第47話「喪失」
母の成仏から、三日が過ぎた。
柊は——仕事を休んでいた。
初めてのことだった。
◇
自宅のベッドで——柊は天井を見つめていた。
何もする気が起きなかった。
食欲もない。眠れない。ただ——ぼんやりと、時間が過ぎていく。
「柊——」
玲が声をかけた。
「何か、食べない?」
「いい——」
「でも、三日も——」
「大丈夫」
柊は動かなかった。
玲は——柊の隣に座った。
「無理しないで。ゆっくり——休んでいいよ」
「……」
「私——ずっと、そばにいるから」
「ありがとう——」
柊は——小さな声で答えた。
◇
夜になった。
柊は——窓の外を見ていた。
星が見える。春の夜空。
「柊——話、聞いてくれる?」
玲が言った。
「何を——」
「私の——祖母のこと」
柊は玲を見た。
「祖母——」
「前に話したでしょ。祖母の残響を——成仏させたこと」
「ああ——」
「あの時——私も、こんな感じだった」
玲は窓の外を見つめた。
「何日も——何も手につかなかった。食欲もなくて、眠れなくて」
「……」
「でも——時間が経つと、少しずつ——」
「少しずつ——?」
「楽になった。完全には——ならないけど」
玲は柊を見た。
「悲しみは——消えない。でも、抱えていける重さに——なっていく」
「……」
「だから——焦らないで。ゆっくり——悲しんでいいよ」
柊は——玲を見つめた。
「玲——」
「何?」
「ありがとう」
「……」
「一人じゃなくて——よかった」
玲は微笑んだ。
「私も——柊がいてくれて、よかった」
二人は——しばらく、黙って、夜空を見ていた。
◇
一週間が過ぎた。
柊は——少しずつ、日常を取り戻し始めていた。
食事を取るようになった。眠れるようになった。
だが——まだ、仕事には戻れなかった。
「焦らなくていいわよ」
沢渡が電話で言った。
「休暇は、まだある。ゆっくり——」
「すみません——」
「謝るな。お前は——ずっと、働き続けてきた。休む権利がある」
「……ありがとうございます」
電話を切った後、柊は——窓の外を見た。
桜は——完全に散り終わっていた。
緑の葉が、風に揺れている。
「母さん——」
柊は呟いた。
「俺——大丈夫だから」
返事はない。当然だ。
でも——どこかで、母が聞いてくれている気がした。
◇
十日後。
柊は——初めて、外に出た。
玲と一緒に——近所の公園を歩いた。
「風が——気持ちいい」
「ああ——」
柊は深呼吸をした。
春の空気。花の香り。生きている——実感。
「玲——」
「何?」
「俺——そろそろ、仕事に戻ろうと思う」
玲は柊を見た。
「本当に? まだ——」
「大丈夫。母さんなら——早く戻れって、言うと思う」
「……」
「それに——残響たちが、待ってる」
柊は微笑んだ。
「俺の仕事は——残響と遺族を、支えること。それを——続けたい」
玲は——柊を見つめた。
「わかった。でも——無理だけは、しないで」
「わかってる」
「私——そばにいるから。いつでも」
「ありがとう——」
二人は——手を繋いで、公園を歩いた。
春の日差しが——二人を照らしていた。




