第41話「母の決意」
「行く——って、どういう意味」
柊の声が震えた。
「成仏——するってこと?」
「ええ」
母は静かに答えた。
「なぜ——」
「ずっと——考えてたの。いつが、その時なのか」
母は桜を見上げた。
「あなたが——真実を教えてくれた時。私は——自分の中の欠損を、知った」
「……」
「それで——楽になった。欠けている部分があると、わかって」
「じゃあ——」
「でも、同時に——思ったの。私はもう、十分だって」
母は柊を見た。
「あなたに——真実を伝えられた。あなたが——前に進むのを、見届けられた」
「母さん——」
「玲ちゃんとも——会えた。あなたが幸せになるのを——確信できた」
母の目から、涙が溢れた。
「だから——もう、いいの」
「いい——って」
「私がここにいる意味は——もう、果たした」
柊は——言葉を失った。
「待ってくれ——」
「柊——」
「まだ——俺は、準備ができてない」
「わかってる」
「じゃあ——」
「でも——私は、準備ができたの」
母は柊の手を取った。
「松田さんが——言ってたでしょ?」
「何を——」
「『残響が「行きたい」と言った時。それが、適切な時だ』って」
柊は——松田の言葉を思い出した。
あの時——柊は、覚えておくと約束した。
「でも——」
「柊、聞いて」
母は柊を見つめた。
「私——あなたを縛りたくない」
「縛って——」
「あなたは——もう、私がいなくても大丈夫。玲ちゃんがいる。自分の人生がある」
「……」
「でも、私がいると——あなたは、私のことを考え続ける。それが——」
母は言葉を切った。
「それが——あなたの足枷になるのが、怖いの」
「足枷——」
「颯太さんは——お母さんの残響に、縛られてた。だから——」
母の声が震えた。
「私は——同じことを、あなたにしたくない」
柊は——何も言えなかった。
母の言葉は——正しかった。
柊は——母のことを、ずっと考え続けている。
母がいなくなったらどうしよう。母を送り出す時が来たらどうしよう。
その不安が——いつも、心のどこかにあった。
「柊——」
「母さん——」
「私の決断を——受け入れて」
母は微笑んだ。
「お願い」
柊は——長い間、黙っていた。
◇
「少し——考えさせてくれ」
やっとの思いで、柊は言った。
「ええ。いいわ」
「明日——また、来る」
「待ってるわ」
柊は——VR空間からログアウトした。
対話ブースの中で——柊はしばらく、動けなかった。
母が——成仏を望んでいる。
いつか来ると——わかっていた。
でも——こんなに早く来るとは、思っていなかった。
「柊——?」
玲の声がした。
対話ブースの外で——玲が待っていた。
「どうしたの? 顔色が悪い」
「母さんが——」
柊の声がかすれた。
「母さんが——成仏したいって」
玲の表情が変わった。
「え——」
「今日——言われた」
「……」
「俺——どうすればいいか、わからない」
柊は——玲の胸に、顔を埋めた。
「わからない——」
玲は——何も言わず、柊を抱きしめた。
柊の肩が——震えていた。




