第49話「遺品」
五月中旬。
柊は——実家の整理を、始めることにした。
母の死後、ずっと手つかずだった実家。
残響が成仏した今——向き合う時が来た。
◇
週末、柊と玲は——母の実家を訪れた。
都内のマンション。母が一人で暮らしていた場所。
柊が管理者になってからは——ほとんど訪れていなかった。
「ここが——お母さんの家?」
「ああ。俺が——小さい頃から、住んでた」
鍵を開け、中に入る。
埃っぽい空気。閉め切った部屋の匂い。
でも——どこか、懐かしい。
「広いね」
「二人で住むには——広すぎたかもしれない」
柊はリビングを見回した。
母の趣味だった——観葉植物が、枯れていた。
「ごめんな——」
柊は枯れた植物に、呟いた。
「手入れ、できなくて」
◇
二人は——部屋の整理を始めた。
リビング、キッチン、寝室。
母の生活の痕跡が、あちこちに残っていた。
「これ——」
玲が、一冊のアルバムを見つけた。
「柊の——写真?」
柊はアルバムを受け取った。
開くと——幼い頃の写真が、たくさん貼ってあった。
赤ちゃんの頃。幼稚園の頃。小学校の頃。
「母さん——こんなの、作ってたんだ」
「知らなかった?」
「ああ。見せてもらったことない」
柊はページをめくった。
写真の下に——母の字で、コメントが書いてある。
『柊、一歳。初めて歩いた日。嬉しくて泣いた』
『柊、三歳。お父さんの真似をして、本を読もうとしてる』
『柊、五歳。入園式。緊張して固まってた』
柊の目から、涙がこぼれた。
「母さん——」
「お母さん——柊のこと、本当に、大切にしてたんだね」
「ああ——」
柊はアルバムを抱きしめた。
「これ——持って帰る」
「うん」
◇
寝室の押し入れから——古い箱が出てきた。
「何だろう——」
柊は箱を開けた。
中には——手紙が、たくさん入っていた。
「これ——」
柊は一通を手に取った。
宛名は——『柊へ』。
「俺への——手紙?」
封は開いていなかった。
「読む?」
「……」
柊は——しばらく迷った。
そして——封を開けた。
『柊へ
この手紙を読む頃、私はもういないかもしれません。
あなたが大人になった時のために、書いておこうと思いました。
私は——あなたのことを、心から愛しています。
お父さんがいなくなった後、あなただけが、私の生きる理由でした。
でも——あなたには、自分の人生を生きてほしい。
私のことは——忘れなくていい。でも、囚われないで。
前を向いて、歩いていってほしい。
あなたなら——できる。私は、そう信じています。
愛を込めて
母より』
柊は——涙が止まらなかった。
「母さん——」
「柊——」
玲が柊を抱きしめた。
「お母さん——本当に、柊のこと、愛してたんだね」
「ああ——」
「この手紙——いつ書いたんだろう」
「わからない。でも——」
柊は手紙を見つめた。
「残響になる前——だと思う」
「じゃあ——」
「母さんは——ずっと前から、俺に伝えたかったんだ」
柊は手紙を胸に当てた。
「前を向いて——歩いていけって」
母の願い。母の愛。
それが——今、柊に届いた。




