第52話「研究発表」
八月。残暑が厳しい日々。
玲が——大きな発表を控えていた。
◇
「来週——学会で発表があるの」
玲が言った。
「学会?」
「残響工学の国際会議。柊のお母さんのケースを——報告する」
「母さんの——」
「もちろん、匿名で。でも——重要な事例だから」
玲は資料を見せた。
「残響の自己認識と欠損の関係。そして——欠損を認識した後の変化」
「……」
「柊のお母さんのケースは——世界で初めて、詳細に記録された事例なの」
柊は資料を見つめた。
「母さんのことが——研究に役立つのか」
「ええ。これからの残響技術に——大きな影響を与えると思う」
「そうか——」
柊は微笑んだ。
「母さんも——喜ぶと思う」
「そう?」
「ああ。自分の経験が——誰かの役に立つなら」
玲は柊を見つめた。
「ありがとう。許可してくれて」
「許可も何も——玲の研究だから」
「でも——柊のお母さんのことだから」
玲は少し緊張した様子だった。
「発表——緊張してる?」
「少し。国際会議、初めてだから」
「大丈夫。玲なら——できる」
「……ありがとう」
◇
発表の日。
柊は——会場に、見に行くことにした。
東京国際フォーラム。大きな会場だった。
「こんな——大勢の前で発表するのか」
「緊張する——」
玲は顔が青ざめていた。
「大丈夫。俺が——見てるから」
「柊——」
「玲の研究は——すごい。自信を持って」
玲は深呼吸をした。
「わかった。頑張る」
◇
発表が始まった。
玲はステージに立ち、スライドを映しながら話し始めた。
「本日は、残響の自己認識と欠損に関する新たな知見をご報告します」
最初は緊張していたが——話し始めると、落ち着いていった。
「ケーススタディとして、ある残響の事例を紹介します。この残響は——」
母のことだ、と柊は思った。
匿名化されているが——柊にはわかる。
「残響が自己の欠損を認識した時、何が起きたか。そして——」
玲の声は、力強かった。
「その認識が——残響のアイデンティティにどのような影響を与えたか」
スライドが進む。データが示される。
「結論として——」
玲は会場を見回した。
「残響が自己の欠損を認識することは、必ずしも否定的な結果をもたらさない」
「……」
「むしろ——自己認識が安定し、より健全な存在になる可能性がある」
会場がざわついた。
「これは——従来の定説を覆す知見です」
玲の目が輝いていた。
「残響は——欠損を抱えたまま、存在し続けることができる。そして——」
玲は柊を見た。一瞬だけ。
「適切な時に——自分で終わりを選ぶこともできる」
発表が終わった。
拍手が——会場に響いた。
◇
発表後、柊は玲に駆け寄った。
「すごかった——」
「本当?」
「本当。玲——かっこよかった」
玲の頬が赤くなった。
「ありがとう。柊が——見てくれてたから」
「俺は——何もしてない」
「してくれた。そばにいてくれた」
玲は柊の手を握った。
「これで——お母さんの経験が、世界に伝わる」
「ああ——」
「お母さんのおかげで——残響技術が、前に進む」
柊は微笑んだ。
「母さんも——喜んでると思う」
「そうだといいな」
二人は——手を繋いで、会場を後にした。
母の経験が——世界を変える。
それは——柊にとって、誇らしいことだった。




