第26話「再会」
土曜日の夜。
柊と玲は、駅前の小さなレストランで食事をした。
久しぶりの——プライベートな時間だった。
「こうやって、二人で食事するの——いつ以来だろう」
玲が言った。
「小学生の頃——給食を一緒に食べた以来かもしれない」
「そんなに昔?」
「ああ」
柊は笑った。
「俺が転校してから——連絡も取らなかったし」
「そうね。私も——忙しかったし」
二人は料理を注文し、ワインを飲んだ。
「玲は——なぜ、残響研究者になったんだ?」
「前に話したでしょ。祖母の残響を——」
「それは聞いた。でも——そこから、研究者になるまでには、何かあったんじゃないか」
玲は少し考えた。
「祖母の成仏の後——ずっと考えてたの」
「何を?」
「残響って、何だろうって」
玲はワインを口に含んだ。
「祖母の残響は——祖母じゃなかった。でも、全くの別人でもなかった。どこかに——祖母の一部があった」
「ああ」
「その『一部』って、何なんだろうって。どこまでが本人で、どこからが違う存在なのか」
「難しい問題だな」
「でしょ。だから——研究者になった。答えを知りたかったから」
柊は頷いた。
「答えは——見つかった?」
「まだ。多分——一生かかっても、見つからないと思う」
玲は微笑んだ。
「でも——それでいいの。問い続けることに、意味がある」
◇
食事を終え、二人は夜の街を歩いた。
梅雨明け間近の空。雲の切れ間から、星が見える。
「柊——今日、誘ってくれたのは、なぜ?」
「え?」
「急に——食事に誘うなんて。何かあった?」
柊は考えた。
「特に——何かがあったわけじゃない」
「じゃあ?」
「ただ——話がしたかった。仕事じゃなくて、普通に」
柊は空を見上げた。
「この数ヶ月——色々あった。父さんのこと、おばあさんのこと、母さんのこと」
「ええ」
「全部——玲がいてくれたから、乗り越えられた」
「私は——何もしてないよ」
「してくれた。話を聞いてくれた。調査を手伝ってくれた。一緒にいてくれた」
柊は玲を見た。
「だから——お礼を言いたかった」
玲は——少し黙っていた。
「お礼なんて——いらないよ」
「でも——」
「私も——柊と話せて、楽しかったから」
玲は微笑んだ。
「幼馴染として——また、繋がれて、嬉しかった」
二人は——しばらく、並んで歩いた。
「柊」
「何?」
「また——こうやって、食事しない?」
「ああ。もちろん」
「じゃあ——来週も」
「来週も?」
「ダメ?」
「いや——」
柊は笑った。
「いいよ。来週も」
約束が決まった。
柊の中で——何かが、変わり始めていた。
◇
その夜、柊は母の残響と対話した。
「今日——玲と、食事に行ってきた」
「玲ちゃん? 朝霧さんの娘さん?」
「ああ。幼馴染の」
「そう——楽しかった?」
「楽しかった」
柊は微笑んだ。
「久しぶりに——仕事以外の話をした」
「良かったわね」
母も微笑んだ。
「柊——最近、変わったわね」
「変わった?」
「笑顔が増えた。前は——いつも、どこか暗い顔をしてたのに」
「そう——かな」
「私——嬉しいの」
母は柊を見つめた。
「あなたが——自分の人生を、生き始めてること」
「母さん——」
「私は——あなたの支えになれれば、それでいい。でも——支えは、いつまでも必要じゃないの」
母の目が、少し潤んだ。
「あなたは——もう、一人で歩ける。私がいなくても」
「母さん——まだ、その話は——」
「わかってる。今じゃないわ」
母は首を振った。
「でも——いつか、その日が来たら。その時は——」
「わかってる。約束、したから」
柊は母の手を取った。
「でも——今は、まだ。もう少しだけ」
「ええ。もう少しだけ」
二人は——穏やかに、夜の桜の園で過ごした。
終わりの予感を感じながら。
だが——まだ、その時ではなかった。




