第23話「決断」
祖母の言葉が、頭から離れなかった。
『あなたに——決めてほしい』
柊は——その夜、一人で考え続けた。
祖母の残響を——成仏させるべきか。
それとも——このまま、存在させ続けるべきか。
答えは——出なかった。
◇
翌日、柊は玲に相談した。
「おばあさんが——俺に決めてほしいって言った」
「そう」
「でも——俺が決めていいのか、わからない」
玲は考え込んだ。
「柊——一つ聞いていい?」
「何だ」
「お祖母さんの残響は——何を望んでると思う?」
「何を——」
「成仏したいのか。存在し続けたいのか」
柊は考えた。
祖母の言葉を思い出す。
『私は——ここにいるべきじゃなかったのかもしれない』
『颯太が来なくなった後——何度も、成仏を考えた』
「おばあさんは——多分、成仏したいんだと思う」
「なぜ?」
「父さんのために、ここにいた。でも、父さんはもういない。いる理由が——なくなった」
「じゃあ——」
「でも、自分では決められないんだ。だから——俺に決めてほしいって」
玲は頷いた。
「お祖母さんは——許可を求めてるのね」
「許可?」
「『成仏していい』という許可。自分一人では——その決断を下せない」
柊は——理解し始めた。
祖母の残響は——長い間、父を待ち続けた。その待つという行為が——存在の意味になっていた。
だが、父はもういない。待つ相手がいない。
存在の意味を失った祖母は——成仏を望んでいる。だが、自分一人では決められない。
だから——柊に、許可を求めた。
「俺が——許可を与えるべきなのか」
「それは——柊が決めること」
玲は柊を見つめた。
「でも——一つだけ言えることがある」
「何だ」
「お祖母さんの残響は——苦しんでる。ずっと。自分の存在が、お父さんを苦しめたと思って」
「……」
「その苦しみを——終わらせることが、柊にできる唯一のこと」
柊は——長い間、黙っていた。
◇
その夜、柊は母の残響と対話した。
「おばあさんのこと——どう思う」
「美代さん?」
「ああ。おばあさんの残響を——成仏させるべきか、迷ってる」
母は考え込んだ。
「美代さんは——何て言ってるの」
「俺に決めてほしいって」
「そう——」
「自分では決められないって。俺が許可を与えてほしいって——そういう意味だと思う」
母は——しばらく黙っていた。
「柊——」
「なあに」
「私は——颯太さんのことを、ずっと見てた」
「え?」
「颯太さんは——お母さんの残響に、会い続けてた。そして——少しずつ、壊れていった」
母の声が震えた。
「私は——止められなかった。颯太さんの苦しみを——わかっていたのに」
「母さん——」
「もし——私がもっと早く、美代さんの残響を——」
母は言葉を切った。
「ごめんなさい。今更——言っても、仕方ないわね」
柊は母を見つめた。
「母さんは——おばあさんの残響を、成仏させるべきだったと思う?」
「……わからない。でも——」
「でも?」
「美代さんが——苦しんでるなら。成仏を望んでるなら——」
母は柊を見た。
「その望みを、叶えてあげるのは——悪いことじゃないと思う」
柊は——母の言葉を、深く考えた。
◇
翌日、柊は横浜残響庭園に向かった。
三度目の訪問だった。
祖母の残響は——いつもと同じ場所にいた。縁側で、庭を眺めている。
「また来てくれたのね」
「はい」
「お茶——」
「いえ、今日は——」
柊は祖母の前に座った。
「おばあさん、話があります」
祖母は柊を見つめた。何かを察したように。
「決めてくれた?」
「はい」
柊は深呼吸をした。
「おばあさん——成仏してください」
長い沈黙が流れた。
祖母の目から——涙が溢れた。
「ありがとう——」
祖母は微笑んだ。泣きながら。
「ずっと——待ってた。誰かに——言ってほしかった」
「おばあさん——」
「私は——ここにいるべきじゃなかった。颯太を——苦しめただけ」
「違います。おばあさんは——」
「いいの。わかってる」
祖母は柊の手を取った。
「でも——あなたが来てくれた。颯太の息子が——私に、会いに来てくれた」
「……」
「それだけで——救われた気がする」
祖母は柊を見つめた。
「成仏の手続き——お願いできる?」
「はい。手配します」
「ありがとう——」
祖母は——穏やかに、微笑んでいた。
その笑顔は——どこか、父に似ていた。




