第91話「十年目の秋」
気づけば——残響庭園の仕事を始めて、十年が経とうとしていた。
◇
柊は——三十六歳になっていた。
玲との結婚から——四年。
二人の間に——子どもはいなかった。
でも——残響たちが、家族のような存在だった。
「柊——」
玲が声をかけた。
「どうした——」
「来週——結婚記念日だね」
「ああ——もう四年か」
「早いね——」
玲は微笑んだ。
「どこか——行く?」
「そうだな——」
柊も微笑んだ。
◇
桜の園は——大きく変わっていた。
「常在の繋がり」システムが——ほぼ全ての残響に適用されていた。
記憶の雨のような——大規模な異変は、起きなくなっていた。
「残響たちが——安定してる」
田所が報告した。
「『帰りたい』という訴えも——激減してます」
「よかった——」
「水無瀬さんと玲さんのおかげです」
「俺たちだけじゃない。みんなの——努力だ」
柊は窓の外を見た。
秋の空が——高く澄んでいた。
◇
しかし——新たな問題も、浮上していた。
「水無瀬さん——ちょっと、いいですか」
田所が深刻な表情で言った。
「どうした——」
「長期間存在していた残響が——成仏を希望し始めてます」
「成仏——」
「はい。『帰りたい』じゃなく——『終わりたい』と」
柊は眉をひそめた。
「何人くらいだ——」
「今のところ——十人程度。でも、増えるかもしれません」
「理由は——」
「様々です。でも——共通しているのは」
田所は言葉を選んだ。
「『十分に生きた』と——感じている人たちです」
◇
柊は——成仏を希望する残響たちに、話を聞いた。
最初に会ったのは——八十代の男性の残響だった。
「山本さん——成仏を、希望されていると」
「ああ——」
山本は穏やかな表情をしていた。
「もう——十五年になる。ここにいて」
「長いですね——」
「ああ。妻も——三年前に、来てくれなくなった。体を壊してな」
「……」
「でも——寂しくはない。みんなと、繋がってるから」
「じゃあ——なぜ、成仏を」
山本は微笑んだ。
「十分だと——思うんだ」
「十分——」
「俺は——もう、やりたいことを、やった。会いたい人にも、会えた」
「……」
「だから——そろそろ、いいかなって」
柊は——何も言えなかった。
◇
他の残響にも——話を聞いた。
全員——穏やかな表情をしていた。
「寂しくない——」
「みんなと——繋がれたから」
「だから——安心して、終われる」
柊は——複雑な気持ちだった。
残響たちが——成仏を望んでいる。
それは——悲しいことなのか。
それとも——幸せなことなのか。
「玲——」
夜、柊は玲に話した。
「成仏を希望する残響が——増えてる」
「聞いた——」
「どう思う——」
玲は考え込んだ。
「わからない。でも——」
「でも?」
「彼らが——満足しているなら」
玲は柊を見た。
「それは——悪いことじゃないのかもしれない」
柊は——黙って、窓の外を見た。
秋の夜空に——星が輝いていた。




