を組んだ。
「勇者よ」
「何だ」
「有給は取るべきだ」
「……そうかもしれん」
なんだこの会話。
さっきまで殺し合う空気だったのに。
俺は気づいた。
この店、もしかして戦争を止める場所になるんじゃないか?
いやいや。
考えすぎだ。
その時、魔王が言った。
「モリトモ」
「はい?」
「この店、悪くない」
勇者もうなずく。
「……また来る」
魔王と勇者が一緒に帰っていく。
並んで。
聖と魔が肩を並べて。
シュールすぎる。
俺は呆然と見送った。
テーブルには銀貨二枚。
そして紙が残されていた。
『次回、停戦条件を持参する』
……次回って何。
外交会議の予約入った?
俺は看板を見上げた。
森のカフェ・ヒュッゲラボ。
ただコーヒーを淹れているだけなのに。
なぜか、和平交渉の会場になりつつあった。
「……経営としては、まあ繁盛か?」
その日、新メニューが増えた。
停戦ラテ
おすすめ欄にはこう書いた。
飲むと戦争したくなくなる場合があります。




