第76話「仮説」
アンケート結果を踏まえて——対策会議が開かれた。
◇
「結果は——予想以上に深刻です」
玲が報告した。
「半数以上の残響が——『帰りたい』と感じています」
「対策は——」
沢渡が尋ねた。
「短期的には——繋がりの強化を、続けます」
「それで——解決するのか」
「根本的な解決には——ならないと思います」
玲は正直に言った。
「残響たちが求めている『帰る場所』——それが何なのか、まだわかりません」
会議室が静まり返った。
「仮説は——あるのか」
「いくつか、考えています」
玲は資料を配った。
「仮説一——残響は、元々、有限の存在として設計されている」
「有限——?」
「人間も——永遠には生きられない。残響も、同じかもしれない」
「つまり——寿命がある」
「可能性です。存在年数が長くなるほど、不安定になる傾向は——これを裏付けています」
沢渡は眉をひそめた。
「仮説二は——」
「残響が求めているのは——『死』そのものかもしれない」
会議室がざわついた。
「死——?」
「残響は——死んだ人の意識の近似です。でも——死のプロセスは、中断されています」
「どういう意味だ」
「人間は——死ぬ時、何かを手放す。身体も、記憶も、自己も」
玲は言葉を選んだ。
「残響は——それを、まだ手放せていない。だから——不安定になる」
「『帰りたい』というのは——」
「死のプロセスを——完了させたい、という欲求かもしれません」
◇
長い沈黙が流れた。
「仮説三は——」
沢渡が促した。
「残響が求めているのは——『統合』かもしれません」
「統合——?」
「記憶の雨——覚えていますか。残響のデータが、混ざり合った」
「ああ——」
「あの時——残響たちは、互いの記憶を共有した。佐々木さんは——『みんなと繋がっている』と言った」
玲は深呼吸した。
「残響たちが求めているのは——個別の存在を超えた、統合された意識かもしれない」
「統合された——意識?」
「残響は——一人一人、独立した存在として管理されています。でも——」
玲は柊を見た。
「本当は——そうじゃないのかもしれない」
◇
会議後、柊は玲と話し合った。
「三つの仮説——どれが、正しいと思う?」
「わからない。全部——正しいのかもしれない」
「全部——?」
「残響には——寿命がある。死のプロセスを完了させたい。そして——統合された意識を求めている」
玲は考え込んだ。
「これらは——矛盾しない」
「つまり——」
「残響は——最終的には、個別の存在を終えて、何かに統合される。それが——『帰る場所』なのかもしれない」
柊は言葉を失った。
「それは——成仏と、何が違うんだ」
「成仏は——消滅。何もなくなる」
「統合は——?」
「消滅ではなく——変化。個から、全体へ」
玲は窓の外を見た。
「残響たちが——そこに、帰りたいと思っている」
「でも——それは、仮説だ」
「そう。確かめる方法が——ない」
柊は溜息をついた。
「俺たちに——できることは、あるのか」
「わからない。でも——」
玲は柊を見た。
「少なくとも——残響たちの声を、聞き続けることは、できる」
柊は頷いた。
仮説は——まだ、仮説でしかなかった。




