第51話「新たな日常」
母の成仏から、二ヶ月が過ぎた。
七月。夏の日差しが、桜の園を照らしている。
柊の生活は——少しずつ、新しい日常になっていた。
◇
朝、目が覚める。玲が隣で眠っている。
コーヒーを淹れる。玲が起きてくる。
一緒に朝食を取る。仕事に行く。
夕方、帰宅する。玲が待っている。
一緒に夕食を取る。話をする。眠る。
そんな——普通の日常。
「柊——最近、穏やかだね」
ある夜、玲が言った。
「そう?」
「うん。前より——肩の力が、抜けてる感じ」
「そうか——」
柊は考えた。
「母さんがいなくなって——寂しいのは、変わらない」
「……」
「でも——毎日、母さんに会わなきゃ、って思わなくなった」
「それは——」
「前は——母さんに会うことが、義務みたいだった。会わないと、不安で」
柊は微笑んだ。
「でも今は——違う。母さんは、俺の中にいる。会わなくても」
「柊——」
「だから——穏やかなのかもしれない」
玲は柊の手を取った。
「お母さんも——そう思ってると思う」
「そうかな」
「きっと。柊が——前に進んでくれて、喜んでる」
◇
仕事も——順調だった。
残響たちとの対話。遺族への対応。システムの管理。
全てが——以前と変わらず、続いている。
でも——柊自身は、変わっていた。
「水無瀬さん——最近、変わりましたね」
田所が言った。
「変わった?」
「はい。前より——遺族の方への対応が、柔らかくなった気がします」
「そうか——」
「何かあったんですか?」
柊は少し考えた。
「俺も——遺族の立場を、経験したから」
「お母さんのこと——」
「ああ。残響を——送り出す側になって。わかったことがある」
「何がですか?」
「悲しみは——消えない。でも——抱えていける」
柊は窓の外を見た。
「その経験が——遺族の方への対応に、活きてるのかもしれない」
「……」
「俺も——同じ経験をしたから。わかるんだ。少しだけ」
田所は——柊を見つめた。
「水無瀬さんは——いい管理者ですね」
「そうかな」
「はい。きっと」
◇
夏祭りの日。
柊と玲は——近所の神社に出かけた。
浴衣姿の人々。屋台の明かり。賑やかな音楽。
「いい雰囲気だね」
「ああ——」
柊は人混みの中を歩いた。
玲も浴衣を着ている。紺色の、涼しげな柄。
「玲——浴衣、似合ってる」
「ありがとう。柊も——似合ってるよ」
二人は顔を見合わせて、笑った。
「何か——食べる?」
「たこ焼きがいい」
「じゃあ——買ってくる」
柊は屋台に向かった。
列に並びながら——ふと、思った。
こうやって——普通に、祭りを楽しめる。
一年前は——想像もできなかった。
毎日、母の残響に会うことだけが、生活の全てだった。
でも今は——違う。
玲がいる。新しい日常がある。
母がいなくなっても——柊は、生きていける。
「おまたせ」
たこ焼きを持って、玲のところに戻った。
「ありがとう」
「熱いから——気をつけて」
二人は——ベンチに座って、たこ焼きを食べた。
花火が——空に上がった。
「きれい——」
「ああ——」
柊は花火を見上げた。
母も——見てるかな。
どこかで。
「母さん——」
柊は心の中で呟いた。
「俺——幸せだよ」




