第24話「祖母の成仏」
祖母の成仏は、一週間後に執り行われた。
柊は、その日のために休暇を取った。
玲も同行してくれた。
「ありがとう」
「いいよ。私も——見届けたかったから」
横浜残響庭園の対話ブース。柊と玲は、VRヘッドセットを装着した。
◇
祖母の空間——日本家屋。
祖母は、縁側で待っていた。白い着物を着ている。
「来てくれたのね」
「はい」
柊は祖母の前に座った。
「準備は——できてますか」
「ええ。もう十分」
祖母は微笑んだ。
「長い間——ここにいた。颯太を待って。でも——もう、待つ必要はない」
「……」
「颯太は——もっと早く、私に会いに来なくなるべきだった。そうすれば——あの子は、前に進めた」
祖母は庭を見つめた。
「でも、あの子は——私を捨てられなかった。私も——あの子を、手放せなかった」
「おばあさん——」
「だから——ありがとう。あなたが——終わりを、くれた」
祖母は柊を見た。
「颯太の息子に——看取られるなんて。これ以上の幸せは、ないわ」
柊の目から、涙が溢れた。
「おばあさん——」
「泣かないで。私は——幸せよ」
祖母は柊の手を取った。
「最後に——一つだけ、お願い」
「何でも」
「颯太のお墓に——花を供えてくれる? 私の分も」
「はい。必ず」
「ありがとう——」
祖母は目を閉じた。
「じゃあ——始めてちょうだい」
柊は端末を操作した。
成仏プロトコル——実行。
祖母の体が——光り始めた。
花びらが散るように。風が吹くように。
祖母の姿が——少しずつ、透明になっていく。
「柊さん——」
祖母の声が、遠くなっていく。
「あなたは——颯太と違う。前に進める。だから——」
「おばあさん?」
「あなたのお母さんの残響も——いつか、送り出してあげてね」
柊は——何も言えなかった。
「約束——」
祖母の声が、消えていく。
「約束、します」
柊は答えた。
祖母は——微笑んでいた。最後の瞬間まで。
そして——祖母は、光の粒子になって、消えていった。
縁側には——誰もいなくなった。
◇
成仏プロトコルが完了した後、柊はしばらくその場に座っていた。
祖母がいた場所を——見つめていた。
「柊——」
玲が声をかけた。
「大丈夫?」
「ああ——多分」
柊は立ち上がった。
「おばあさんは——幸せそうだった。最後まで」
「ええ。そう見えた」
「よかった——」
柊は深呼吸をした。
「これで——一つ、終わった」
「終わった?」
「父さんの——過去が。おばあさんが成仏して——父さんを縛っていたものが、消えた」
玲は頷いた。
「そうね。でも——」
「まだ、終わってないこともある」
柊は玲を見た。
「わかってる」
「何が?」
「母さんの残響のこと。いつか——俺も、決断しなきゃいけない」
玲は——何も言わなかった。
ただ、柊の隣を歩いた。
◇
その夜、柊は母の残響と対話した。
「おばあさんが——成仏した」
「そう——」
母の声は、静かだった。
「どうだった?」
「おばあさんは——幸せそうだった。最後まで、笑ってた」
「よかった」
「ああ——」
沈黙が流れた。
「母さん」
「なあに」
「おばあさんが——最後に言ってた」
「何を?」
「『あなたのお母さんの残響も——いつか、送り出してあげてね』って」
長い沈黙が流れた。
母は——しばらく黙っていた。
「そう——」
やがて、母が口を開いた。
「美代さんは——わかってたのね」
「何を?」
「私も——いつかは、成仏しなきゃいけないこと」
柊の心臓が痛んだ。
「母さん——」
「柊、聞いて」
母は柊を見つめた。
「私は——あなたと一緒にいられて、幸せだった。五年間、毎日」
「俺も——」
「でも——いつまでも、ここにいるわけにはいかない。わかってる」
母の目から、涙が溢れた。
「あなたが——前に進む準備ができた時。その時は——私も、行くわ」
「母さん——」
「約束して。その時が来たら——私を、送り出してね」
柊は——母の手を握りしめた。
「約束——する」
「ありがとう——」
二人は——しばらく、手を繋いだまま、夜の桜の園にいた。
祖母がいなくなった夜。
柊は——次の決断について、考え始めていた。




