第56話「準備」
十月。結婚式の準備が始まった。
来年の春——四月中旬を予定している。
桜が咲く頃。母が成仏した季節。
◇
「式場——どこにする?」
玲が資料を広げながら尋ねた。
「桜が見えるところがいい」
「桜——」
「ああ。母さんが——好きだったから」
玲は柊を見つめた。
「じゃあ——ここは?」
一枚の写真を見せた。
庭園のある結婚式場。桜の木が、たくさん植えられている。
「きれいだな——」
「桜の季節は——最高らしいよ。人気の式場」
「ここにしよう」
「いいの? 決まり?」
「ああ。母さんも——喜ぶと思う」
◇
式場の見学に行った。
都内の、緑豊かな場所にある式場だった。
「いらっしゃいませ。担当の鈴木です」
スタッフが案内してくれた。
「こちらが——チャペルです」
白い建物。大きな窓。外には——桜の木が見える。
「春になると——この窓から、満開の桜が見えます」
「すごい——」
玲が感嘆の声を上げた。
「柊——ここ、いいね」
「ああ——」
柊は窓の外を見つめた。
今は秋。桜は紅葉している。
でも——春になれば、満開の桜が咲く。
母が——見守ってくれるみたいだ。
「ここに——決めます」
「ありがとうございます。では——詳細を、ご説明しますね」
◇
打ち合わせを終え、帰り道。
「色々——決めることがあるんだね」
玲が言った。
「ああ。招待客、料理、引き出物——」
「大変だね」
「でも——楽しい」
柊は微笑んだ。
「こうやって——二人で、何かを作り上げていくのが」
「柊——」
「母さんも——こうやって、父さんと準備したのかな」
「……」
「聞いたことないけど——きっと、楽しかったんだろうな」
玲は柊の手を取った。
「私たちも——楽しもう。一つ一つ」
「ああ——」
◇
招待客のリストを作った。
柊側は——桜の園の同僚、少数の親戚。
玲側は——残響管理局の同僚、両親の友人、親戚。
「柊の招待客——少なくない?」
「ああ。俺——友達、少ないから」
「そうなの?」
「母さんと二人で暮らしてて——あまり、外に出なかったから」
柊は苦笑した。
「でも——いいんだ。大切な人が、来てくれれば」
「大切な人——」
「玲と、玲の家族。桜の園のみんな。それで——十分」
玲は柊を見つめた。
「私——柊の味方だから。何があっても」
「わかってる」
「招待客が少なくても——私たちの結婚式は、最高のものにしよう」
「ああ——」
柊は玲を抱きしめた。
「ありがとう。玲がいてくれて——本当に、よかった」
◇
夜。柊は一人で、アルバムを見ていた。
母の遺品整理で見つけた——幼い頃の写真。
「母さん——」
写真の中の母は、笑っている。幼い柊を抱いて。
「俺——結婚するよ」
写真に向かって話しかけた。
「来年の春。桜が咲く頃」
「……」
「見守っててね」
柊は写真を胸に当てた。
母の温もりを——感じた気がした。




