第53話「プロポーズ」
九月。秋の気配が近づいてきた。
柊は——ある決断をしていた。
◇
その日、柊は——玲を、特別な場所に連れ出した。
「どこに行くの?」
「着いてからのお楽しみ」
電車に乗り、郊外へ向かう。
一時間後——目的地に着いた。
「ここ——」
玲が目を丸くした。
「私の——実家の近く?」
「ああ」
柊は歩き出した。
住宅街を抜け、小さな丘の上へ。
そこには——古い公園があった。
「この公園——」
「覚えてる?」
「覚えてる。小学生の頃——よく、ここで遊んだ」
玲は懐かしそうに周りを見回した。
「柊と——一緒に」
「ああ」
柊は公園のベンチに座った。
「あの頃——俺は、父さんを亡くしたばかりで」
「……」
「毎日——暗い顔をしてた。でも、玲が——」
「私が?」
「声をかけてくれた。『一緒に遊ぼう』って」
玲は少し照れた。
「覚えてない——」
「俺は覚えてる。玲のおかげで——少しだけ、救われた」
「柊——」
「だから——この場所で、伝えたいことがある」
柊は立ち上がった。
そして——玲の前に、膝をついた。
「柊——!?」
柊はポケットから、小さな箱を取り出した。
「玲——」
「……」
「俺と——結婚してくれないか」
長い沈黙が流れた。
玲は——固まっていた。
「え——」
「突然で——ごめん。でも——」
「突然——じゃない」
玲の目から、涙が溢れた。
「私——ずっと、待ってた」
「え?」
「柊が——言ってくれるの、待ってた」
玲は柊の手を取った。
「もちろん——結婚する」
「本当に——?」
「本当に。ずっと——柊と、一緒にいたかった」
柊は——玲を抱きしめた。
「ありがとう——」
「こちらこそ——ありがとう」
二人は——しばらく、抱き合っていた。
◇
公園のベンチで、指輪を渡した。
シンプルなデザイン。小さなダイヤモンド。
「きれい——」
「気に入った?」
「うん。すごく」
玲は指輪を見つめた。
「いつから——考えてたの?」
「ずっと前から。でも——踏ん切りがつかなくて」
「なぜ?」
「母さんが成仏してから——しばらく、余裕がなかった」
柊は空を見上げた。
「でも——最近、思ったんだ」
「何を?」
「母さんは——俺が幸せになることを、望んでた」
「……」
「だったら——玲と結婚することが、母さんへの——一番の恩返しだって」
玲の目から、また涙が溢れた。
「柊——」
「だから——プロポーズした。母さんに——報告したくて」
「お母さんに——」
「ああ。『俺、結婚するよ』って」
柊は微笑んだ。
「母さん——きっと、喜んでる」
「……私も——そう思う」
二人は——手を繋いで、夕日を見つめた。
空が——オレンジ色に染まっていく。
新しい人生の——始まりだった。
◇
帰り道。
「両親に——挨拶しなきゃね」
玲が言った。
「ああ。改めて」
「いつにする?」
「来週——空いてる?」
「空いてる」
「じゃあ——来週」
柊は玲の手を握った。
「緊張するな——」
「大丈夫。私の両親——柊のこと、気に入ってるから」
「そうかな」
「そうだよ」
玲は微笑んだ。
「私たち——結婚するんだね」
「ああ——」
「信じられない」
「俺も」
二人は——顔を見合わせて、笑った。
夜空に——星が輝き始めていた。




