第27話「夏」
七月。真夏の太陽が照りつける季節。
桜の園は、蝉の声に包まれていた。
◇
柊と玲の食事は、週に一度の習慣になっていた。
仕事の話もするが、それ以外の話も増えた。
昔の思い出。今の生活。将来の夢。
二人の距離は——少しずつ、近づいていた。
「柊って、昔から——物静かだったよね」
ある日、玲が言った。
「そうだったか?」
「うん。クラスで一番、目立たない男子だった」
「ひどいな」
「褒めてるの。騒がしい男子ばかりの中で——柊だけ、落ち着いてたから」
玲は笑った。
「だから——私、柊と話すのが好きだった」
「……そうだったのか」
「気づいてなかった?」
「全然」
柊は苦笑した。
「俺は——自分のことで精一杯だったから」
「父親が亡くなった後だもんね」
「ああ——」
柊は考えた。
「あの頃は——毎日が、霧の中みたいだった。何も、はっきり見えなくて」
「今は?」
「今は——少しずつ、晴れてきた気がする」
柊は玲を見た。
「玲のおかげで」
玲の頬が、少し赤くなった。
「私は——何もしてないよ」
「してくれた。話を聞いてくれた。一緒にいてくれた」
「それは——」
「俺にとっては——大きなことだった」
沈黙が流れた。
二人は——しばらく、見つめ合っていた。
「柊——」
「何?」
「私——」
玲が何かを言おうとした時、柊の携帯が鳴った。
桜の園からの緊急連絡だった。
「ごめん、仕事——」
「行って。何かあったの?」
「わからない。でも——」
柊は立ち上がった。
「また、連絡する」
「うん。気をつけて」
柊は——急いで、桜の園に向かった。
◇
桜の園に着くと、管理棟が騒然としていた。
「何があった」
田所が駆け寄ってきた。
「Dブロックの残響が——暴走してます」
「暴走?」
「データが不安定になって——VR空間が崩壊し始めてます」
柊はサーバールームに向かった。
端末を確認する。Dブロック——新規の残響が保管されているエリアだ。
「どの残響だ」
「三体です。全員——先月、残響になったばかりの」
柊は画面を見た。
データが乱れている。通常ではありえないパターンだ。
「原因は?」
「わかりません。突然——」
柊は考えた。
Cブロックの現象とは、違う。あちらは古い残響だったが、今回は新しい残響だ。
「玲——朝霧研究員に連絡を」
「はい」
柊はVR空間に接続した。
Dブロックの状況を、直接確認する必要があった。
◇
Dブロックに入ると——異様な光景が広がっていた。
VR空間が歪んでいる。風景が波打ち、色彩が乱れている。
その中心に——三体の残響がいた。
中年の男性。若い女性。高齢の男性。
三人とも——苦しそうな表情をしていた。
「大丈夫ですか」
柊が近づくと、中年の男性が柊を見た。
「あなたは——」
「管理者の水無瀬です。何が起きてるんですか」
「わからない——」
男性は頭を抱えた。
「急に——頭の中が、ぐちゃぐちゃになって」
「頭の中?」
「記憶が——混ざってる。自分の記憶じゃないものが——」
柊は眉をひそめた。
記憶が混ざる。それは——データの混線か。
「他のお二人も——同じですか」
若い女性が頷いた。
「私も——知らない記憶が、流れ込んでくる」
「知らない記憶——誰の記憶ですか」
「わからない。でも——古い。とても古い記憶」
柊は考えた。
古い記憶。それは——他の残響の記憶が、流入しているのか。
「落ち着いてください。今、原因を調査してます」
柊は急いで現実世界に戻った。
玲に連絡を取る。
「玲——緊急事態だ。すぐ来てくれ」
「何があったの?」
「新しい残響に——古い記憶が流入してる。データの混線かもしれない」
「わかった。すぐ行く」
柊は端末に向かった。
何かが——起きている。
Cブロックの現象とは違う、新たな異変が。




