第45話「前夜」
成仏の日は、四月二十日に決まった。
桜が散り終わる、最後の日。
◇
その前夜。柊は——母との最後の対話に臨んだ。
玲も同席した。
「今夜が——最後ね」
母が言った。
「ああ——」
柊の声がかすれた。
「緊張してる?」
「少し」
「私は——していないわ」
母は微笑んだ。
「だって——幸せだから」
柊は母を見つめた。
「母さん——」
「私——あなたと、五年間、一緒にいられた。毎日——」
「……」
「最初は——あなたのためだと思ってた。あなたを——一人にしたくなかったから」
「ああ——」
「でも——途中から、気づいたの」
「気づいた?」
「私自身も——あなたに会いたかったって。あなたと——話がしたかったって」
母の目が潤んだ。
「残響になって——よかった。あなたと——もう一度、一緒に過ごせて」
「母さん——」
「だから——後悔はないの。一つも」
柊の目から、涙がこぼれた。
「俺も——」
「え?」
「俺も——母さんと一緒に過ごせて、よかった」
「柊——」
「最初は——母さんがいなくなるのが、怖かった。だから——毎日、会いに来てた」
「……」
「でも——今は、違う」
「違う?」
「今は——母さんと過ごした時間が、宝物だって、わかる」
柊は母の手を握った。
「五年間——ありがとう」
母は——泣きながら、微笑んだ。
「こちらこそ——ありがとう、柊」
◇
玲が口を開いた。
「お母さん——」
「玲ちゃん」
「柊のこと——任せてください」
「……」
「私——柊を、幸せにします。約束します」
母は玲を見つめた。
「ありがとう——」
「お母さんの分も——愛します。ずっと」
母の目から、涙があふれた。
「玲ちゃん——柊を、お願いね」
「はい」
「そして——あなた自身も、幸せになって」
「……」
「柊と——二人で。幸せな家庭を、築いて」
玲の目も、潤んでいた。
「はい——約束します」
「ありがとう——」
三人は——しばらく、黙って手を繋いでいた。
◇
「柊——」
母が言った。
「なあに」
「最後に——一つだけ、聞いていい?」
「何でも」
「あなた——私のこと、許してくれる?」
柊は驚いた。
「許す——?」
「私——あなたに、嘘をついてた。お父さんのこと」
「……」
「ずっと——隠してた。あなたを——傷つけたくなかったから」
「母さん——」
「でも——結局、あなたを傷つけた。真実を知った時——」
母の声が震えた。
「だから——許してほしいの」
柊は——母を見つめた。
「母さん——」
「許してくれなくても——いいの。でも——聞きたかった」
「許すも何も——」
柊は首を振った。
「母さんは——俺を守ろうとしてくれた。それだけで——十分だ」
「柊——」
「嘘をついたこと——恨んでない。むしろ——感謝してる」
「感謝——?」
「母さんは——俺のために、苦しみを背負ってくれた。一人で」
柊は母の手を握りしめた。
「ありがとう、母さん。俺を——守ってくれて」
母は——声を上げて泣いた。
「柊——」
「俺は——母さんの息子で、よかった」
「……」
「本当に——よかった」
二人は——抱き合った。
最後の夜。最後の抱擁。
桜の花びらが——二人の周りを、舞っていた。




