第48話「復帰」
五月初め。
柊は——桜の園に復帰した。
二週間ぶりの職場だった。
◇
「おかえりなさい、水無瀬さん」
田所が出迎えた。
「ただいま」
「体調は——大丈夫ですか?」
「ああ。もう——大丈夫」
柊は管理棟を見回した。
いつもと変わらない光景。いつもと変わらない空気。
でも——何かが、違う気がした。
「水無瀬さん——」
田所が言いよどんだ。
「何だ?」
「お母さんのこと——聞きました。大変でしたね」
「ああ——」
「でも——みんな、水無瀬さんの復帰を、待ってました」
「みんな——?」
「残響の方々も。『水無瀬さんはいつ戻るんだ』って」
柊は——少し、微笑んだ。
「そうか——」
「水無瀬さんは——みんなに、必要とされてますから」
田所の言葉が——柊の心に、染み込んだ。
◇
午後、柊は——Cブロックを訪れた。
母がいた場所。母の専用VR空間があった場所。
今は——別の残響が、その空間を使っている。
「水無瀬さん」
声がかかった。振り返ると——Dブロックの中年男性、山田健司の残響がいた。
「山田さん」
「復帰、聞きました。お母さんのこと——」
「ああ——」
「大変でしたね。でも——」
山田は柊を見つめた。
「お母さん、幸せだったと思いますよ」
「え——?」
「息子に——最後まで、愛されて。ちゃんと——見送ってもらえて」
「……」
「俺——そういうの、羨ましいって思うんです」
柊は山田を見た。
「山田さん——」
「俺の家族は——あんまり、会いに来てくれないんです。忙しいみたいで」
「……」
「だから——水無瀬さんのお母さん、幸せだったなって」
柊は——しばらく黙っていた。
「ありがとう、山田さん」
「いえ——」
「母さんが幸せだったって——言ってくれて」
山田は微笑んだ。
「事実ですよ。俺——見てましたから。水無瀬さんと、お母さん」
柊は——山田の言葉を、心に刻んだ。
◇
夕方。
柊は——桜の園のベンチに座っていた。
母がいた場所ではない。新しい場所。
新緑の木々が、風に揺れている。
「柊——」
玲が隣に座った。
「どうだった? 復帰初日」
「疲れた。でも——良かった」
「良かった?」
「みんなが——待っててくれた。残響の人たちも」
「そう——」
「俺——ここが、好きだって、改めて思った」
柊は緑を見上げた。
「残響たちと、遺族と。みんなの——架け橋になれる場所」
「架け橋——」
「母さんも——そういう場所に、いたんだって。そう思うと——」
柊は微笑んだ。
「寂しいけど——誇らしい」
玲は柊の手を取った。
「お母さんも——そう思ってると思う」
「そうかな」
「きっと。柊を——誇りに思ってる」
柊は——玲を見た。
「ありがとう——」
「お礼は——いらないよ」
「でも——言いたい」
柊は玲の手を握りしめた。
「玲がいてくれて——本当に、よかった」
「私も——柊がいてくれて、よかった」
二人は——しばらく、手を繋いだまま、緑を見ていた。
母がいなくなっても——柊は、一人じゃなかった。
それが——今の柊を、支えていた。




