第70話「緊急事態」
桜の園に着いた時——状況は、さらに悪化していた。
◇
「水無瀬さん——大変です」
田所が駆け寄ってきた。
「漏洩が——止まりません」
「どのくらいだ」
「全ブロックに——波及しています」
柊は——言葉を失った。
「全ブロック——」
「はい。しかも——漏洩量が、増えています」
田所は端末を見せた。
画面には——赤い警告が、点滅していた。
「このままだと——システムに、影響が出ます」
「システムに——?」
「残響の境界が——完全に崩壊するかもしれません」
◇
玲も到着した。
「状況は——」
「最悪だ」
柊が答えた。
「全ブロックに——漏洩が波及してる」
玲は端末を確認した。
「これは——」
彼女の顔が蒼白になった。
「何だ——」
「記憶の漏洩が——加速してる。指数関数的に」
「どういう意味だ」
「このままだと——数時間以内に、システムが飽和する」
「飽和——?」
「残響のデータが——混ざり合って、区別がつかなくなる」
柊の心臓が凍りついた。
「そうなったら——」
「残響たちの——個別の人格が、失われるかもしれない」
◇
緊急対策チームが編成された。
技術者たちが——必死で対策を講じていた。
「データの隔離を——試みています」
「効果は?」
「一時的には——効果があります。でも——」
技術者は首を振った。
「根本的な解決には——なりません」
玲が考え込んだ。
「漏洩の——源を、特定できる?」
「源——?」
「最初に——漏洩が始まった残響」
技術者は端末を操作した。
「Cブロックの——佐々木正雄。最初の活性化を記録した残響です」
「佐々木さん——」
柊が呟いた。
「彼に——話を聞けば、何かわかるかもしれない」
「危険じゃないか——」
「でも——他に、方法がない」
玲は柊を見た。
「行くの?」
「ああ——」
柊は決意した。
「佐々木さんに——会いに行く」
◇
柊は——VR空間にログインした。
佐々木の空間——田舎の古民家。
しかし——様子が、おかしかった。
空間が——歪んでいる。
色が——滲んでいる。
そして——雨が、降っていた。
普通の雨ではない。
雨粒の一つ一つが——光っている。
まるで——記憶の欠片のように。
「これは——」
柊は——言葉を失った。
雨粒に触れた瞬間——映像が、脳裏に流れ込んできた。
誰かの——記憶だった。
死の瞬間——病院のベッド。家族の泣き声。最後の呼吸。
「うっ——」
柊は頭を抱えた。
これが——記憶の漏洩。
残響たちの記憶が——雨のように、降り注いでいた。




