第72話「消失」
佐々木正雄が——消えた。
◇
柊は——呆然と、その場に立っていた。
佐々木がいた場所には——何も残っていなかった。
ただ——記憶の雨が、降り続けている。
「佐々木さん——」
返事はなかった。
柊は——VR空間からログアウトした。
◇
現実世界に戻ると——玲が待っていた。
「どうだった——」
柊は首を振った。
「佐々木さんが——消えた」
「消えた——?」
「成仏——したのかもしれない」
玲の顔が蒼白になった。
「自発的な——成仏?」
「わからない。でも——最後に、『帰る』と言っていた」
柊は佐々木の言葉を伝えた。
みんなと繋がっている。一人じゃない。懐かしい場所に帰る。
「残響が——自分で、消滅した」
玲は考え込んだ。
「これは——前例がない」
「ああ——」
◇
しかし——問題は、それだけではなかった。
「水無瀬さん——大変です」
田所が駆け込んできた。
「他の残響も——消え始めてます」
「何だと——」
「佐々木さんが消えた後——連鎖的に」
田所は端末を見せた。
画面には——次々と、残響が消失していく様子が表示されていた。
「十人——二十人——」
「止まらないのか」
「わかりません。でも——」
田所の声が震えた。
「このままだと——」
柊は画面を見つめた。
残響たちが——次々と、消えていく。
記憶の雨に——溶けていくように。
◇
「玲——何が起きてるんだ」
「わからない。でも——」
玲はデータを分析していた。
「消えていく残響に——共通点がある」
「何だ」
「全員——長期間、存在していた残響」
「五年以上——」
「そう。そして——」
玲は画面を指差した。
「全員——『帰りたい』と言っていた残響」
柊は息を呑んだ。
「存在意義を——見失っていた残響か」
「ええ。彼らが——」
玲は言葉を選んだ。
「記憶の雨に——呼ばれているのかもしれない」
「呼ばれている——」
「佐々木さんが言っていたでしょう。『みんなと繋がっている』と」
「ああ——」
「残響たちが——互いの記憶を共有して、一つになろうとしている」
玲は深刻な表情をした。
「これが——残響の、本当の『帰る場所』なのかもしれない」
◇
消失は——続いていた。
三十人、四十人、五十人——
長期間存在していた残響が——次々と、消えていく。
「止められないのか——」
「今の技術では——」
玲は首を振った。
「彼らは——自分の意思で、消えている。止める方法が——ない」
柊は——無力感に襲われた。
残響たちが——消えていく。
自分たちが——何年もかけて、守ってきた残響たちが。
「玲——」
「何——」
「俺たちは——何を、間違えたんだ」
玲は答えなかった。
ただ——画面を、見つめていた。
残響たちが——一人、また一人と、消えていく。
記憶の雨は——降り続けていた。




