第43話「桜」
四月。桜が満開を迎えた。
桜の園は——一年で最も美しい季節だった。
VR空間内の桜も、現実の桜も、一斉に咲き誇っている。
◇
柊は——毎日、母の残響と対話を続けていた。
成仏の話は——一旦、保留にしていた。
母も——急かさなかった。
ただ、いつもと同じように——穏やかに、話をしていた。
「今年の桜も——きれいね」
母が言った。
「ああ」
「あなたが——この仕事を始めた頃も、桜が咲いてたわね」
「覚えてる?」
「もちろん。あの時——あなた、すごく緊張してた」
母は微笑んだ。
「新しい環境で——不安そうだった」
「そうだったか」
「でも——すぐに、慣れたわね。真面目に——働いて」
「母さんのために——働いてたからな」
「……」
「母さんに会うために——この仕事を選んだ」
柊は母を見た。
「でも——今は、違う」
「違う?」
「今は——この仕事が、好きだ。残響たちと、遺族の人たちと。関わることが——」
柊は桜を見上げた。
「やりがいを——感じてる」
「そう——」
母の目が潤んだ。
「よかった。あなたが——自分の道を、見つけられて」
「母さんのおかげだよ」
「私は——何もしてないわ」
「してくれた。ここにいてくれた」
柊は母の手を取った。
「母さんがいなかったら——俺は、この仕事を続けられなかった」
「……」
「でも——今は、違う」
「違う?」
「今は——母さんがいなくても、続けられる」
母の表情が変わった。
「柊——」
「母さんに——言わなきゃいけないことがある」
柊は深呼吸をした。
「俺——準備が、できた」
長い沈黙が流れた。
「本当に——?」
「本当に」
柊は母を見つめた。
「母さんを——送り出す。約束通り」
母の目から、涙がこぼれた。
「柊——」
「でも——一つだけ、条件がある」
「条件?」
「もう少しだけ——一緒にいてほしい」
「……」
「桜が散るまで。それまでは——」
「わかったわ」
母は微笑んだ。
「桜が散るまで——一緒にいましょう」
「ありがとう——」
「お礼は——私が言うことよ」
母は柊を抱きしめた。
「ありがとう、柊。私の決断を——受け入れてくれて」
「……」
「あなたは——本当に、強くなった」
柊は——母の温もりを、感じていた。
VR空間でも——母の温もりは、本物のように感じられた。
この温もりを——忘れないようにしよう。
永遠に。
◇
その夜、柊は玲に報告した。
「母さんを——送り出すことにした」
「そう——」
玲は柊を見つめた。
「大丈夫?」
「わからない。でも——決めた」
「いつ——」
「桜が散る頃。それまでは——一緒にいる」
玲は頷いた。
「私も——一緒にいる。柊のそばに」
「ありがとう——」
「お礼は——いらない」
玲は柊の手を取った。
「私は——柊の彼女だから。当然のこと」
柊は——玲を見た。
強くて、優しい人。
この人がいてくれて——本当に、よかった。
「玲——」
「何?」
「好きだ」
玲の頬が赤くなった。
「急に——」
「思ったから。言いたかった」
「……私も」
「え?」
「私も——柊が、好き」
二人は——顔を見合わせて、笑った。
桜が——窓の外で、揺れていた。




