第42話「葛藤」
その夜、柊は眠れなかった。
ベッドの中で——母の言葉が、何度も頭の中を巡った。
『私——そろそろ、行こうと思うの』
『私がここにいる意味は——もう、果たした』
『私の決断を——受け入れて』
「柊——」
玲が隣で声をかけた。
「眠れない?」
「ああ——」
「私も。一緒に——起きてる」
玲が柊の手を握った。
「話す?」
「……」
柊は天井を見つめた。
「母さんが——成仏を望んでる」
「うん」
「俺は——約束した。母さんがそう言った時は、送り出すって」
「……」
「でも——」
柊の声が震えた。
「まだ——できない。心の準備が——」
「柊——」
「俺は——五年間、母さんの残響と一緒にいた。毎日——」
「うん」
「それがなくなるなんて——想像できない」
玲は黙って聞いていた。
「俺——自分勝手なのかな」
「自分勝手——?」
「母さんが——行きたいって言ってるのに。俺は——手放せない」
「……」
「松田さんの祖母も——そうだったんだろうな。息子が来てくれるのを——ずっと、待ってた」
「……」
「俺は——父さんと同じことを、してるのかもしれない」
柊は目を閉じた。
「母さんを——縛ってる」
「違うよ」
玲が言った。
「違う——?」
「柊は——お父さんとは、違う」
「でも——」
「お父さんは——祖母の残響に、会い続けた。自分が苦しくても」
「……」
「でも、柊は——お母さんの残響と、ちゃんと向き合ってる。逃げてない」
玲は柊を見つめた。
「だから——今、苦しんでる」
「苦しんでる——」
「手放したくない気持ちと、約束を守りたい気持ちと。両方があるから——苦しい」
「……」
「それは——逃げてないってこと。ちゃんと——向き合ってるってこと」
柊は——玲を見た。
「玲——」
「柊は——自分勝手じゃない。ただ——時間が必要なだけ」
「時間——」
「お母さんも——わかってると思う。だから——急かさない」
玲は柊の手を握りしめた。
「ゆっくり——考えていいんだよ」
柊の目から、涙が溢れた。
「ありがとう——」
「私——ずっと、そばにいるから」
「……」
「一人じゃない。それだけは——忘れないで」
柊は——玲を抱きしめた。
温かい。生きている人の——温もり。
この温もりが——今の柊を、支えていた。
◇
翌朝。
柊は——母の残響と対話した。
「考えてくれた?」
母が尋ねた。
「ああ——」
「答えは——出た?」
「まだ——」
柊は正直に答えた。
「もう少し——時間がほしい」
「いいわ」
母は微笑んだ。
「私——急いでない」
「でも——」
「あなたが——準備できるまで、待つわ」
母は柊の手を取った。
「私——五年間、あなたと一緒にいた。とても——幸せだった」
「俺も——」
「だから——最後も、幸せに終わりたい」
「幸せに——」
「あなたが——笑顔で、送り出してくれること。それが——私の、最後の願い」
柊は——母を見つめた。
「わかった——」
「ありがとう」
「でも——少しだけ、待ってくれ」
「ええ。待つわ」
母は——穏やかに、微笑んでいた。




