第60話「前夜」
結婚式の前夜。
柊と玲は——二人で、静かな時間を過ごしていた。
◇
「明日——だね」
玲が言った。
「ああ——」
「緊張してる?」
「少し」
「私も」
二人は——窓の外を見つめた。
外では——桜が咲き始めていた。三分咲きくらい。
「明日——満開になるかな」
「なるといいな」
「お母さんが——見てくれてるみたい」
柊は微笑んだ。
「そうだな——」
◇
「柊——」
「何?」
「明日のこと——不安、ある?」
「不安——?」
「結婚して——変わっちゃうことが、怖くない?」
柊は考えた。
「怖くない」
「なぜ——」
「玲と一緒なら——何があっても、大丈夫だから」
「柊——」
「俺——玲と出会い直せて、よかった」
柊は玲を見つめた。
「母さんの残響の異変がなかったら——玲と再会することも、なかった」
「……」
「だから——全部、意味があったんだと思う。辛いことも、悲しいことも」
「柊——」
「明日——新しい人生が始まる。玲と一緒に」
柊は玲の手を取った。
「俺——楽しみなんだ」
玲の目から、涙がこぼれた。
「私も——楽しみ」
「泣くなよ——」
「だって——嬉しいんだもん」
二人は——抱き合った。
明日への期待と、少しの緊張。
新しい人生への——第一歩。
◇
夜が更けた。
玲は先に眠ってしまった。
柊は——一人で、窓の外を見ていた。
「母さん——」
空に向かって、小さく呟いた。
「明日——結婚するよ」
「……」
「見守っててね」
星が瞬いていた。
母が——どこかで、見てくれている気がした。
「ありがとう、母さん」
柊は目を閉じた。
「俺を——ここまで、育ててくれて」
「……」
「俺——幸せになるよ。約束する」
風が吹いた。窓ガラスが、かすかに揺れた。
まるで——母が、応えてくれたように。
「おやすみ、母さん」
柊は——ベッドに戻った。
玲の隣で、目を閉じた。
明日——新しい人生が始まる。
母の分も——幸せに生きていこう。
そう心に誓って——柊は眠りについた。
◇
夜明け前。
柊は——夢を見た。
桜の園。満開の桜。
母が——そこにいた。
「柊——」
母は微笑んでいた。
「おめでとう」
「母さん——」
「幸せに——なってね」
「ああ——」
「私——ずっと、見守ってるから」
母の姿が——光に包まれていく。
「母さん——!」
「さようなら——じゃないわよ」
母は笑った。
「私は——あなたの中にいる。ずっと」
「……」
「だから——泣かないで。笑って」
「……ああ」
「幸せに——」
母の姿が——消えていく。
桜の花びらが——舞っていた。
◇
目が覚めた。
朝の光が、部屋に差し込んでいた。
玲が隣で、眠っている。
「夢——」
柊は呟いた。
でも——夢とは思えないくらい、鮮明だった。
母が——会いに来てくれた。
結婚式の前日に。
「ありがとう、母さん」
柊は微笑んだ。
「見守っててね」
今日——新しい人生が、始まる。




