第36話「年末」
十二月の終わり。
桜の園は、年末の静けさに包まれていた。
面会者は減り、残響たちも——穏やかに過ごしていた。
◇
「今年も——あと少しだな」
柊が言った。
「ええ。色々あった一年だったね」
玲が答えた。
二人は、管理棟の休憩室でコーヒーを飲んでいた。
「振り返ると——本当に、色々あった」
柊は考えた。
「母さんの残響が『私はここにいない』と言った。それが——全ての始まりだった」
「そうね。あの言葉がなかったら——今の状況は、なかったかもしれない」
「ああ——」
「玲と再会することも——なかったかも」
玲は微笑んだ。
「そう考えると——感謝すべきかもしれないね。あの異変に」
「感謝——」
柊は苦笑した。
「複雑だな。でも——確かに」
「柊は——来年、どうしたい?」
「来年?」
「目標とか、計画とか」
柊は考えた。
「仕事は——続ける。残響たちの管理を、ちゃんとやっていきたい」
「それだけ?」
「あとは——」
柊は玲を見た。
「玲と——もっと、一緒にいたい」
玲の頬が赤くなった。
「私も——柊と、もっと一緒にいたい」
「じゃあ——」
「じゃあ?」
「一緒に——住まない?」
玲の目が丸くなった。
「一緒に住む——?」
「早すぎる?」
「いや——」
玲は考え込んだ。
「早くは——ないと思う。でも——」
「でも?」
「ちゃんと——考えたい。大事なことだから」
「そうだな。ごめん、急に」
「謝らないで」
玲は柊の手を取った。
「嬉しかった。そう言ってくれて」
「……」
「年明けに——ちゃんと、話そう。二人で」
「わかった」
柊は頷いた。
◇
大晦日。
柊は、母の残響と年越しを過ごすことにした。
玲も一緒だった。
「三人で年越しなんて——初めてね」
母が言った。
「来年は——もっと、一緒に過ごせるかもしれない」
「どういうこと?」
「俺と玲——一緒に住もうかって、話してて」
母の表情が輝いた。
「本当に?」
「まだ——決まってないけど」
「でも——嬉しいわ」
母は涙ぐんだ。
「私——あなたが、幸せになるのを、ずっと見たかった」
「母さん——」
「玲ちゃん——柊を、お願いね」
「はい。任せてください」
玲は微笑んだ。
夜空には——花火は上がらない。VR空間だから。
でも、桜の園には——特別な演出があった。
光の粒子が——空に舞い上がる。残響たちの祝福だ。
「きれい——」
玲が言った。
「ああ——」
柊は空を見上げた。
光の中に——松田の姿が見えた気がした。
気のせいだろう。でも——
「松田さんも——見てるかな」
「見てるわよ、きっと」
母が言った。
「あの人は——ずっと、あなたのことを気にかけてた」
「知ってます」
「だから——幸せになって。松田さんの分も」
「……はい」
午前零時。
新年を告げる鐘が鳴った。
「あけましておめでとう」
「あけましておめでとうございます」
三人は——新しい年を、一緒に迎えた。
◇
年が明けた。
二一五一年。
柊は——新しい年に、新しい気持ちで向き合おうと思った。
母との時間。玲との時間。仕事の時間。
全てを——大切にしながら、前に進んでいこう。
それが——松田が教えてくれたこと。
それが——柊が学んだこと。




