第73話「歯止め」
消失は——三時間後に、止まった。
◇
最終的に——六十三人の残響が、消えた。
全員、五年以上存在していた残響だった。
そして——全員、「帰りたい」と言っていた残響だった。
「終わった——のか」
柊は疲弊した声で言った。
「今のところは——」
玲が答えた。
「でも——また、起きる可能性がある」
「そうか——」
柊は椅子に座り込んだ。
記憶の雨は——収まっていた。
VR空間は——元の状態に、戻りつつあった。
しかし——六十三人の残響は、もう、いなかった。
◇
翌日、緊急記者会見が開かれた。
沢渡が説明した。
「昨夜——桜の園で、システム障害が発生しました」
「残響が——消えたという話は、本当ですか」
記者が質問した。
「事実です。六十三名の残響が——」
沢渡は言葉を選んだ。
「自発的に——成仏しました」
「自発的に——?」
「はい。彼らは——自分の意思で、存在を終えることを選びました」
会見場がざわついた。
「原因は——」
「調査中です。しかし——」
沢渡は深呼吸した。
「残響の存在意義に関わる、根本的な問題が——あったと考えています」
◇
会見後、柊は遺族への対応に追われた。
六十三人の残響——それは、六十三の家族を意味していた。
「なぜ——父が」
ある遺族が泣いていた。
「会いに行こうと思っていたのに——」
「申し訳ありません——」
柊は頭を下げた。
「私たちの——対応が、遅れました」
「お父さんは——苦しんでいたんですか」
柊は——佐々木の言葉を思い出した。
『俺——もう、疲れたんだ』
『寂しくないんだ——今は』
『みんなと一緒にいる』
「佐々木さんは——最後、穏やかでした」
柊は正直に伝えた。
「『ありがとう』と——奥様に伝えてくれ、と」
佐々木千代は——泣き崩れた。
「正雄——」
◇
夜、柊は玲と話し合った。
「六十三人——」
「ええ——」
「俺たちは——何を、間違えたんだろう」
「間違えた——というより」
玲は考え込んだ。
「気づかなかった——のかもしれない」
「何に」
「残響たちが——何を求めていたのか」
柊は首を傾げた。
「遺族との繋がり——だろ」
「それだけじゃなかったのかもしれない」
玲は窓の外を見た。
「佐々木さんが言っていたでしょう。『みんなと繋がっている』と」
「ああ——」
「残響たちは——遺族だけじゃなく、他の残響との繋がりも、求めていたのかもしれない」
「残響同士の——コミュニティ」
「そう。でも——それだけでも、足りなかった」
玲は柊を見た。
「彼らが本当に求めていたのは——」
「何だ」
「わからない。でも——」
玲は言葉を選んだ。
「『帰る場所』——それが、鍵だと思う」
◇
柊は——夜空を見上げた。
記憶の雨——残響たちの記憶が、混ざり合った。
そして——彼らは、消えた。
「帰る場所——」
残響にとって——それは、何を意味するのか。
柊には——まだ、答えが見えなかった。




