表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
残響の庭  作者: とま


この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

44/120

第44話「最後の日々」

 桜が満開の間——柊と母は、毎日対話を続けた。


 いつもより長く。いつもより深く。


 二人の時間を——大切にするように。


          ◇


「柊——昔の話、していい?」


 ある夜、母が言った。


「いいよ。何でも」


「あなたが——小さかった頃の話」


 母は微笑んだ。


「三歳の時——あなた、よく泣いてたわね」


「そうだったの?」


「ええ。お父さんが——いなくなった後」


「……」


「でも——泣き止まない時は、抱っこして歌を歌ったの」


「歌?」


「子守唄。『ゆりかごの歌』——覚えてる?」


 柊は首を振った。


「覚えてない」


「そう。でも——あの歌を歌うと、あなた、すぐに泣き止んだの」


 母は懐かしそうに目を閉じた。


「『ゆりかごのうたを——カナリアが歌うよ——』」


 柊は——黙って聞いていた。


「あの頃——私、必死だった。あなたを——一人で育てなきゃって」


「……」


「でも、あなたの寝顔を見ると——がんばれた。この子のためなら——何でもできるって」


 母は柊を見た。


「あなたは——私の、生きる理由だった」


 柊の目から、涙が溢れた。


「母さん——」


「ありがとう、柊。私に——生きる理由を、くれて」


          ◇


 また、ある夜——


「お父さんのこと——もっと、話してほしい」


 柊が言った。


「颯太さんのこと?」


「ああ。俺——父さんのこと、ほとんど知らないから」


 母は少し考えた。


「颯太さんは——優しい人だったわ」


「それは——聞いた」


「でも——弱い部分もあった」


「弱い部分?」


「自分一人で——全部、抱え込んでしまう人だった」


 母は遠くを見つめた。


「仕事のストレスも、悩みも——私に、話してくれなかった」


「……」


「私——もっと早く気づいていれば。もっと——支えてあげられていれば」


「母さん——」


「でも、気づかなかった。颯太さんが——どれだけ苦しんでいたか」


 母の声が震えた。


「だから——あの日、来てしまった」


「……」


「私——ずっと、後悔してた。もっと——颯太さんの話を、聞いてあげれば良かったって」


 柊は母の手を握った。


「母さんのせいじゃない」


「でも——」


「父さんは——自分で、決断した。母さんのせいじゃない」


「……」


「父さんは——弱かったかもしれない。でも、母さんを愛してた。俺のことも」


 柊は母を見つめた。


「それだけは——確かだと思う」


 母の目から、涙がこぼれた。


「ありがとう——」


「父さんの分も——俺は、生きていく。ちゃんと」


「……」


「だから——母さんも、安心して」


 母は——柊を抱きしめた。


「ありがとう、柊——」


          ◇


 桜が散り始めた。


 花びらが風に舞い、地面を覆っていく。


 終わりの時が——近づいていた。


「そろそろ——だね」


 柊が言った。


「ええ——」


 母は桜を見上げた。


「きれい。散る桜も——」


「ああ」


「日本人は——散る桜を、愛するのよね」


「そうらしい」


「私も——そう」


 母は微笑んだ。


「満開の桜より——散り際の桜の方が、好き」


「……」


「だから——今が、ちょうどいいの」


 柊は——母を見つめた。


「母さん——」


「成仏の日——決めましょう」


「……」


「桜が——散り終わる日。その日に——」


 柊は——しばらく黙っていた。


 そして——頷いた。


「わかった——」


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

↑ページトップへ