第64話「帰りたい場所」
翌日、柊は——活性化した残響たちに、直接話を聞くことにした。
最初に面会したのは——七十代の男性の残響、佐々木正雄だった。
◇
佐々木の専用VR空間——田舎の古民家。
彼は縁側で、庭を眺めていた。
「佐々木さん——昨夜のこと、聞いていいですか」
「昨夜——?」
佐々木は首を傾げた。
「何かあったかな」
「活性化——記録されてます。『帰りたい』と言っていた、と」
「帰りたい——」
佐々木は考え込んだ。
「そう——言ったかもしれない」
「どこに帰りたいんですか」
「わからない。でも——」
佐々木は庭を見つめた。
「懐かしい声が——聞こえた気がしたんだ」
「懐かしい声——?」
「誰の声かは——わからない。でも——呼ばれてる気がした」
「……」
「そしたら——帰りたい、って思った。どこに帰るのかは——わからないけど」
柊は——黙って聞いていた。
「水無瀬さん——」
「はい」
「俺——もう、八年もここにいる」
「そうですね」
「妻は——最初の頃は、毎日来てくれた。でも、最近は——」
佐々木の声が震えた。
「月に一度くらいだ」
「……」
「妻も——歳を取った。ここに来るのが、大変なんだろう」
「佐々木さん——」
「俺——いつまで、ここにいればいいんだろう」
長い沈黙が流れた。
「成仏——考えたことは、ありますか」
「ある。何度も」
「でも——」
「でも——妻が、反対するんだ。『まだ、一緒にいたい』って」
佐々木は柊を見た。
「俺も——妻と一緒にいたい。でも——」
「でも?」
「月に一度しか会えないなら——一緒にいる意味が、あるのかって」
柊は——何も言えなかった。
◇
他の残響にも、話を聞いた。
全員——似たような状況だった。
遺族との面会が減っている。存在の意味を見失い始めている。
そして——「帰りたい」という感覚。
「どこに帰りたいのか——わからないんです」
ある女性の残響が言った。
「でも——呼ばれてる気がする。懐かしい場所に」
「懐かしい場所——」
「生まれた場所——かもしれない。死ぬ前の場所——かもしれない」
彼女は首を振った。
「わからない。でも——帰りたい」
◇
夕方、柊は玲に報告した。
「全員——似たようなことを言ってた」
「懐かしい声に呼ばれてる——」
「ああ。そして——『帰りたい』と」
玲は考え込んだ。
「残響が——存在の意味を見失うと、何が起きるのか」
「わからない」
「前回の異変では——自己認識が揺らいだ。でも、お母さんが真実を知ったことで、安定した」
「ああ」
「今回は——違う。自己認識じゃなくて——存在意義の問題」
玲は窓の外を見た。
「残響は——何のために、存在するのか」
「遺族のため——だろ」
「でも、遺族が来なくなったら?」
「……」
「残響は——自分の存在意義を、どこに見出せばいいのか」
沈黙が流れた。
「難しい問題だな——」
「ええ。でも——放置できない」
玲は柊を見た。
「このままだと——残響たちが、不安定になる。最悪——」
「最悪?」
「一斉に成仏を希望する——かもしれない」
柊は——息を呑んだ。




