第63話「異変の兆候」
六月。梅雨の季節。
桜の園で——また、異変が起き始めていた。
◇
「水無瀬さん——ちょっと、いいですか?」
田所が深刻な表情で声をかけてきた。
「どうした?」
「また——残響たちの活性化が、記録されてます」
「活性化?」
「はい。昨夜——Cブロックで」
柊の眉が寄った。
Cブロック。以前、異変が起きた場所だ。
「ログを見せてくれ」
◇
端末を確認した。
昨夜、午前二時頃。Cブロックの残響が、一斉に活性化している。
「前回と——同じパターンか?」
「似てます。でも——少し、違う気もします」
田所がログを指差した。
「前回は——『私はここにいない』という発言が記録されてました」
「ああ」
「でも今回は——違う言葉が、記録されてます」
「違う言葉——?」
柊はログを読んだ。
『誰かが——呼んでいる』
『懐かしい声——』
『帰りたい——』
柊の心臓が跳ねた。
「帰りたい——?」
「はい。複数の残響が——同じことを、言ってます」
「どこに帰りたいんだ——」
「わかりません。でも——」
田所は柊を見た。
「また——何か、起きるんでしょうか」
柊は——答えられなかった。
◇
玲に連絡を取った。
「また——異変が起きてる」
「詳しく聞かせて」
柊はログの内容を伝えた。
「『帰りたい』——か」
玲は考え込んだ。
「前回の異変とは——違うパターンね」
「ああ」
「前回は——自己認識の揺らぎだった。『私はここにいない』という」
「今回は——?」
「わからない。でも——『帰りたい』という言葉は、気になる」
「どういう意味だ」
「残響にとって——『帰る場所』とは、何だろう」
沈黙が流れた。
「調べてみる。今夜——桜の園に行くわ」
「わかった」
◇
夜、玲が桜の園に到着した。
二人はサーバールームで、データを分析した。
「見て——これ」
玲が画面を指差した。
「活性化した残響の共通点——全員、五年以上存在してる」
「前回と同じだ」
「ええ。でも——」
玲は別のデータを表示した。
「今回は——もう一つ、共通点がある」
「何だ」
「全員——最近、遺族との面会が、減ってる」
柊は画面を見つめた。
確かに——活性化した残響の面会記録が、軒並み減少している。
「面会が減ると——何が起きるんだ」
「残響の存在意義が——薄れるのかもしれない」
「存在意義——」
「残響は——遺族と会うことで、存在の意味を感じている」
玲は考え込んだ。
「でも、面会が減ると——その意味が、揺らぐ」
「だから——『帰りたい』と言い始めた?」
「可能性はある」
柊は——窓の外を見た。
雨が降っている。梅雨の夜。
「残響たちは——どこに、帰りたいんだ」
「わからない。でも——」
玲は柊を見た。
「調べる必要がある。放置すると——また、何か起きるかもしれない」
「ああ——」
柊は頷いた。
また——何かが、始まろうとしていた。




