第59話「桜のつぼみ」
三月。春が近づいてきた。
桜の園では——つぼみが膨らみ始めていた。
結婚式まで、あと一ヶ月。
◇
「桜——咲きそうだね」
玲が桜の木を見上げて言った。
「ああ。もうすぐだ」
「結婚式の頃には——満開かな」
「多分。例年通りなら」
柊は桜の木を見つめた。
「去年の今頃——母さんが、成仏した」
「……」
「あっという間だったな。一年」
「色々——あったね」
「ああ——」
柊は微笑んだ。
「でも——いい一年だった」
「いい一年——?」
「悲しいことも、辛いこともあった。でも——玲と一緒だったから」
「柊——」
「だから——いい一年だった」
玲は柊の手を取った。
「来年も——再来年も——ずっと、一緒にいよう」
「ああ——約束する」
◇
結婚式の最終打ち合わせがあった。
式場のスタッフと、細かい段取りを確認する。
「当日は——十一時からリハーサル、十三時から挙式、十四時から披露宴です」
「わかりました」
「何かご質問は——」
「一つだけ」
柊が言った。
「はい」
「チャペルに——両親の写真を飾ることは、できますか」
「もちろんです。どこに——」
「祭壇の近く。見守ってもらえるように」
スタッフは頷いた。
「承知しました。写真立て——ご用意しますね」
「お願いします」
◇
帰り道。
「両親の写真——飾るんだ」
玲が言った。
「ああ。一緒に——式を見てほしいから」
「お父さんとお母さん——喜ぶね」
「そうだといいな——」
「喜ぶよ。きっと」
玲は柊の腕に、自分の腕を絡めた。
「私も——お母さんに見守ってもらいたい」
「え?」
「私のお母さんじゃなくて——柊のお母さんに」
「……」
「お母さんの残響と——話したこと、覚えてる」
「覚えてる」
「あの時——『柊を、お願いね』って言われた」
玲の目が潤んだ。
「その約束——守りたいの」
「玲——」
「だから——お母さんの写真、一緒に飾ってね」
「わかった——」
柊は玲を見つめた。
「ありがとう。母さんのこと——大切に思ってくれて」
「当然だよ。柊のお母さんは——私のお母さんでもあるから」
二人は——手を繋いで、歩いていった。
◇
式の一週間前。
柊は——母の写真を選んでいた。
アルバムを開き、何枚かの写真を見比べる。
「どれにしよう——」
若い頃の母。柊を抱いている母。笑顔の母。
どれも——母らしい写真だった。
「これにしよう」
柊は一枚を選んだ。
桜の下で笑っている母。四十代半ば。柊が中学生の頃だ。
「桜——好きだったもんね」
写真に向かって話しかけた。
「結婚式——見に来てね」
返事はない。でも——
「聞いてくれてる——よね」
柊は写真を抱きしめた。
母の温もりを——感じた気がした。




